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陰陽師と天狗眼 ―巴市役所もののけトラブル係―

歌峰由子

1 引っ越しにトラブルは付きもの (2)

「髪型もアレだし、ご同業ならこの辺じゃ珍しいし、挨拶しとこうかと思ったが……そうビビんなよ、別にこの業界ならアリじゃねーの?」

 俺の眼だって大概のモンよ、とサングラスを掛けなおし、怜路が紫煙を吹く。固まったままの美郷からまだ色の薄い青空へと視線を移して、「コイツ掛けてるとまあ、そういう色々を視なくて済むんでね」と怜路は肩を揺らした。

 天気は良いが風が冷たい。ひとつ身震いした美郷に目を遣り、怜路が公園端の自販機を指差した。「座ってホットコーヒーでも」ということらしい。

「不動産屋のオヤジから聞いたぜ、災難だなぁ。まあ、ある意味『持ってる』っつーか。で、どうよ。俺らみてーな人種は部屋借りるのも一苦労だろ? 職業欄でまずはじかれるじゃねーの」

「ちょっと待ってください」

 怜路から無糖ブラックコーヒーを受け取った美郷は、甘ったるそうな濃厚ミルクカフェオレ片手に喋る怜路を遮った。缶コーヒーを持つ手は温かいが、安っぽいプラスチックのベンチが尻を冷やす。

「ん?」

「『俺らみたいな人種』って、誰のことですか」

 職業欄で弾かれるなどと、聞き捨てならない。

「誰って、俺やオメーみてぇな……『拝み屋』だろ、アンタも。まあ『霊能師』でもいいけどよ。どっちにしろ世間的にゃ詐欺師かヤクザの類じゃねーか」

 プルタブを引いた怜路が、ははんと笑ってカフェオレを喉に流し込んだ。たしかに世の中、「自称・霊能師」の自営業者などなかなか信用してもらえないだろう。しかし美郷は違う。

「……おれ、市役所の採用通知もらってるんですけど」

 この四月一日から、晴れて新規採用職員である。所属は総務部危機管理課、特殊自然災害係だ。

「へえ、市役所……そりゃまた…………はぁ!? 市役所ォ!?

 一度適当に受け流した怜路が、頓狂な声を上げて美郷に向き直った。

「その髪型でか!?

 一番痛い点を突かれ、ぐっ、と美郷は言葉に詰まった。社会人男性、しかも宮仕えをするような人間が、髪を背の半ばまで伸ばしていることは普通ありえない。

「こっ、これは術に必要なものですから!」

 ひとつに束ねた黒髪を自分で引っ張って、美郷は反論する。なにも趣味で伸ばしているわけではない。その辺りは理解を得ての採用である。ただ、事情を知らない市民からの視線は覚悟しろ、とも言われていた。

「へえぇ。あー、そういや何かあるってな話は聞いたことあんな。ンたら災害とかって、ありゃマジだったんかい」

「特殊自然災害です。あと、おれは神職の資格も持ってます」

 ついでに、美郷の肩書は強いて言うなら「民間陰陽師」だが、これは神道・密教・修験道・陰陽道など雑多に呪術を扱う、要するに呪術関係の何でも屋のことである。フィクションで持てはやされる、平安絵巻のスーパーヒーローとはほぼ無関係の、霊能師やら拝み屋やらと大差ない称号なのでどうでもよい。

「そりゃまた、優秀なこって……てことは、わざわざ公務員受験に巴に来たのかアンタ」

 中国山地の老成した山々に抱かれて古代より栄えてきた巴市は、その歴史を多くの神々、怪異、もののけの類と共に歩んできた。今なおそれらが強い力を残す土地柄ゆえ、トラブルを防止・解決するための部署が市役所にあるのだ。

「まあ、そうですけど」

 いわゆる、「公務員になりたくてやってきた」と思われるのは決まりが悪い。我が身の安定だけを求めて就職したように聞こえるからだ。──まあ、大体事実だが。

「へえ、大したもんだね。公職の呪術者なんざ滅多にあるもんじゃねぇし、倍率高かったんじゃねーの?」

 その辺りは大して気にした様子もなく、怜路はけらけら笑って再び缶に口を付ける。

「五百倍だそうです」

「……マジで?」

 しれっと答えた美郷に、カフェオレを飲み干した怜路が空き缶片手に固まる。多少、相手の失礼な先入観を払拭できたところで、ようやく美郷は己の缶を開けた。既にぬるくなった無糖ブラックを一口すする。缶のブラックは不味い。ただ、砂糖入りは更に苦手だ。美郷は甘いものが苦手なのである。

「で。せっかく引っ越してきたのに住む場所がなかったワケよ」

 空き缶をくずかごに落とし、いかにもさんくさい「拝み屋」の青年が意地悪くニヤリと笑う。美郷の張ったつまらない意地も見透かしている表情だった。

「まあ何にしろ御同業のよしみだ。今晩の宿に困ってんのは違ェねーんだろ? 今夜だけでもどうよ。そんで気に入りゃあ、引っ越しの荷を入れりゃいい」

「一体、なんでそこまで」

 よし、決まり決まり、と美郷を促して公園を出ようとする金髪の後ろ頭に、つられて立ち上がった美郷は困惑の声をかけた。遠のきかけていたハイカットのバスケットシューズがざりりと砂を噛み、サングラスに陽光を弾かせた怜路が振り返る。

「あの不動産屋にゃ俺も世話になっててな。よく事故物件処理とかの仕事貰ってんのよ。……それに、アンタ面白そうだしな」

 楽しそうに声を弾ませ、怜路が美郷の肩口を指差す。目元は見えないが、声音に他意はなさそうだ。もしそうなら、随分な酔狂だとも思うが。

「こっから車で二十分。ちょっと奥に入ってるが、車通勤なら問題になる距離じゃ無ェ。一戸建ての古い民家なんだが、改築済みの和洋二部屋の離れがあんだよ。和室は六畳、流し付きの洋間が八畳。風呂・トイレは大家と共用、IHコンロ置けば自炊は離れだけで出来ンだろ。どっちかっつーと下宿になるが、光熱水費とネット代込みで月三万円。敷金・礼金なし。大家は普段夜働いてっから門限とかは関係ねーが、一応離れに直接出入りできるぜ」

「はあ。大家さんはどんな方で──」

 立て板に水の勢いで説明する怜路に、美郷は戸惑いながら尋ねた。

「俺」

「……はい?」

 思わずぽかんと口を開けた美郷を見て、自称拝み屋のチンピラが己を指差し口の端を吊り上げた。

「だから、俺んちの離れはいかが? って話」

「なっ……! えっ、そんな……」

 ついさっき知り合ったばかりの相手だ。突然離れを貸してやるなどと言われて、即座に有り難く頂戴できるような度胸は、美郷にはない。

「こんな田舎にそう何軒も不動産屋があると思ってんのか。べっつに、取って喰ったりしやしねーよ。お前が女なら話は別だったろうけどなァ。──言ったろ、ご同業のよしみだ。世の中持ちつ持たれつ、袖振り合うも他生の縁っつーだろ?」

 ははあ、と思わず美郷はうなった。薄く色の入ったサングラスの下で、にんまりと天狗眼が細められる。まるで時代劇の人情もののようだ、と、美郷はどこか現実感のない台詞せりふに困惑していた。

(なんなんだこの人……詐欺とか……いやでも何目的で?)

「なんでェビビりだな、五百倍突破のエリート公務員様のクセに」

 意地の悪い表情と台詞に、煽られていると分かっていても負けん気が首をもたげた。──通勤距離が長くなるのはいただけないが、額は破格だ。いい加減、芯まで冷えた身体もここを離れたがっている。

 美郷もなんとか空けた缶を、くずかごに放り込んだ。春先の乾いた風が前髪を揺らす。

「……おれは、段ボールに入った子猫じゃないですよ」

「路頭に迷ってんのは同じだろーが」

 負け惜しみのような台詞もあっはっは、と軽くあしらわれ、少々不満を抱きながらも美郷は怜路の後を追った。



 結局、狩野怜路の家を内覧に行った美郷は、引越業者へ払う延長料金に負けて、翌日にはその離れに荷物を入れた。高校大学共に寮で過ごした美郷の荷物は元々少ない。月曜日の初出勤を前にどうにか室内を整えられた美郷は、夕食と風呂を済ませてほっと一息吐く。

 怜路の家は本人の言ったとおり、巴市街地のある盆地からは車で二十分あまり山の中に入った場所にあった。

 大きな川沿いの平地から奥に入って、民家も田畑も見当たらぬ山深い道をしばらく走ると、再び少し開けた場所に出る。細い川の両脇になだらかな階段状に田圃たんぼが広がり、山際には屋根に赤いせきしゅうがわらを載せた民家が点在している、小さな小さな集落だ。

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