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海辺のカフェで謎解きを ~マーフィーの幸せの法則~

悠木シュン

一章 一度認めた例外は、次からは当然の権利となる (2)

「中学生が? なんで?」

「さあ。五、六人ぐらいだったかな。『これはまだ誰も成功したことがない実験です』とか言いながら、スマホで撮影してて」

「実験? ひどいことするなあ。それが本当だったら、許せない」

「なんか様子が変だったの、その子たち」

「変っていうか、バカだろそいつら」

 僕は、怒りに任せて叫んでいた。女性が悪いわけではないのに、責めるように語気を強めてしまった。

「仲間割れしてるというか、ケンカしてるというか、揉めてる感じで。めろって言ってる子もいたのはいたんだけど。本当は、やりたくない子もいたんじゃないかな」

「ビビるくらいなら、最初からするなよ」

 僕は、思わず拳に力が入る。

「私、注意しようとしたんだけど、勇気がなくて……」

「えっ、じゃああいつは?」

「ううん、それは大丈夫。たまたま居合わせた外国人が注意してくれて助かったから」

「外国人ってどんな?」

 この辺は、観光客や留学生の外国人も多い。

 だから、ナニジンかという意味で訊いてみたのだけど、女性からは意外な答えが返ってきた。

「ええと、〝アイアムミッドフィルダー〟って書いてあるTシャツを着てて、トレーニング中って感じだった。もしかしたら、サッカー選手かもしれないわ。背も高くて体もがっしりしてて大きかったから」

 僕は、首をひねりながら女性の目をじっと見つめてしまった。

 女性は、自分の説明がおかしいことに気付いたのか、申し訳なさそうに少し笑った。つられて僕も笑う。

「ちなみに、その外国人はどう注意してたんですか?」

 ストップとか、フリーズなんていう単語が浮かんだ。

「わからない。ものすごい早口の英語で怒鳴ってたから。でも、あっという間に中学生はいなくなってしまったの。ごめんなさいごめんなさいって謝りながら、逃げて行ったわ」

 そのときの中学生の気持ちを想像すると、いい気味だ。突然、体の大きな外国人に英語で怒鳴られたら、そりゃ恐ろしいだろう。

「でも、まあ、とりあえずよかった。あいつが無事で」

 僕が言うと、女性は首を横に振った。

 そして立ち上がると、一気にまくし立てた。

「あの子たちが、どんな実験をしようとしていたのかはわからない。でも、猫ちゃんの背中に何かしていたのは間違いないわ。チューブ状のもので、文字を書くみたいにして背中にぐちゃぐちゃって塗りたくってた」

「背中にぐちゃぐちゃ?」

 僕は、わけがわからず女性の言葉を繰り返し、首を捻る。ただ、落とすだけでも十分ひどい行為なのに、背中に何かを塗っていたとはどういうつもりなんだ。

「ええ。それから、体をひっくり返して手足を持って落とそうとしていたの。なんか、挑発するような感じで。ほらほら、落とすぞー、いいのかーって」

「なんでそんなことを……」

 僕たちは、顔を見合わせ「うーん」と首を捻った。

「あれ? でも私、なんで追いかけてきちゃったんだろう」

 女性は、眉をひそめて呟いた。

 僕は、ちょっと待っててと言い、店の中に入って猫を捜した。

 いつもの場所に、丸くなってあいつはいた。

 天井から吊るされた二連のバリ式のアタ籠の上部。元々は、インテリア用に飾っていた籠だけど、いつからかそこは、名もなき猫のお気に入りの場所として存在していた。

「おーい、何やってんだよ。一緒に捜してくれよー」

 兄貴が叫ぶ。この店には、僕と兄貴の二人きりしかいないから、ただの独り言状態だけど。

「ちょっと今、大変なんだよ」と籠の中から猫を抱き上げた瞬間、思わずうわっと声を上げてしまった。ベトベトしたものが猫の体を覆っていたのだ。なんじゃこりゃ、と恐る恐る猫の背中を嗅いでみるとバターの香りがした。

 お尻で押すように扉を開け、女性に猫を差し出すようにして見せた。

「バターが塗られてたみたいです」

「なんで、背中にバターなんて塗ったのかしら?」

 僕と女性は、じっと見つめ合って同時に首を捻る。この動作、何度目だろう。

 そこに、兄貴が扉を開けて出てきた。猫が僕の手からスルリと離れてまた店の中へ入ってしまった。

「どうしたんだ?」

 兄貴が心配そうな顔で僕の顔をのぞく。そのつらがまた憎たらしいほど爽やかだ。今年で二十九歳になるというのに、初対面の人からは未だに大学生に間違えられたりする。

 ほとんど外に出ることもないから色白で、手足も長く高身長の兄貴は、白いエプロンがよく似合う。端整なマスクに、薄茶色の瞳が魅力的だと言われる。常連の女性客の中には、兄貴目当てでやってくる人も多い。

 一方、僕の身長は、ぎりぎり一七〇センチあるかないかってところ。童顔で声が高いせいか、実年齢よりも幼く見られることが多い。兄貴のそれとは、わけが違う。

 たまに、可愛いと言ってもらえることがあるけど、正直あまり嬉しくない。できれば、兄貴のようにかっこいいと言われたい。

 コットン素材のブルーのシャツにベージュのチノパンと、デニム地のエプロンが僕の制服だ。兄貴に清潔感のある恰好で店に立て、と言われてからはずっとこのスタイルだ。

 ちなみに、僕はこないだ十九歳になったばかりの大学一年生。

「あ、お客さん?」兄貴が、女性に気付いて笑顔で言う。

「いや、違うんだ。実はさ──」

 僕は、女性から聞いたことを兄貴に詳細に伝えた。漏れのないように、丁寧に記憶を辿たどりながら。

「んー。実験か……。背中にバターか……。手足を持ってね……。木の上からか……仲間割れ……。ケンカ……。中学生……」

 兄貴が人差し指をこめかみにトントントンと当てながら言う。

 これは、兄貴が考え事をするときに必ずやる癖みたいなものだ。まず、軽くトントントンと叩く。謎が解けてくると、叩くスピードも速くなる。

 トントントン、トントントン……。

 このリズムがなんだか、「Let me see」と言っているように聞こえてしまうのは気のせいだろうか。

「なるほどねー」兄貴は、しばらく考えた後うんうんと頷いた。

 もう、わかったというのか。僕には、中学生が何をしていたのか全く見当もつかない。なんのために背中にバターを塗っていたのかも。

「なるほどって、何が? 単なるイタズラじゃないのかよ」

 僕が言うと、兄貴は首を振った。

「『起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる』byマーフィーの法則」

 兄貴は、かっこよく決めゼリフをかますと、にやりと笑った。きりっと男前の面が無駄に強調される。

 このフレーズが出たということは、すでに兄貴の中では謎が解けたということだ。

〝マーフィーの法則〟とは、先達の経験の中でたびたび生じた滑稽かつ物悲しい経験則をおもしろおかしくまとめたもの。何かうまくいかないことが起きると、それを引用して自虐的に言ってみたりする。

『試験直前に覚えた部分は試験に出ない』とか『計算間違いに気付いて、念のためにもう一度計算しなおすと、第三の答えを導き出してしまう』といった具合に。

 ちなみに名称にある「マーフィー」は、アメリカの航空工学者であるエドワード・アロイシャス・マーフィー・ジュニアに由来する。

「それ、素敵な傘だね」

「え?」女性が不思議そうに首を傾げる。

 僕も、兄貴がなぜ急に傘を褒めたのかわからなかった。しゅっと持ち手が長く、デパートで売っていそうな品のある傘で、素敵といえば素敵だ。

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