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エリィ・ゴールデンと悪戯な転換 ブスでデブでもイケメンエリート

四葉夕卜

1 目覚め (1)

 

1 目覚め

 

 目を開けると、白いレースの(てん)(がい)が風になびいて優しく揺れていた。

 やけに身体が重く感じる。

 ここがどこなのか分からなかった。

 自宅の寝室に(てん)(がい)付きベッドなんて置いていないし、こんな豪華な内装の家を持っている友人もいない。

 どうやら、またやってしまったらしい。

 いや、ヤってしまったと言い直したほうがよさそうだ。

 きっとクラブか飲み屋かバーで引っかけたどこぞの女とアレに及んで、しかも泥酔して記憶がない、という最悪なパターンだ。そしてここはどこかのホテルだ。ラブホテル。間違いない。

 重い頭を左右に振った。

 隣に見知らぬ女が、と思ったがそんなことはなく、ベッド脇にあるテーブルに清潔そうな白い洗面器が置かれ、同じく清潔そうなタオルがかけられている。品の良い(じゆう)(たん)が敷かれた、十畳ぐらいの部屋だ。家具はベッドと高級そうなタンス、あとは椅子がいくつか置いてある。どれも高級そうで、英国風でエレガントなものだった。

 病院?

 いや、それにしては妙に豪華だ。見れば見るほどおかしいと感じる。

 (てん)(がい)付きのベッドに、素材が不明なこげ茶色をしたシンプルなカーペット。ベッドの手すりには奇妙な模様が描かれていて、その端にはどこかの知らない神をモチーフにした女性の絵が親指ほどの大きさで彫られていた。家具をよく観察すると、高級そうではあるが、エレガントというよりは作りが大味な気がしないでもない。中世風な演出、ここに極まれり、といった様相だ。

 豪華、というよりは、レトロ、と表現したほうが的確だろう。

 ……ちょっと不安になってきた。

 昨晩、仕事が終わってからのことを(はん)(すう)する。

 花金だ! と叫んで同僚と六本木に繰り出し、よく行く高級な和食屋で飯を食べ、そのあとバーで飲んでからクラブでVIP席を取って、女の子をとっかえひっかえして何度もシャンパンを乾杯した。

 同僚が昇進した祝いもかねて、しこたま酒を飲んだ。

 ネクタイを振り回して踊りまくった。

 そのあと気に入った女の子二人を引き連れて外に出た。

 ここまでは憶えている。

 そこから先の記憶が、霧がかかったように思い出せなかった。

 とてつもなく重要なことで思い出さなければまずいことになる、と本能が警告を始めた。

 思い出そうとすればするほど、心臓の鼓動が速くなり、頭の中が(しよう)(そう)で破裂しそうになる。嫌な予感が心を駆け巡り、全身から汗が噴き出していた。

 気持ちの悪い冷や汗が、額からだらだらと流れていく。

 俺は、あのあと、何をしたんだっけ?

 どうしてこうなったんだ?

 もう一度思い出そう。

 クラブでVIP席を取ったところまでは記憶がはっきりしている。そして三番目にナンパした女の子の足が綺麗で、ずっと触っていた。色白できめ細かい肌で、あれは気持ちが良かった。

 いや、ちがうちがう、その先だ。

 その子をつかまえ、同僚はギャルみたいな軽そうな女にもたれかかっていた。

 全員酔っ払っていた。

 そして店を出て、飲み直そうということになり……。

 そうだ、タクシーを呼んだんだ。

 そこまで思い出し、強烈な事実に、ぞわりと全身が震えた。

 そうだ……。

 あのあと俺は……。

 

 ――暴走してきた黒塗りの高級車に、()かれたんだ。

 

 気づいたら寝てしまっていた。

 何はともあれ生きている。

 そろそろ会社に連絡をいれないとまずいだろう。一日寝ていたとすれば、日曜日になっているはずだ。症状を医者に聞いて、最悪休みをもらわないといけない。

 くそ、でかい商談の前日だっていうのに、最悪だ。

「エリィお嬢様!」

 ドアが開いたかと思うと、誰かがベッドに飛びついてきた。

「やっと目を覚まされたのですね。わたくし心配で夜も眠れませんでした……」

 誰だこのオバハンは?

 外人だな。

 様々な苦労を乗り越えてここまで生きてきたのであろうと思わせる、苦労人の雰囲気を醸し出していた。泣きはらした茶色の瞳。その横には優しげな小皺が刻まれ、整った美貌には少し陰りが差しているものの、かえってそれが女性的な魅力を感じさせる。

 古い海外映画の使用人みたいだ。

 というか格好も使用人だった。

 黒地の膨らみのあるワンピースに白いエプロンを掛けている。作業を色々やり終えてからこの部屋に来たのか、エプロンはところどころ汚れていた。

「なぜあのようなことを……。いえ、あのような場所に行かれたのですか?」

 彼女は涙を拭おうともせず、しゃくりあげている。

「旦那様や奥様、お嬢様方、皆様、エリィお嬢様がご乱心されたと……わたくしはそのようなこと一切信じておりません。エリィお嬢様のお立場を分かっている方など、誰もおりません……」

 すんごい悲しいシリアスな展開のところ申し訳ないんだが……。

 エリィって誰よ?

 オバハンメイドは、ハッとした表情になって俺の顔を覗き込んだ。

「申し訳ございません。まだお体が本調子ではないのですね……」

 やべ、声が出ねえ声が!

 どうすんだよ、明日の商談、俺がプレゼンしないと絶対に取れないぞ。

「お体をお拭きしますね」

 彼女は優しくうなずくと、タオルをしぼって、大事な壊れ物を扱うかのように俺の顔を拭いていった。

 心の中は明日の仕事のことで非常に焦っている。

 それでも、首筋や腕を拭いてもらうのは気持ちがよかった。

「いつ見てもエリィお嬢様はお肌が綺麗ですこと……」

 そう言ってオバハンメイドは俺の腕をそっと持ち上げた。

 つーか、エリィって誰だよ。

 はあっ!?

 持ち上げられた自分の腕を見て驚愕した。

 心の中で叫び声を上げるぐらいぶったまげた。

 声が出てたら「なんじゃこりゃあ!」と叫んでいただろう。

 俺の腕は、白く、ぷよっと、太くなっていた。

 あの、黒く、がちっと、ジムで鍛えた筋肉は、どこにいったんだ?

「大丈夫ですよ、エリィお嬢様。すぐお体はよくなりますから……」

 いやだから、エリィって誰よ?

 

◆ ◆ ◆

 

 ――どうなってんだこれ。

 なんとか動くようになった両腕を顔の前にかざした。

 そこには自分の腕じゃない、自分の腕があった。

 なんともだらしなく脂肪のついた太い腕。異常、といっていいほど白い肌。毛なんかは一本も生えていない。よく見ると毛根すらないぐらい、つるっとしている。

 手のひらなんかは、もっとひどい。

 俺の手はもっと男臭くて、ジムでかなりトレーニングしていたので血管が浮き出ていた。それがどうよ、この手は!

 ぷよぷよして関節が脂肪で埋まってやがる。

 デブだな。これはデブだ。

 人間ってこんなにすぐ太れるのか?

 結果にコミットするトレーニングジムの逆バージョン?

 いや……何なのコレ?

 どんだけトレーニングしたと思ってるんだ。

 仕事の合間を縫ってジムに行って、食事制限までしてたんたぞ。

 もちろん、モテるために。

 俺は完璧主義だ。ぶよぶよのおっさんとか格好悪いだろ。来年で三十だから健康には人一倍気を使ってきたんだ。それに営業は見た目が大事だ。(せい)(かん)な体つきのほうが信頼度も高くなる。

 しっかし、どうしたもんか。

 声は出ないし、身体は腕と頭しか動かない。

「失礼します、エリィお嬢様、エイミーお嬢様がお見舞いに来られました」

 そういうオバハンメイドの声とともに、ドアが静かに開いた。

「エリィ!」

 入ってきた人物はオバハンメイドと同じように俺に飛びついた。そして顔を上げると、はらりと悲しげに涙を流した。

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