話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

クールな社長の耽溺ジェラシー

春奈真実

意外な一面 (2)

 入社十五年目の三十六歳でベテランの正司さんは、先輩風を吹かせることもなく、どんなときも同じ目線で接してくれて人当たりがいい。だから、こんな風に誰かを避けるところは初めて見た。

 もしかして体調が悪いのだろうか。

「あの、正司さ――」

「じゃ、それぞれ自己紹介を……って言っても、俺たち新野さん……じゃなくて、新野社長のこと知ってるんだよね。知らないの、こなっちゃんだけ」

 正司さんが心配で声をかけようとしたら、広瀬さんに話を振られて、つい「へ?」と間抜けな声が出た。

「そうなんですか? いつの間におふたりは新野社長と……?」

 どこかで一緒に仕事をする機会があったのだろうか。

「四年前までここで働いてたんだ」

 答えてくれたのは新野社長だった。

「えっ……こ、ここって……閂建設で、ですか? 新野社長が?」

 思わず自分が立っている床を指差すと、新野社長は「ああ」と短く返事をした。

 閂建設は、道路や橋、ダムや上下水道などライフラインが関係する土木工事から、官公庁の施設、ビルなどの商業施設やテーマパークの設計、建設など多くの事業を行っている業界最大手の建設会社だ。

 都心に地上五十二階、地下二階建ての重厚な自社ビルを構え、従業員は全国に一万人以上、本社だけでも約四千人を抱えている。

 私や広瀬さん、正司さんはそこで照明の設計や積算を任されている。主に内勤だけど、現場の確認や打ち合わせなどで外へ出ることも多い。

 そんな自分たちと同じ場所で、新野社長が働いていたなんて思いもよらなかった。

「新野社長、俺のこと覚えてますよね? 広瀬です、一年しか一緒に仕事できませんでしたけど……」

「広瀬……?」

「いまより茶髪で、もうちょい元気で……新入社員でした」

 ふわりとセットした髪をつまみ、新野社長に説明する。

「ああ……あのチャラいやつか。毎日夜遊びしてた……」

「チャラくないです! 毎日遊んでませんから! ……ちょっと調子に乗ってたことは認めますけど」

 広瀬さんは居心地悪そうに首をすくめた。

 ふたりのやりとりを見ていると、真顔でとっつきにくい印象でしかなかった新野社長が、意外と話しやすい人なのかも……と思えてくる。

 ここで笑いでもすればもっと印象がよくなるけれど、新野社長はくすりともせず、かわりに心配そうに眉を歪めた。

「まだ、照明続けてるんだな」

「え? はい、それは……まぁ、一応」

「そうか、よかったよ」

 よかったと口にしたわりには安心した様子もなく、たずねられた広瀬さんも不思議そうに目を丸くしていて、質問の意図を掴めていないようだった。

 もしかして、広瀬さん辞めたかったのかな? それとも、辞めたくなるほど過酷な現場だった……とか?

 それよりも、新野社長が広瀬さんの先輩ということは――。

「正司さんは新野社長の先輩だった……ということですよね?」

 そう口にした瞬間、新野社長と正司さんがピタリと固まり、室内の温度が五度くらい下がった気がした。

 触れてはいけないことだったのかもしれない。もう、遅いけれど。

「ああ、上司だな」

 新野社長はそれだけ言うと、彼から視線をそらすように足元を見つめていた正司さんのほうを向いた。

「……お久しぶりです。まだいらっしゃったんですね」

 そう声をかける視線は威圧的で、拒絶をはらんでいるようだ。広瀬さんに投げた言葉と似ているのに、ニュアンスがまったく違っていて冷たさがあった。

 いかにも「辞めていると思っていた」と言わんばかりの口調は、そばで聞いていた私をいやな気分にさせた。

 昔の先輩に対して、そんな言い方をするなんて失礼すぎる。

 心配になって正司さんを見つめると、彼は軽く顔を上げて口元に苦笑を浮かべた。

「うん、まぁ……僕も一応続けているよ」

 曖昧な返事は、これ以上深く切り込まれないように無難に返しているみたいだった。

〝一応〟なんかじゃない。正司さんはすごくいい照明を設計し続けているのに。

 私のほうが悔しくなって、唇を噛み締めた。やっぱり、いい印象がもてない。

「それで……高塔さん、だっけ? 新入社員?」

 そう言って、新野社長は正司さんから私に向き直り、まっすぐに見下ろしてきた。

「いえ、これでも中途入社して三年目の二十七歳です」

 若くといえばいいのか、幼くといえばいいのか。年相応に見てもらえないことには慣れていた。

 身長が一五二センチと小さく、大きくクリッとした瞳はうらやましがられることもあるけれど、丸い輪郭とともに童顔を強調していて、あまり好きじゃない。

 加えて、元気が取り柄の性格。

 少しでも大人っぽく見られたくて昔から髪は胸元くらいまで伸ばし、ほんのりとブラウンに染めているけれど、色気が出る気配はいまだにない。

「中途か。三年目なら知らなくて当然だな。かすってもいない」

 子どもっぽさをからかわれたのかと思ったけれど、本当にただの疑問だったらしい。

 納得したように小さくうなずいていた。

「なんで、わざわざ前の会社を辞めて閂に来たんだ?」

「それは……」

 横目で正司さんを見る。目が合いそうになって、慌ててそらした。

「あ、憧れた建物があって……」

「へぇ、どん……」

「あっ! そ、それに前の会社と比べてここは大きくて、いろんな経験ができるので」

 新野社長に「どんな建物か」と聞かれそうな気がしてわざと言葉を重ねる。

 言えないわけではないけれど、あまり言いたくない。私が憧れた建物は正司さんが照明設計をしたものだったから。

 入社したとき、本人に直接伝えたけれど、年月が経ってあらためて話すのは恥ずかしかった。

「閂建設にいると、建物の照明を設計するだけじゃなくて橋も道路も、公園も……今回みたいな機会だってあるので、この会社で働きたいと思ったんです」

 その気持ちも本当。面接のときのように、少し背筋を伸ばして新野社長を見上げると、真顔がフッとゆるんだ。

「そうか、熱心なんだな」

 涼しげな目元が柔らかく垂れ、ほころんだ口元から白い歯が覗く。ずっと真顔だったのに、いきなり笑顔を向けてくるなんて反則だ。しかもその笑顔のまま、顔を覗き込むように近づいてくる。

「見かけによらず、しっかり考えてるんだな」

「か、考えてるといいますか、好きなだけです」

「いいんじゃないか、それで」

 どぎまぎしている私に追い討ちをかけるかのように、さらに瞳を細める。その微笑みがあまりにもきれいすぎて、新野社長が離れてもうまく呼吸できずにいた。

 なんだか正司さんに接していたときと違う。……というより、正司さんに対してだけ態度が違う。

「クールな社長の耽溺ジェラシー」を読んでいる人はこの作品も読んでいます