魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい?

手島史詞

第一章 初恋とは誰もが一度はかかる質の悪い病である (2)

 これは領地の外と内側をつなぐ、転移の魔法陣だ。

 しかし少女を転移させる前に、魔法陣の向こう側からなにかがやってきた。

「――ッ?」

 ザガンは目を見開く。

 ――俺の魔法陣が、乗っ取られた?

 ここはザガンの領地内だ。

 いまのような侵入者に備えて、ザガンは自分の城とそのしきつつみ込むような魔法陣をいくつか用意していた。

 結界だ。

 侵入者の位置を知らせる結界。それをらえるための結界。自分以外の魔術師の力を減退させる結界。そして、おのれの力を高める結界。

 つまりここはなにからなにまでザガンにとって有利なザガンの領域なのだ。

 そこで魔法陣を乗っ取るなど、並みの魔術師にできる芸当ではなかった。

 ただならぬ力量の侵入者に、しかしザガンの反応はのんびりしたものだった。


「人の魔法陣を勝手に使うな、バルバロス」


 現れたのは、ひょろりとした長身の青年だった。

 二十歳はたちほどだろうか。ザガンよりもふたつかみっつは年上のようで、背も高い。しかし頬はけて目の周りにもくまが広がっている。頭からフードつきのローブを羽織っていて、首からはいくつもの装飾品アミユレツトを下げていた。

 ザガンの結界を破ったことからも、人並み外れた力の持ち主だとわかる。

「いよう、ザガン。相変わらず不健康そうな顔してやがるなあ」

「不健康というならお前の方がそうだろう、バルバロス」

 数いる魔術師の中でも、ここまで堂々とザガンの領地にしんにゆうしてくる男はこのバルバロスくらいのものだった。

 そして、ザガンのゆいいつの悪友でもある。

「それと、人の魔法陣を勝手に使うな」

「そうでもしなきゃここで転移なんぞ使えないだろう?」

 魔術師の力のかなめは魔法陣だ。

 その魔法陣を、この男はザガンのものから自分のものへ上書きしてここに侵入してきたのだった。これは口で言うほど簡単なことではない。

 ここがザガンに有利な空間だとしても、正面から戦ってこの男に勝てるかはあやしい。そんな魔術師だった。

 バルバロスは気を失った少女と地面に転がったままの死体をながめ、目を細める。

「なんだ。パーティの最中だったのか?」

「人の庭ではしゃぐ悪党に少しおしおきをしてやっただけだ」

「ひひ、お前が言うなよ」

 魔術師などという生き物は例外なく悪党だ。

 関心があるのは自分の力を高めることで、他人の命にも財産にも価値をいださない。必要だと感じれば他人からうばることにも罪悪感をいだかない。

 ザガンが先ほどの少女を助けたのも、自身が善良だからではなく、ただ単に興味がなかったからというだけだった。

 バルバロスは少女をる。

「ほう、この娘、けっこうなりよくを持ってるようじゃないか。いけにえにでも使うのか?」

「生贄が必要な魔術はしゆじゃない」

 そう言って、もう一度踵を踏み鳴らす。

 少女の体はあわい光に包まれ、消えていく。今度こそ、領地の外へと送られたはずだ。

「もったいねえなあ。いらねえなら俺にくれよ」

「人の領地でひとさらいをするな。俺が犯人あつかいされるだろうが」

「ひひっ、そいつはいいな。次からそうさせてもらうぜ」

「……その場合、俺はお前のきよてんを吹っ飛ばすからな?」

 この男なら本当にやりかねないので、ザガンはけんのんな目つきで睨んだ。

 しかしそれも数秒のことで、ザガンはねむたそうに欠伸あくびをもらす。

「おいおい、なんだよ眠たそうだな」

「夜通し魔術書をふけってたんだ。俺はもう寝る。用ならあとにしろよ」

「はっ、ねむなんぞちょいと脳内のアドレナリンをいじってやれば関係ないだろう? わざわざ俺が訪ねてきてやったのに、つれないことを言うなよ」

「そんなことやってるからお前は不健康な顔なんだよ」

 魔術師とはしようがいをかけて魔術を研究し、人をえることを目指す者だ。

 魔術を研究するためにはまず生きなければならない。

 だからまず、魔術師は己の肉体を操作することから学んでいく。単純な筋力操作だけでなく、体内をさいぼうレベルであやつるのは魔術の初歩だった。それゆえ魔術師は病や寿じゆみようからもえんどおい存在になる。

 そこまで至って、ようやく魔術師と名乗れるのだ。

 ただ、それでも水や食料がなければえて死ぬ。すいみんも誤魔化すことはできるが、ふつしよくすることはできないのだ。その結果がいまのバルバロスの顔つきだ。

 だからザガンはあまりその手の魔術は使いたくなかった。

 バルバロスがおかしそうに笑う。

「そう言うなって。おもしろい話を持ってきてやったんだからよ」

 悪人面のわりに、バルバロスは親しげにかたを組んでくる。

「おもしろい話だと?」

 うっとうしい友人をうでかえしつつも、ザガンは聞き返してしまう。

 バルバロスが、せこけた顔に笑みを浮かべた。


「おうよ。この前〈おう〉のひとり――マルコシアスがほうぎよしたのは知ってるだろう?」


 その名前には、ザガンも目を見開いた。

〈魔王〉――それは物語で語られるようなものの王のことではない。

 魔術をきわめし王の呼び名だ。

 そのしようごうと共に絶大な魔力をあたえられ、下位の魔術師たちをぼくとして従えることができる。魔術師が求めるべき力と権力があるというなら、これこそがそのきよくだった。

 本来は十三人いるこの〈魔王〉だが、うちひとりが一千さいというこうれいで、ついに息を引き取ったのだ。魔術は寿命をも遠ざけるが、それでも一千年が限界らしい。

 その〈魔王〉がらみと聞けば、ザガンも無視はできない。

「お? なんだなんだ、聞きたくて仕方がないって顔だな? いや待て。だがお前は眠たいと言っていたよな? うーん、残念だがここでお前のうらみを買うのもおもしろい話ではないしなあ」

「もったいぶってないでさっさと言え」

「……相変わらず、あいのねえろうだなあ」

 へきえきとしたため息をついて、バルバロスは言う。

「キュアノエイデスって街があるだろう? マルコシアスはそこを領地にしていたわけなんだが、そこで大がかりなオークションが開かれる。まっとうな品から俺たち好みの品まで、なんでも流れる」

「まさか……」

 ごくりと、のどが鳴った。


「そのまさかさ! 出るんだよ。〈魔王〉の遺産が」


 さんくさい――まず、最初にそう思った。

 しかし彼の〈魔王〉マルコシアスは一千歳の高齢だった。ひと口に遺産と言っても、ひとつやふたつではないだろう。

 その中のひとつがオークションに流出したとしても、不思議はなかった。

 バルバロスはひじでザガンをつつく。

「だからさ。お前も来いよ。なんだったらいい女のひとりやふたりつくろってやるからよお。あとはほら、ついでに少しばかりコレをえんじよしてくれると助かるんだがなあ?」

 そう言って、二本の指でこうの形を作ってみせる。

 要するに、オークションに参加したいが資金が足りないらしい。

 ザガンはため息をもらしながらも、きよぜつはしなかった。

「そういうことなら遺産は俺がもらうぞ?」

「おまっ、そりゃねえだろ? 教えてやったの俺だぞ」

「いやなら他を当たれよ」

「他に金貸してくれるような魔術師なんているわけねえだろおっ?」

 半泣きですがりつかれて、ザガンは結局オークションに連れていかれることになるのだった。

 しかし、とザガンは思う。

 ――女……ねえ。

 ザガンとて男だ。女の体に興味がないわけではない。

 実際に、先ほどの少女にはグッと来るものがあった。

 それでも、複数の女をはべらせている光景には、りよくを感じる前に面倒くさそうだという感想が出てきてしまう。

 道具のように扱えばいいという考え方もあるのだろう。だったら口も開かず与えられた役目をまっとうしてくれるつうの魔術道具の方がずっといい。

 愛されたいという欲求もなくはないが、自分が相手にそうしてやらなければならないと考えるとこれも面倒だ。

 体の魅力よりも、その欲求を果たすことで生じるデメリットの方が目の前をちらついてしまうのだ。だからザガンはいまだに女を知らなかった。

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