青春絶対つぶすマンな俺に救いはいらない。

境田吉孝

第一話 恥の多い青春を送ってきました (3)

 と、小野寺はけいべつしきりの様子だった。

 残念なことに、俺のお話は理解を得られなかったご様子。まぁ、それも致し方ない。なにせ、小野寺は本来、俺とは全くあいれないタイプの人間なんだから。

 で、そのとき、不意に小野寺はぼそりとつぶやいた。

「……はぁ、私、なんでこんなところで、こんなやつと話してなくちゃいけないわけ?」

 明らかに俺をべつする風でありつつも、しかして、そのつぶやきはごく真っ当な疑問の発露でもある。

 お世辞にも仲良しとは言いがたい俺たちが、放課後、こんな場所で鼻先を突き合わせて言葉を交わしているのにも、一応、事情ってもんがある。まぁ、その事情の中身は、いまだよくわからないんだが。

「そんなんこっちが聞きてぇよ」

 そう言うと、でらはその疲れたような顔を部屋の窓際の方へと向けた。つられて俺も同じ方を見てみれば、視線の先には、この状況を作り出した元凶とも言える少女が一人。

 ここまで無言で俺たちの話を聞いていた名前も知らない彼女のことを、俺はなんと呼べばいいのかもわからない。校舎のこんなへんな場所に連れてこられて、もうしばらくの時間がった。

 そろそろ、その疑問に対する答えが欲しい。

「なぁ──」

 そう口火を切って、俺はとうとう彼女に尋ねた。

「──それで、おたくは結局なにがしたいわけ?」

 月の光で編んだように白く輝く金髪、ビー玉みたいにあおい瞳、雪うさぎみたいに真っ白なパーカー。小柄できやしやたいはあどけなく、清らかな水を一身に受ける花のよう。

 そいつは、俺の言葉に振り向いた。

 その顔はどこか──、天使にもよく似ていた。


          


 人生は必然の集積だと誰かが言った。

 それは、どうにもさん臭くて言い訳がましい言葉だけれど、かと思えば、他方に逆説的な真理らしい響きもなくはない。であるならば、今、俺がこうしているのも必然のたまものか。

 いいや、やっぱりそれも嘘くさい。

 そもそも、どうしてこんなことになったのか?

 その経緯を説明するならば、ほんの少しだけ時間をさかのぼる必要があるだろう。

 事のほつたんは今日の放課後、俺の下駄箱に入れられていた、一通の手紙だったのだ。

『お話ししたいことがあるので、第四南校舎三階、特別準備室前に来てください』

 なんてことが、そのファンシーな柄の便びんせんに丁寧な字でしたためられていた。

 それは、いまどきベタにもほどがある、しかして、だからこそ俺たち童貞の心をつかんで離さぬ魅力を放つ、いわゆるひとつのラブレターってやつで。

 無論、そんなもんを受け取った俺のテンションが上がらないはずもなく。

 だから俺は軽くスキップしながら、ルンルン気分でその指定された場所へと向かったのだ。

 第四南校舎。それは、俺たちが普段過ごしている高等部の校舎と、附属でくっついてる中等部の校舎の、丁度、中間地点辺りにある寂れた建物である。

 フツーに受験で高校から入った俺は、そこがなんのために使われているのか、よく知らない。附属からのエスカレーター組の連中いわく、いくつかの特殊教室が時折使用されている程度で、普段からあまり人の寄り付かない場所なんだとか。

 いまにして思えば、そんな怪しい場所への呼び出しの手紙なんぞ、なにかおかしいといぶかしんで然るべきだったんだろう。

 が、そのときの俺はと言えば、

「いやー、ついに俺の時代来ちゃったかー。まさか、あの万年非モテ童貞でおみのやまくんにラブレターがねー。かーっ、追い風吹いてきてんなー、おい?」

 とかなんとか、人生最高潮に調子ぶっこいていたので、そんなことにまで頭は回っちゃいなかった。

 今日は、俺の人生において最高の日なのかもしれない。とまで、思っていたのだ。

 少なくとも、その手紙で指定されていた目的地に辿り着き、そこで、小野寺薫と最悪の再会を果たしてしまった、あの瞬間までは──。


「──ねぇ、狭山。私、めんどくさいことって嫌いなのよ」


 と、そのとき、そんなでらの気だるげな声を、俺はただ茫然と聞いていた。

 そこは、『特別準備室』と書かれた室名札を目前に控える、薄暗くほこりっぽい廊下の一角。

 他に人っ子一人見当たらない、そんな場所に、俺たちは二人きりで立っていて。

「あんたはどう思う? 人生って、めんどくさいことばかりだって思ったりしない?」

 なんてことを尋ねてくる小野寺は、ゾッとするほどの無表情で俺を見つめていて。

 それに、イエスともノーとも答えられずに黙していると、薄ら寒いほどの静寂がその場を支配した。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう?

 そう思いながらも、俺は意を決して口を開いた。

「……あー、まぁ、なんだ。小野寺、とりあえず落ち着け。俺はお前がなにをしたいんだか、一切合切わからねぇ」

「なに? あんた、今更、づいてるわけ?」

「いや、怖じ気づいてるのは間違いないんだけどさ……」

 ところで、陸上競技に使われるたぐいのシューズには、靴底にかなり大きなサイズのびようっぽいピンが幾つも付いているらしいという事実を、その瞬間、俺は生まれて初めて知った。

 どうして、そんなどうでもいいことを、そんなタイミングで知ったのかと言えば、正にそのとき、その陸上用スパイクが俺の鼻先にまで迫っていたからで。

「というか、あの、小野寺さん? ぶっちゃけ、これしやンなってねぇんですけど? もしかしてだけど、お前、世の中にはたとえ悪ふざけでもやっていいことと悪いことがあるって、学校の先生に習わなかったの? もしも、そうであるならば日本の教育はどうなってるの?」

「あんたが、おかしなをしなければ特に問題ないわよ。ま、あくまで、おかしな真似をしなければだけど」

 と、小汚い壁を背に追い詰められた俺の眼前に、スパイクを突きつけるでらは、どこまでも冷酷に言い放つ。

 きっと、ここで十センチでも首を前に傾ければ、たちまち俺の顔面は穴だらけの血だるまになるだろうという危機的状況。

 ただただ、至近距離でまがまがしく光る、その黄金色のとがったピンに俺は大いにガクブルだった。

「い、いや、だからさ? なんで、俺がこんなおっかねぇ目に遭わされなきゃいけないのかなって、やまくん、思ったりしてるんですけど」

「はぁ、白々しいわね。元はと言えば、これはあんたが招いたことでしょ?」

「いや、こんな斬新なSMプレイみたいな状況をセッティングした覚えとか、俺には一ミリもございませんけども?」

 というか、この状況がそういうプレイの一環であるとして、それに興奮できる変態がこの世にいるというのなら、名乗り出て欲しい。タダで代わってやるから。

「とにかく、私、めんどくさいことって嫌いなのよ」

 せんりつする俺の内心にとんちやくする気配などかすかにも見せず、でらは先ほどと同じ言葉を繰り返す。

「だから、あんたの話なんて聞く気はないし、あんたが私に対してどんな感情を持っていようと、どうでもいいの」

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