青春絶対つぶすマンな俺に救いはいらない。
第一話 恥の多い青春を送ってきました (3)
と、小野寺は軽蔑しきりの様子だった。
残念なことに、俺のお話は理解を得られなかったご様子。まぁ、それも致し方ない。なにせ、小野寺は本来、俺とは全く相容れないタイプの人間なんだから。
で、そのとき、不意に小野寺はぼそりとつぶやいた。
「……はぁ、私、なんでこんなところで、こんなやつと話してなくちゃいけないわけ?」
明らかに俺を侮蔑する風でありつつも、しかして、その呟きは至極真っ当な疑問の発露でもある。
お世辞にも仲良しとは言い難い俺たちが、放課後、こんな場所で鼻先を突き合わせて言葉を交わしているのにも、一応、事情ってもんがある。まぁ、その事情の中身は、未だよくわからないんだが。
「そんなんこっちが聞きてぇよ」
そう言うと、小野寺はその疲れたような顔を部屋の窓際の方へと向けた。つられて俺も同じ方を見てみれば、視線の先には、この状況を作り出した元凶とも言える少女が一人。
ここまで無言で俺たちの話を聞いていた名前も知らない彼女のことを、俺はなんと呼べばいいのかもわからない。校舎のこんな辺鄙な場所に連れてこられて、もうしばらくの時間が経った。
そろそろ、その疑問に対する答えが欲しい。
「なぁ──」
そう口火を切って、俺はとうとう彼女に尋ねた。
「──それで、おたくは結局なにがしたいわけ?」
月の光で編んだように白く輝く金髪、ビー玉みたいに碧い瞳、雪うさぎみたいに真っ白なパーカー。小柄で華奢な体躯はあどけなく、清らかな水を一身に受ける花のよう。
そいつは、俺の言葉に振り向いた。
その顔はどこか──、天使にもよく似ていた。
◇ ◇ ◇
人生は必然の集積だと誰かが言った。
それは、どうにも胡散臭くて言い訳がましい言葉だけれど、かと思えば、他方に逆説的な真理らしい響きもなくはない。であるならば、今、俺がこうしているのも必然の賜物か。
いいや、やっぱりそれも嘘くさい。
そもそも、どうしてこんなことになったのか?
その経緯を説明するならば、ほんの少しだけ時間を遡る必要があるだろう。
事の発端は今日の放課後、俺の下駄箱に入れられていた、一通の手紙だったのだ。
『お話ししたいことがあるので、第四南校舎三階、特別準備室前に来てください』
なんてことが、そのファンシーな柄の便箋に丁寧な字でしたためられていた。
それは、いまどきベタにもほどがある、しかして、だからこそ俺たち童貞の心を掴んで離さぬ魅力を放つ、いわゆるひとつのラブレターってやつで。
無論、そんなもんを受け取った俺のテンションが上がらないはずもなく。
だから俺は軽くスキップしながら、ルンルン気分でその指定された場所へと向かったのだ。
第四南校舎。それは、俺たちが普段過ごしている高等部の校舎と、附属でくっついてる中等部の校舎の、丁度、中間地点辺りにある寂れた建物である。
フツーに受験で高校から入った俺は、そこがなんのために使われているのか、よく知らない。附属からのエスカレーター組の連中曰く、いくつかの特殊教室が時折使用されている程度で、普段からあまり人の寄り付かない場所なんだとか。
いまにして思えば、そんな怪しい場所への呼び出しの手紙なんぞ、なにかおかしいと訝しんで然るべきだったんだろう。
が、そのときの俺はと言えば、
「いやー、ついに俺の時代来ちゃったかー。まさか、あの万年非モテ童貞でお馴染みの狭山くんにラブレターがねー。かーっ、追い風吹いてきてんなー、おい?」
とかなんとか、人生最高潮に調子ぶっこいていたので、そんなことにまで頭は回っちゃいなかった。
今日は、俺の人生において最高の日なのかもしれない。とまで、思っていたのだ。
少なくとも、その手紙で指定されていた目的地に辿り着き、そこで、小野寺薫と最悪の再会を果たしてしまった、あの瞬間までは──。
「──ねぇ、狭山。私、めんどくさいことって嫌いなのよ」
と、そのとき、そんな小野寺の気だるげな声を、俺はただ茫然と聞いていた。
そこは、『特別準備室』と書かれた室名札を目前に控える、薄暗く埃っぽい廊下の一角。
他に人っ子一人見当たらない、そんな場所に、俺たちは二人きりで立っていて。
「あんたはどう思う? 人生って、めんどくさいことばかりだって思ったりしない?」
なんてことを尋ねてくる小野寺は、ゾッとするほどの無表情で俺を見つめていて。
それに、イエスともノーとも答えられずに黙していると、薄ら寒いほどの静寂がその場を支配した。
どうして、こんなことになってしまったんだろう?
そう思いながらも、俺は意を決して口を開いた。
「……あー、まぁ、なんだ。小野寺、とりあえず落ち着け。俺はお前がなにをしたいんだか、一切合切わからねぇ」
「なに? あんた、今更、怖じ気づいてるわけ?」
「いや、怖じ気づいてるのは間違いないんだけどさ……」
ところで、陸上競技に使われる類いのシューズには、靴底にかなり大きなサイズの画鋲っぽいピンが幾つも付いているらしいという事実を、その瞬間、俺は生まれて初めて知った。
どうして、そんなどうでもいいことを、そんなタイミングで知ったのかと言えば、正にそのとき、その陸上用スパイクが俺の鼻先にまで迫っていたからで。
「というか、あの、小野寺さん? ぶっちゃけ、これ洒落ンなってねぇんですけど? もしかしてだけど、お前、世の中にはたとえ悪ふざけでもやっていいことと悪いことがあるって、学校の先生に習わなかったの? もしも、そうであるならば日本の教育はどうなってるの?」
「あんたが、おかしな真似をしなければ特に問題ないわよ。ま、あくまで、おかしな真似をしなければだけど」
と、小汚い壁を背に追い詰められた俺の眼前に、スパイクを突きつける小野寺は、どこまでも冷酷に言い放つ。
きっと、ここで十センチでも首を前に傾ければ、たちまち俺の顔面は穴だらけの血だるまになるだろうという危機的状況。
ただただ、至近距離で禍々しく光る、その黄金色の尖ったピンに俺は大いにガクブルだった。
「い、いや、だからさ? なんで、俺がこんなおっかねぇ目に遭わされなきゃいけないのかなって、狭山くん、思ったりしてるんですけど」
「はぁ、白々しいわね。元はと言えば、これはあんたが招いたことでしょ?」
「いや、こんな斬新なSMプレイみたいな状況をセッティングした覚えとか、俺には一ミリもございませんけども?」
というか、この状況がそういうプレイの一環であるとして、それに興奮できる変態がこの世にいるというのなら、是非名乗り出て欲しい。タダで代わってやるから。
「とにかく、私、めんどくさいことって嫌いなのよ」

戦慄する俺の内心に頓着する気配など微かにも見せず、小野寺は先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「だから、あんたの話なんて聞く気はないし、あんたが私に対してどんな感情を持っていようと、どうでもいいの」