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年下寮母に甘えていいですよ?

今慈ムジナ

Start / はじまりのおかーさん

「おかーさんがひざまくらしてあげます」「おかーさんが耳かきしてあげます」「おかーさんが添い寝してあげましょう」「おかーさんの胸で甘えてくださいね」

 男子高校生には使わないだろう甘いフレーズの数々が、幻覚のように再生される。

 両親が亡くなり天涯孤独の僕に、お母さんに該当する存在はもういない。

 僕のわがままで、忙しいのに家族旅行を計画し、旅行先で事故にあった両親。しんせき中をたらい回しにされたつらい子供時代。僕が未熟な子供でなければ、そうはならなかった。

 だから、誰も頼らないように、自立した大人になろうとした。

 人を頼らないよう生きてきたつもりだし、これからも静かに一人で生きていきたい。

 なのに、なぜこうなったわけ?

 僕は逃げるように空を仰ぎ見て、春のぼんやりした陽気に浸る。

 周囲の林から寒々とした風が吹き、次第にれが大きくなる。新葉と枯れ葉が混ざるように舞い落ちて、幻想的な絵の中に取り残されたかに思えた。

 どうにか日常感を取り戻そうと、着慣れた学生服のワイシャツのヨレを丁寧に正す。

 僕のこういったそうな所作が、アルバイト先の奥さん達には不思議らしく、「最近の子はルールを守る子が多いね。真面目だわ」と言われたことがある。

 僕自身は真面目にしているつもりはない。

 昔と今とで常識が変わっているだけだと思う。

 特にモラル意識は、ネットワークの情報伝達速度が上がるにつれ、SNSを通じて個人の差を埋める機会が増えている。

 以前、従妹いとこおさなじみかんばやしとその辺りを話し合う機会があった。

「僕が考えるに、個人にもコンプラスチックが強く適用される時代になったんだよ」

ゆう君、コンプライアンスね? 意味ちゃんとわかってる?」

「コンプァィ……ンスの意味ぐらい知っているよ。法令や倫理を守ることだよ」

「優君、コンプライアンス。真面目な表情で、小声でさない」

 まあ、だから僕は、モラル意識のアップデートを繰り返し、和を乱さないよう努力する。

 他人との距離を明確にして、その距離を侵さないようしっかり守る。

 誰もが自立した大人であろうとすれば、それだけ暮らしやすい社会になるわけだ。

 でもどうしてかな、僕は自分が陸上を泳いでいるんじゃないかと錯覚する時がある。

 もがくように水をかき、たまに水面から顔を出しては息継ぎする。

 けど、ちょっと息継ぎしただけじゃ間に合わなくて、大海原でどうしても一休みしたい時に、安心して身をゆだねる存在はないのかを考える。

 そんな心休まる存在を頭で講じて、僕は即断する。

 ──そう、年下のわいい女の子の存在だ。

 いや、違うよ!?

 違うっていうか? 言い間違えたというか? 言葉のあや? ぼんやり考えごとをしていた時に? 視界に入ったものを言葉にしただけで? 僕にそんな趣味はないです!

 僕は誰かに甘える人間でもないし、誰かにベッタリ寄り添って生きる人間でもない。

 つまりだ。僕こと、みやゆうは大いに混乱していた。

 僕が目線を下げれば、混乱の元凶がほらすぐそこに。

 小さな女の子はうれしそうに両腕を広げて立っている。

 見た目は中学生ぐらい。肩に軽く触れる程度の色の髪は、簡単に編みこみをしていて可愛らしい。あどけなさを大きく残す顔立ちは少し日本人離れして、ひとみは薄く青みがかっている。着物姿にかつぽうと古風な格好で、大正時代からやって来たと言われても僕は疑わない。

 きやしやな肩は折れそうではかなく、木々の中でたたずむ少女は森ガールを飛び越えて森の妖精か。

 あるいは西洋のしきわらしだ。

 そんな子が、

「おかーさんに、いーっぱい甘えてください」

 まどろみそうな甘く柔らかい声で、ファンタジーな言葉を吐いた。

 自称「おかーさん」はほほみをたやさず、「地面に立つのもつらいでしょう、ならば私が甘やかしてあげましょう」といったご様子で、僕が自分の胸に飛びこんでくるのを待っている。

 生まれてこの方、初めて出会うシチュエーションに脳はディストラクション。

 現実? 現実ってなんだ? 疑うことさ?

 脳がまた混乱しかけたので僕は状況の改善を試みる。

 僕に配られたカードは「抱きしめる」か「逃げる」かの二通り。

 おかしい。選択肢が極端に少ない。

 他に選択肢がないのか考えても、他のカードが配られない。自身に与えられたカードで人生やりくりしようと言われるが、カードを効率的に使えるかはまた別問題なのにさ。

 どの道、他にカードがあろうと僕が選ぶものはこうでいしたものだが。

「自立した人間が、常識のある大人が、年下の女の子に甘えていいハズがないよ」

 そうして愚直な決断を下したのに、また僕は悩んだ。

 他に最善の答えはないか? 他に最良の行動はないか?

 なんとなく、陸上を犬かきで泳ぐ自分の姿を想像した。

 本当に、なぜこんなことになったのか、時間をさかのぼって僕は思い返した──。

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