物理的に孤立している俺の高校生活

森田季節

Start / 1 物理的に孤立している男子はクラスの同類の秘密を知った (1)




 前の席から回ってくるプリントが、俺の一個前のしんでんさんの席でストップする。

 彼女はいそいそとテニスラケットを取り出し、プリントを載せる。

 それからグリップの先端を持って、めいっぱい手を伸ばして──

「はい……なりひら君、プリントだよ……」と言う。

 彼女は絶対に俺に近づきたくないのだ。俺と彼女の席は不自然なほど離れている。

 厳密には一メートル離れていれば安全なんだけど、一メートルが必須ということは二メートル半は一身田さんも念のために離れてしまう。

 俺は月曜一時間目の英語から、ナチュラルに絶望して、人生をまあまあうらむ。

 けど、一身田さんに罪がないことは俺が一番知っている。

 こうするしかないのだ。

 もっとも、まだまだ届かないけどな。俺は席を立って、一時的に彼女に近づいてプリントを取る。俺の努力も合わさって、やっと彼女の努力も実るわけだ。

 プリントを取ったら、俺もすぐに席に戻る。

 ゆっくりしていると彼女にダメージが生じるからだ。

「いつもごめんね、なりひら君」

「いや、それは俺のセリフだ。しんでんさん、毎度お手数おかけします」

 一身田さんはいい人だ。むしろ世話焼きタイプですらある。

 その童顔のどこかおっとりした小動物的な表情を見ると、苦しい高校生活も三ほどは癒やされる。彼女は俺を守ってくれる皮の鎧のような存在である。

 一度、俺がこれはもっと仲良くなれるかもと調子に乗って、

「一身田さんって、しんでんしんひびき似てるね」

「……あっ、うん、そうだね……。はは……」

 としょうもないことを言って大爆死したことがあるほどいい人だ──あっ、余計なことを思い出してしまった! 記憶のすみに封じておくべきだったのに!

 ほかのクラスメイトも基本的にいいやつである。俺に対するイジメみたいなのもない。聞こえる程度に陰でコソコソ言う奴もいない。

 そう、俺が孤独なだけなのだ。

 俺の異能力は通称「ドレイン」。というか、俺がそう呼んでいる。

 かっこつけて、そう命名したわけではない。だって、「常時発動型で、半径一メートル以内にいる人間の体力を吸い取って、自分の肉体を強化する異能力」と毎回言うわけにもいかんだろう。

 このドレイン、地味なようだが(というか地味だが)、接近戦だとガチで強い。

 近づいただけで相手は弱る。その分、俺は元気になるけど、日常生活で半死半生ということはないので自分でわかるような変化はない。

 吸収しようと意識すればさらに吸収のペースは速くなるし、吸収の範囲を一時的に広げることも(ついでに言うと、逆にせばめることも)可能だ。体で接触できれば、吸収ペースはさらに上がる。

 というわけで、強い異能力だけど──それだけだ。

 人生で役に立つことがあるかといえば、これまではゼロだし、今後もゼロのままだろう。

 たしかに戦闘になったら、強い(はず)。

 チート級の力を発揮するだろうと言われたことも何度かある。

 でもさ、日常生活において、戦闘ってある?

 ない。

 人生の圧倒的大部分を占める平和な状態において、この異能力はあしかせだ。

 これのせいで、俺には友達がいない。たかが一メートル、されど一メートル。恐怖感を覚える人間はたいていその倍は離れたがる。こっちだって無理に近づいておびえられたくないから、俺も三メートルくらいはキープする。

 教室の窓際一番後ろ。

 そこが俺の指定席で、その半径一メートル以内に、ほかの机は設置されてない。

 赤いビニールテープで一メートルの線が貼ってある。

 イジメ感がはんぱないが、俺からの提案だ。明確な判断基準があったほうがクラスのみんなも安心する。学校も認めている。

 はぁ……他人に近づけば近づくほど体力が回復する異能力者とかいないかな……。

 この高校でもさすがにいないよな。俺の異能力もかなりのレアというか、俺しか聞いたことないし。神が俺を苦しめるだけに作った可能性すらある。

 ここは、都内に異能力科がある高校の一つ。はちおう市にある都立東京西部高校。といっても、普通科などない。異能力科と異能力者しかいない。

 東京の中心からは離れている八王子市だが、人口は五十万を超えており、日本の全人口の約五が該当する異能力者用の高校も設定されている。

 入学資格は異能力者であること。というか、異能力者は異能力科がある高校に入ることになっている。せんたくはない。

 通称、西高セイコー。ニシコーではなく、セイコーと読むのが正しい。

 生徒には異能力が社会に役立つかどうかということで、こうけんレベルというのが設定されている。五段階評価で、最高が5で最低が1だ(と高校に入るまでは思っていた)。とくにその数字で差別されることはないが、点数が高ければ就職で有利とは言われている。

 でも、俺の一年の通知表にこう書いてあった。

 ──貢献レベル0。

 まさかの六段階評価だったのだ。何これ? 「無」ってこと?

 なんでも、「危険なだけ」の異能力は無意味な異能力の1より低い0と認定されるらしい。

 友達がいたら、いっそネタにして盛り上がれただろう。鉄板ネタになってただろう。

 でも、いないものは仕方ないよね、うん……。

なりひら君、はい、二枚目のプリント……」

 また前の席のしんでんさんがテニスラケットにプリントを載せて、手を伸ばした。

 彼女もテニス部であることがこんな形で役立つとは思わなかったはずだ。

 ちなみに女子が下の名前で呼んでくれるのは親愛のしるしではなく、俺のみようが「」だからだ。クラスの隅にいるはぐれ者を「ハグレ君」と呼ぶのはいくらなんでもひどすぎると、みんな薄々感じているのだ。彼らは善人だ。イジメ感は出したくないのだ。

「ありがとう」

 そう言って、プリントを取る。

 ありがとう、か。さびしいひびきの言葉だ。

 ちゃんと「ありがとう」と言えるやつは偉いってどこかで聞いたことがあるが、「ありがとう」を何度言っても友達はできない。められたいんじゃない。友達がほしいんだ!

 もちろん、対策は考えた。

 よくある、口先だけ努力しましたって言ってるダメなやつとは違う。

 男子の中では身だしなみに気を使っている。

 ヤンチャ感がありすぎると避けたがる人もいるから、内気な人でも話しかけられる、ほどほどにかっこつけた絶妙な部分でとどめている。甘い採点ならギリでイケメンの部類かもしれない。

 っているものはジャンルを問わず、ちょっとずつ摂取して会話に入れるようにもしている。学業もおろそかにせず、上の下程度の成績は維持。

 掃除の人数が少ない時は率先して手伝ってもいる。

 体育でテニスだった時とか、用具の片付けも俺がやってた。

 なんの効果もなかった。

 冷静になってみれば当然そうだとわかるんだけど──こいつは善人だから友達になってやろうなんて思う人間はいない。

 物理的に孤立しているという現実は何も変わらないし、物理的に孤立していては友達もできない。まして彼女などできるわけもない。

 一メートル以上の距離を保ちつつ、いつしよに飯を食い、映画を観れるか? ベテランの探偵でも無理だろ。映画でとなりに座った奴は映画が終わる前にタンカで運び出される。列に並べば後ろの客から「もっとめろ」と言われる。

「物理的に孤立している俺の高校生活」を読んでいる人はこの作品も読んでいます