話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

お城を追い出された王女は、庶民の暮らしを満喫する

四馬タ

一 (1)



 夜になると、壁にかけられたランプに火が点り、室内が明るくなった。

 おそらく王城にかけられているまじないと同様のものだろう。

 あらかた掃除が終わると、荷物の整理を始める。興奮しているせいか、少しも眠気が襲ってこなかった。空腹も感じない。今は、この家を少しでも住みやすくすることに夢中で、自分のことなどどうでもよかった。

 前もって運び込んでおいた荷物は、平民用の衣類や下着、十日分の食料、高級茶葉、お気に入りのティーセット、宝石類が入った小箱に銀貨や銅貨を詰めた小袋などである。周囲の者たちに気づかれないよう、持てるだけ持ち出した、シルビアの全財産だ。これだけあれば、当分は何とかなるだろう。

 荷物のほとんどを二階の寝室に片づけながら、室内にあるものを細かく見ていく。

 台所の調理器具は一通りそろっていたし、石鹸やろうそくといった日用品も大量に買い置きされていた。日が昇り、裏口から庭に出ると、シルビアは「あっ」と息を呑んだ。敷地の外からでは、高い塀に囲まれている上、見えないまじないがかかっていて分からなかったが、緑豊かな庭が広がっていた。広さは、お城にある温室といい勝負かもしれない。その上、隅には井戸があり、中央には洗濯ものを干すための台、手前には椅子やテーブルまで置いてある。

 ――おじいさまはここで育てた花を売っていらしたのね。

 ガーデニングが趣味とはいえ、植物に関しては祖父も素人である。おそらくこの庭にも何かしらのまじないがかかっているに違いない。

 ――私もここで、何か育ててみようかしら。

 貴族にとって、政務に携わるか、剣を扱う職業に就く以外で仕事をするということは、せんな行為と見なされる。けれど、シルビアは少しも抵抗感を覚えなかった。もう自分は王女ではないのだから、働いて稼ぐ術を覚えなければならない。

 頭の中であれこれ計画を立てながら、今度は洗濯を始める。家中のシーツというシーツを洗い、鼻歌を口ずさみながら干す。動き回って、さすがにお腹がすいてきたので、食事を作ることにした。台所には小さな薪ストーブがあって、燃料の薪も薪小屋にどっさりあった。

 小さい頃、乳母が気まぐれに教えてくれた料理の手順を思い出しながら、小麦粉と砂糖と水で薄く焼いたパンを作る。

 パンは少し硬かったけれど、これまで食べた、どんな手のこんだ料理よりも美味しく思えるから不思議だった。ジャムをたっぷりつけて、お茶と一緒に味わって食べた。

 使い方のわからない掃除道具や料理器具があったり、洗濯時にこすりすぎて衣類をダメにしてしまったりと、新しい環境での生活は戸惑うことも多かったが、それ以上に楽しいものだった。一日のほとんどを掃除と洗濯、料理に費やしたが、少しも苦には感じない。それどころか、自然と鼻歌がこぼれだす始末だ。

 ――問題は食事ね。そろそろ、パンとジャムだけの食事にもあきてきたわ。

 何度か失敗して材料をダメにしてしまったせいもあり、気づけば、持ち込んだ食料も残りわずかとなっていた。ほとぼりが冷めるまで、外には出ないつもりだったが、そうもいかないようだと、逃亡生活五日目にして、シルビアはため息をついた。

 ――どうしたって買い物に行かなきゃならないわ。

 お城にいた頃とは違い、じっとしていても、誰も食事を運んできてくれないのだから。けれど、この敷地から一歩でも外へ出てしまったら、城下町の住人に王女であることを見破られてしまうかもしれない。変装したところで、わかる人にはわかるはずだし、万が一にも、第一王女の目撃情報が王妃の耳に入れば、自分も、自分を逃がしてくれたガジェ・ノーマンの身も、危うくなってしまう。

 ――どうしよう。

 解決策を求めて室内をうろついていると、コンコンと戸を叩かれた。思わずびくっとし、扉に近づいて、のぞき穴から外を見る。もしや追っ手では、とどきどきしてしまったが、そこにいたのは眼鏡をかけた十二、三歳くらいの少年で、手にたくさんの紙の束を抱えていた。

「留守かな?」

 少年はつぶやくと、おもむろにしゃがみ込み、扉下の隙間から、一枚の紙を差し入れる。


【便利屋トーマス ペットの世話から靴磨きまで 格安料金でご用承ります】


 そのチラシを見た途端、シルビアは勢いよく扉を開けた。

「うわっ、びっくりしたっ」

 燃えるような赤毛に理知的な瞳、間近で見ると、少年はどこか見覚えのある顔をしていたが、気のせいだろうと思い、シルビアは深く考えなかった。敷地内にいる限り、まじないの効果で正体を見破られる心配はないため、わらにもすがる気持ちで、少年に声をかける。

「便利屋さんに仕事をお願いしたいのだけど」


◆ ◆ ◆


 少年はただのビラ配りではなく、便利屋トーマス本人だった。学校が休みの日だけ、趣味と実益を兼ねてなんでも屋の仕事をしているという。

「ここって、昔は花屋でしたよね。今は何をやっているんですか?」

「お城を追い出された王女は、庶民の暮らしを満喫する」を読んでいる人はこの作品も読んでいます