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出来損ないと呼ばれた元英雄は、実家から追放されたので好き勝手に生きることにした

紅月シン

追放

追放

「──今日この時をもって、貴様きさまを我がヴェストフェルト公爵家より追放する。いいな?」

男の上げたその声は、広間によく響いた。

特に張り上げたわけでもないのに隅々すみずみにまで響き渡ったのは、決してその部屋に人の気配が乏しいからだけではあるまい。

──ヴェストフェルト公爵こうしゃく家。

大陸の中央に広い版図はんとを広げるアドアステラ王国の中でも武を司る家の当主の声は、ただそれだけでよく響くのである。

だがその言葉に重い響きがあったのは、彼の言葉に端を発するある状況ゆえであった。

部屋に存在している人影は、三つ。

一つは当主のものであり、その髪と同じ色を持つあいの瞳を細めながら、眼下を眺めている。

もう一つはそのかたわらにあるが、最後の一つは彼らの足元でひざまずうつむいている少年のものだ。

彼らはまるでその少年を断罪しているかのようであった……いや、あるいは本当にそのつもりなのかもしれない。

当主の声音には一切の感情が込められておらず、少年に向けられたその目はまるで路傍ろぼうの石ころでも見ているかのようだ。

中肉中背に、群青ぐんじょう色の髪。

俯いているその顔は影となり、周囲からうかがうことは出来ないものの、その肩が小さくふるえていることだけは見て取れる。

そしてそれを見て、あざけるような……否、あざけりそのものの声が男の隣から発された。

「はっ……まあ当然だな。むしろ今まで追放されなかったことをありがたく思ってくれていいぐらいなんだからな。なあ──『出来損できそこない』?」

出来損ない、という呼び名は、間違いなく少年に向けられたものであった。

しかしそんな呼び方をされながらも、少年は俯いたまま顔を上げることはない。

ただジッとその場で、肩を震わせるだけだ。

「ふんっ……言い返しもしない、か。最後ぐらい何か面白い反応をしてくれるかと期待したんだが、結局最後まで期待はずれだったな。まあやはり所詮しょせんは出来損ない、か」

そう言って当主の隣に立つ男──否、それもまた少年だ──は眼下で跪き、俯いている少年の姿に鼻を鳴らすと、当主へと視線を向けた。

さげすんだような表情はその一瞬でなくなり……そうなると、少年と当主の顔が驚くほど似通っていることに気付く。

だがそれは当然だ。

その二人……いや、その場にいる三人は、血の繋がった親子なのだから。

血縁上は弟にあたる少年は、血縁上は兄にあたる少年の姿をほんのわずかに眺め、顔をしかめながら父に対して口を開く。

「しかしそれにしても、少々決断するのが遅かったのではありませんか、父上?」

「そう言ってくれるな。万が一にも有用な『ギフト』を手に入れるようなことがあれば、お前の助けにもなったであろう?」

「それは確かにそうなのですが……結果はご覧の有様ではありませんか」

「あくまでもそれは結果論だ。お前は少し性急にことを運び過ぎる。我が公爵家をぐ以上は、いつまでもそのままでは困るぞ? お前は、そこの出来損ないとは違うのだからな」

「……そうですね。申し訳ありません、父上」

そうして頭を下げながらも、少年の口の端はり上がっていた。

眼下に視線を向けるその姿は、まるで宝物を自慢する子供のようだ。

ただしそこには傲慢ごうまんさも見え隠れしており、お前が手にすることの出来ない宝物を自分は持っているのだと、見せ付けているようでもあった。

「ところで、父上、ついにそこの出来損ないを追放するとのことですが、具体的にはどうするのですか? いえ、もちろん僕は理解しているのですが……ほら、そこの出来損ないは、僕達と比べ『かしこさ』が低いですから」

「ふむ……確かに、しっかりと言葉にせねば伝わらぬか。とはいえ、そう難しいことでもない。今後、我が家にアレン・ヴェストフェルトなどという人物はいない……いや、最初からいなかった、ということになるだけなのだからな」

少年──アレンは、その言葉にもやはり、顔を上げることはなかった。

俯いたまま、やはりほんの僅かに肩を震わせるだけだ。

それを眺めながら、アレンの弟であった少年は、嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべる。

「ほぅ? 父上は随分とお優しいのですね? このような我が家のはじ、てっきり『処分』してしまうのかと思いましたが」

「確かにそれも考えたがな。まさか『レベル』が上がらないだけではなく、『ギフト』を手に入れることすら出来ないとは、さすがに予想外であったからな」

「まったくですね。いくらなんでも限度というものがあるでしょう。……こんなゴミに僕と同じ血が流れてるなんて、ゾッとしない話ですよ」

「お前はまだマシだ。俺などコレのせいで、俺の血は呪われている、などと言われたこともあったのだからな。お前がいてくれたからよかったようなものの……実はアイツがどこかから拾ってきたのではないかと何度考えたことか」

「ああ、それは確かに有り得る話ですね。僕もおぼろげにしか覚えていませんが、それでも母上がお優しかったことははっきりと覚えていますから。……それにしても、ではやはり『処分』してしまった方がいいのでは?」

処分、という言葉を強調して発しているその姿は、明らかに楽しんでいた。

しかし父親である男はそれをたしなめることはなく、その顔を苦々しげに歪めたのも別の理由によるものだ。

「……そうしたいのは山々だったのだがな。こやつが出来損ないだと分かる前、王女と婚約させていたことがあっただろう?」

「確かにありましたね。身の程知らずにも、出来損ないと分かってからもしばらくは婚約状態が続いていたということを覚えていますが……まさか王族が、この者に慈悲を見せた、と?」

「王女の方はそうだったのかもしれんが、王の方は違うだろう。いなかったことになるとはいえ、処分されるような者と娘が婚約していた、などということにはしたくないのだろうな」

「結局は変わらないような気もしますが……父上がそう決めたのでしたら、それが正しいのでしょうね。……ふんっ、運のいいことだな、出来損ない」

運がいいと言いながらも、少年の顔はまったくそうは言っていなかった。

そこに浮かんでいたものは、忌々いまいましい、とでも言いたげなものだ。

だがすぐに、何かに気付いたかのように、そこには再び嗜虐的な笑みが浮かんでいた。

「いや、そうとも言い切れないか。何せ貴様はもうこの家の人間ではないんだからな。まさか今まで自分が使っていたものをそのまま持っていけるなどと思っていたわけじゃないだろうな? 貴様は無一文のままここから放り出されるということだ。……ははっ、貴様は果たしていつまで生きていられるだろうな?」

「……いや、さすがに無一文むいちもんのまま放り出すのはまずかろう」

「……父上? まさか、何かを与えるというのですか?」

そう言った少年の顔は、愕然きょうがくといったものであり──。

「ああ。無一文で放り出した結果、治安を乱されては敵わんからな。そうだな……貴様の私物であったものの中から一つだけ持っていくのを許可するとしよう」

しかしその言葉を聞き、すぐに少年の表情は一転する。

得心とくしんがいったと言わんばかりに、楽しげな笑みを浮かべた。

「ははっ……なるほど、さすがは父上、太っ腹ですね。おい出来損ない、聞いたか!? 父上に感謝しておけよ! はっ……そして精々役に立つものを持っていくんだな……!」

少年がそんなことを言った理由は単純である。

出来損ないと呼ばれているアレンに大したものが与えられているはずがなく、その中の一つを持っていったところでどうしようもないということを知っていたからだ。

「さて……ここまで懇切丁寧こんせつていねいに説明されれば、貴様とて理解出来ただろう。故に、もう一度だけ口にするとしようか。──今日この時を以て、貴様を我がヴェストフェルト公爵家より追放する。……いいな?」

一応確認の形は取っているものの、それは明らかに確定事項であり、命令であった。

アレンには最初から、頷く以外に道はないのだ。


──もっとも、拒否出来たところで、アレンは頷いていただろうが。

あるいは、それでもここで、拒否されるとはまるで考えていないだろう二人の前で拒否してみせれば、今までの意趣いしゅ返し程度にはなるのかもしれないが、それをアレンが実行することはない。

さすがにそれは、『年上の人間』がやることではないだろうと、考えているからだ。

故に。

「……分かりました。今までお世話になりました」

アレンは最後まで俯いたままで、それだけを答えたのであった。

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