クールな社長の溺甘プロポーズ
プロポーズはふたりきりで (3)
それから席に戻り、気を取り直して仕事を再開した。バタバタと慌ただしく業務に追われるうちに定時を過ぎてしまい、仕事を終え帰ろうとオフィスを出たのは十九時過ぎのことだった。
「はー……疲れた」
気の抜けた声を出しながらエレベーターに乗り込むと、肩まである茶色い髪をかき上げ、凝った首を回した。
今日は夕飯どうしよう。コンビニ? スーパー? まだお弁当残ってるかな。
仕事ばかりで料理などまともにしたことがなく、〝自炊〟という言葉は出てこない。
それに、日々の忙しさを言い訳に整理整頓もせず、洗濯した衣類は椅子の上で重なり合い、雑誌や本は床に積み上がるなど、週末までそのまま。私の住む2DKの部屋はいつも雑然としている。今日は、そんな部屋に帰ってひとりで食事する気にもなれない。
あ、そうだ。今日は近所の居酒屋にでも寄って軽く飲んでから帰ろうかな。
働いた後のお酒とおつまみは最高だし。うん、そうしよう。
想像し、ふふとにやけていると、ポンという音とともにエレベーターのドアが開く。降りると、ビル一階のエントランスには同じ建物に入っている他社の社員たちが行き交っている。
ライトグレーのパンプスをコツコツと鳴らしながら、その中に紛れるように歩く。
すると、やけに周囲がざわついていることに気がついた。
ん? どうしたんだろう?
不思議に思い見れば、人々……とくに女性たちの視線は一カ所に集まっている。
どこかのお偉いさんでも来ているのだろうかと、私もついその方向へと目を向けた。
すると、エントランスの自動ドアの近くに立つひとりの男性の姿が見えた。
真っ黒な髪を右で分けた彼は、黒縁メガネに二重の目、筋の通った鼻と形のいい薄い唇と、まるで芸能人のような綺麗な顔立ちをしている。
すらりと背も高く、質のよさそうなグレーのスーツに身を包んだ彼は、黙って立っているだけで上品さが漂っていた。
かっこいい……。あれなら皆、ついつい群がり目を向けてしまうわけだと納得できた。
このビルでは見慣れない顔だから、どこかの会社の関係者かな。それとも、ここで働く恋人でも迎えに来たとか? だとしたら、あんなイケメンをつかまえる彼女もまた、どんな魅力的な人なのか気になってしまう。
「あっ、澤口!」
遠くから彼を眺めていると、私を呼んだのはほかの部署の女性社員たちと一緒にいる柳原チーフだった。
彼女も帰りがけに彼を見かけ、女子同士ではしゃいでいたのだと思う。
「柳原チーフ、あの人誰ですか?」
「さぁ? でも超かっこいいからつい見とれちゃって! 誰か待ってるのかな」
うっとりとした目で私から彼のほうへ目を向ける。そんな柳原チーフにつられるように私も再度目を向けると、彼はこちらを見ていた。
ばちっと合った目と目。偶然かなと一瞬思ったけれど、次の瞬間には彼はこちらへ向かってずんずんと歩いてくる。
「さ、澤口! あの人こっち来た! なんで!?」
「え!? わからないですけど!」
なぜこちらへ向かってくるのか、まったくわからず柳原チーフと慌ててしまう。
すると彼は私の目の前に立ち、足を止めた。
遠目で見るより大きな彼は、身長一五七センチの私より二十センチ以上は高いと思う。
綺麗な肌、真っ黒の瞳。やっぱり、この距離で見てもかっこいい。
「きみが、澤口星乃さんだな」
「へ? は、はい……」
名前を呼ばれた。って、あれ? なんで私の名前を知ってるの?
キョトンとしてしまう私に、彼は間髪を入れずに言葉を続ける。
「単刀直入に言う。俺と結婚しよう」
唐突なひと言に、一瞬その場は静まり返る。
……ん? 今なんて言った?
俺と結婚、しよう? 私に? なぜ?
意味がわからずフリーズする頭を必死に働かせるけれど、思いあたることはなく記憶を探ろうとしてもなにも思い出せず、余計混乱してきてしまった。
結婚しようと言われても、この人のことなんて知らないし……あ、そっか。人違い?
「あの、すみません。誰かと間違えているみたいなんですけど」
「いや、間違いじゃない。十二月二十一日生まれの射手座、A型、東京都出身で、趣味はひとりで映画鑑賞。陸上競技が得意で学生時代短距離走で関東大会まで進んだ経験のある澤口星乃に、今俺は結婚を申し込んでる」
「って、うわ!? なんでそこまで!?」
たしかに、それらはすべて私のことだ。けれど、どうしてそんなことを知っているの? しかも学生時代のことまでなんて。
真顔で淡々と話す彼に、やや恐怖すら感じてしまう。
「ちょ、ちょっと……澤口?」
すると、柳原チーフに名前を呼ばれてふと気づく。見れば、先ほどまで彼ひとりに向けられていた人々の視線は、今では私にも向けられている。
まずい。このままここにいたら変な噂になりかねないし、とりあえず、場所を変えよう。
「ちょっとこっちへ……!」
そう考え、私は彼の腕をぐいっと引っ張り、その場から逃げるように歩きだした。
早足でエントランスを抜け、奥にあるドアを押し、ひと気のない建物裏へ出る。
そして人目につきづらい細い通路にふたりきりになったところで、再度彼と向かい合った。
「どういうことですか!?」
「どうもこうも、そのままの意味だ」
「だから、その『そのままの意味』がわからないから聞いてるんじゃないですか!」
あぁもう、意味がわからないし話が進まない。
しらばっくれているというよりは、『これ以上の説明がいるのか』とでも言いたげに、彼は首をかしげる。
「私はあなたの恋人でもなければ、あなたが誰なのかすら知らないんですよ? どうしてどこの誰かもわからない人と結婚しなくちゃいけないんですか」
爪の伸びた指先で、ビシッと彼を指差し問いただす。
そこまで言ってようやく質問の要点を把握したのか、彼は「あぁ」と納得した。
「どこの誰かと言われると、俺はこういう者だ」
そう言って彼が差し出すのは、一枚の名刺。そこには【(株)オオクラ自動車 代表取締役社長 大倉佑】と書いてある。
「オオクラ自動車って……あ、あの超有名自動車会社の!? しかも社長!?」
「あぁ。いつも澤口製作所さんには大変お世話になっている」
オオクラ自動車といえば国内外でも名の知れた超有名自動車メーカーだ。
社員総数五万人、この景気でも売上は右肩上がりで『就職したい企業』で必ず上位に入る人気企業。
そして、うちの澤口製作所が昔からお得意様とする取引先だ。
そんな大きな会社の、しかも社長。見た目はおそらく三十代前半で、さらにはイケメンで……その人がなぜここに?
しかもいきなり結婚って、なんの話?
私のいぶかしげな視線など気に留めず、表情が顔に出ないタイプなのか、彼、大倉さんは笑顔ひとつ見せることなく淡々とした口調で先を続ける。
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