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男装したら数日でバレて、国王陛下に溺愛されています

若菜モモ

第一章 家族のための男装 (3)

「国王陛下は、周りに人が多いのがあまりお好きではない。私の他は、アベルというお前の父親くらいの年齢の男だけだ。お前に仕事を教えてくれる」

 ミシェルは、アベルという名前を頭に入れる。

「侍従という仕事は、常に陛下がなにを必要としているのかを考えて動くんだ」

「はい。おじいちゃん、休みはある?」

「五日働き、一日休みをもらえるだろう。アベルは、お前が慣れるまでは休みを取れないがな」

 ミシェルは休みがあると聞いて、あんした。ずっと男装しているのは、いささかつらいと感じていたのだ。

 馬車は町を通り抜け、森へ進む。森の先に美しい王城がある。

 ミシェルは王城を遠目に見たことしかない。町からは、王城の立派な主塔と城郭に囲まれた五つの塔を目にすることができる。

「おじいちゃん、国王さまってどんな人?」

 町でうわさを聞くだけで、実際にお世話をしている祖父には尋ねてみたことがなかった。王城で働きたいと思っていたが、国王陛下は雲の上の人だからだ。

「勇敢で、公平で、とても頭のいいお方だ。小さい頃から神の子と呼ばれていた」

「確か、お年は二十五だと聞いたことがあるわ。お妃さまは?」

 国王に即位したのは去年のこと。妃が十人いると聞いたことがある。しかし町ではそれも噂話でしかない。

「その通り。二十五歳だ。残念ながら、まだお妃さまはめとられていないのだ」

「町で、十人いるって耳にしたわ」

 ミシェルは得意げに話す。そんな孫娘にロドルフは目尻を下げる。

「それは多いな。しかし容姿端麗な国王陛下の妃になりたいという貴族の娘たちは、数えきれないくらいいるぞ。お! もうそろそろ着く」

 馬車は水のある堀の石橋を渡り始めていた。

 ミシェルは急に、今まで感じたことのない緊張に襲われ、背筋をピンと張った。

 石橋の先に大きな城門があり、両端に衛兵が立っている。その隣には衛兵小屋のような建物も見える。

 馬車は一度停まり、ロドルフが窓から手を伸ばして通行証を見せてから、再び動きだす。

「ミシェル、大丈夫だ。うまくいく」

 ミシェルの緊張を和らげようとするロドルフだ。

「……うん。おじいちゃんも身体を大事にしてね。足の怪我なんだから動き過ぎないで。お母さんをよろしく」

 祖父がここを離れたら心細くなるのは、目に見えてわかっている。


 ミシェルを侍従のアベルに頼んでロドルフが去るとき、ミシェルは危うく泣きそうになるのを必死にこらえた。

 侍従のアベルは、やや神経質そうなやせ型の男だが、ロドルフとの会話では怪我の状態をうかがい、心から心配している様子。ミシェルは、気遣うその姿に、彼とならうまくやっていけそうだと思った。

「さ、行きましょう。まずはロドルフさまが使われている部屋へ案内いたします。そこへ荷物を置いたら侍従服に着替えてください。仕事を教えます」

「はい! よろしくお願いします」

 ミシェルは声を低くすることを意識しつつ、頭を下げた。これからフランツとしてやっていかなくてはならない。気を引きしめて、アベルのあとについていく。

 ロドルフの部屋は、主塔のある二階にあった。隣はアベルの部屋で、城の主となる部分に住む使用人はふたりだけ。国王の私室は三階にあり、どんなときも世話ができるよう近くに部屋がある。国王の私室の隣にも、昼間待機する侍従部屋があった。

 廊下を歩きながら、目にするタペストリーや豪華な調度品に、ポカンと口を開けてしまうミシェルだ。

(すごい……こんな調度品を見るのは初めて……)

 拭き掃除をしている侍女も数多くいる。

 廊下には真紅のじゅうたんが敷かれており、足音が消され、靴の裏の慣れない感触にミシェルはつまずきそうになる。

「こちらです」

 廊下の数多くある扉のひとつをアベルが開けた。そこはきちんと整頓されたロドルフの部屋だった。ベッドとチェスト、小さな机があるだけの質素な部屋だったが、居心地はよさそうだ。

 ミシェルは中へ進み、トランクを端に置く。ベッドの上に、パリッとした真新しい侍従服がきちんと畳まれて置いてある。

「侍従服に着替えを。私の部屋は隣です。待っていますから、ノックをしてください」

 アベルは机が置かれた右側の壁を示してから出ていった。彼が行って、ミシェルはホッとする。男同士だからと、着替え中に部屋にいられたらどうしようと思っていたところだった。

 侍従服は今着ている服とあまり変わりなく、色は深い闇のような青色だ。

 ロドルフは本をたくさん読んでいるようで、それを手に取ってみたい気持ちに駆られたが、アベルを待たせるわけにはいかず、急いで着ていた服を脱ぎ、侍従服に着替えた。

 身なりをきちんと整えるための等身大の鏡も部屋の隅にあり、そこでおかしくないか確認する。やはり侍従服は大きく、ダボついた感は否めない。

「でも、これを着た私はちゃんと男に見える」

 ミシェルは自分を勇気づけるように言葉にした。男に見えるというのも、女としてそれはそれで悲しいが。

 両頬を軽くたたいて気持ちをしゃんとさせてから、アベルの部屋へ向かった。


 ミシェルは国王の私室の隣にある、侍従部屋へ連れていかれた。

 もうすぐ昼食の時間だが、今日の国王は大臣たちと、一階にある大広間で食事をする。普段は私室で食事をするため、侍従はそばで控えている。

 今日はその必要がなく、アベルはミシェルに、ざっと侍従の仕事を説明する時間にした。

「まず一日の流れを。朝は六時に陛下に起床していただきます。お目覚めになっていることもあります。陛下のお衣装は、あらかじめ前日に用意しておりますので、お着替えをお手伝いいたします。次に居間でお茶を用意します」

 ミシェルは表情に出さなかったが、大の大人がひとりで着替えられないのかと、心の中で思った。

「お、お着替えはどこまで手伝いを……?」

「お衣装を渡していくお手伝いです。それからご朝食を私室の居間でとられます。そのときにも控え、なにか不自由がないか見守ります。そのあと、陛下は四階にある執務室で仕事をされます。その間に、私室の掃除を」

 アベルの言葉を聞き漏らさないようにして、頭に入れていく。

「掃除は侍女ではないのですか?」

「侍女は女ですから。私室に入らせたりでもしたら、なにをするかわかりません」

 どうやらアベルは侍女を信用していないようだ。

「ちゃんと審査をして、お城に務めている侍女でも……?」

「ええ。陛下に取り入ろうとする女を、これまでにも数えきれないくらい見てきています。陛下の私室に一歩たりとも入れないのが、これまでの習わしです」

 国王に取り入ろうとした方法を聞いてみたい気もしたが、アベルの顔が険しくなっている。そんな女性ばかりではない、と反論しそうになったが、正体がバレてしまったら大変なことになるので、ミシェルは先を促した。

「そして昼食ですね?」

「そうです。陛下は休息を取らずに午後の執務をされますので、その間に明日の着替えの支度や、湯殿の用意をします」

 それからアベルは夕食後、陛下が寝るまでそばに控えることをミシェルに教えた。

「私たちの食事は侍女が運んできますので、侍従部屋でいただきます」

 そういえば、突然のことで朝食を抜いていたと思い出す。食事のことを考えるとお腹が鳴りそうになって、急いで手をやって押さえた。そんなミシェルに、アベルの硬かった表情が和らぐ。

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