女子モテな妹と受難な俺

夏緑

一章 俺の妹が筋金入りに小生意気な件 (3)

「あの伏せたひとみがかもし出す慈悲といい、つややかな肌とスレンダーなボディラインといい、まさに美の極致でありますよ~。ぶっとい脚をミニスカからむき出しにしている生身の女子高生など、逆立ちして五十六億七千万年ったところで、勝てるわけがないでありますな~」

 なぜ俺は今、この高野のことばを聞いてミニスカの生足の女子高生が逆立ちしてる姿を想像してしまったんだろう。二人に比べて、まだまだ悟りが開けてないってことか……不覚っ。

 比叡も、高野といっしょになってうなずいた。

「そうそう、妹さんはわたしも興味ありませんが客観的には美人と呼ばれるぞうさくだとは思いますが、こうふくしゆぞうにはぜんっぜん負けますよ~。あのうれいを帯びた厳しいひとみに見つめられると、心がメロメロになってしまうですよ~」

「……やっぱ、おまえらと話してるといやされるわ」

 こいつらにとって実在美少女超えられない壁仏像、ということをあらためて実感した。もちろん俺もそうだが。

 しょっちゅう妹を紹介してくれとか言われてウンザリしてる俺にとって、やっぱりこの二人はひとときの心のオアシスだ。

「しかし、弥勒菩薩ほどではないにせよあんなれいな子が友達いないとか、無いと思うでありますけどね~。小・中学校のころはどうだったんでありますか~?」

 おっとりゆっくりとたかに聞かれて、俺はハッとした。

「小・中学校のころ?」

 がんばって、思いだしてみる。

「中学校は……あいつ中学は聖エルモ女学院に行ってたから」

「ああ、キリスト教系の私立の女子中でありますな~。あそこって、水球の名門でありますよね~?」

 そして俺は中学時代、仏像好きが高じて仏教系男子中のほうおう学園に通ってた。ところがせっかくの仏教系中学なのに、まわりには仏教に興味のある男子なんていなかった。まあリアルに考えて思春期の男子がしきそくくうな仏教に興味を持つとは思えないから、それはしかたない。

 だけど俺は、情報交換する相手がいなくてけっこう孤独だった。変わり者の中二病のオタクだと思われるのが嫌で、仏教系中学にいるにもかかわらず仏教に興味があることを隠さないといけないレベルだった。

 でも高校二年になって、こいつら二人と運命の出会いを果たした。こいつらはこうぜん学園っていう別の仏教系男子中出身で、中学時代から親友どうしだったらしい。

 二人は俺がこっそりカバンにつけてた小さな金剛杵ヴアジユラ(カギ爪のある鉄アレイみたいな形の密教の法具)のキーホルダーを見つけて、「日向ひゆうがくんって仏教に興味があるんですか~?」「ぼくたちもなんでありますよ~」と、話しかけてきてくれた。

 それをきっかけに、俺は堂々と仏像好きを公言し、三人で仏像愛好会を立ちあげたんだ。まだまだこの二人ほどの上級者にはなれてないけれど……。

「水球の名門か、すごいですね~。日向くんもいっしょに泳いだりするですか~?」

「っていうか、日向くんはたしかぜんそくでプールに入れなかったでありますよね~?」

 たしかに中学生のころ、まだ少し喘息が残っていた俺はプールをずっと見学していた。だけど、じつは医者は喘息の治療には適度な水泳をしろって言ってた。幼稚園のころ……そういえば妹が水泳をはじめたのも、もともとは俺の治療もかねていっしょに通いはじめたんだったっけか?

 たぶん俺だけすぐにやめたんだと思うけど、よく覚えてない。で、中学生になって環境が変わったせいか喘息の発作が格段に減って、中二からこっち一度も発作を起こしてない。つまり俺はもう完治してるはずなんだが、水泳はずっと見学していた。

「喘息はたぶんもう治ってると思うんだけど、なんかプールが怖くてさ」

「ま、いいんでありますよ~。水泳なんて、修行中のしやを誘惑したあくりようどもと同然、半裸の男女が交じりあい悟りを開くじゃまをするしようの授業でありますから~」

 なんかすごい説得力だな、さすが上級者は言うことがちがう。

「まあとにかくそういうわけで、俺は小学校卒業からこっち、妹が学校でどんなことしてたかとかよく知らないんだよ」

「でも妹さん、高校でも水球部に入ってるわけですよね~? じゃあ部活の友達とかいるでしょう、さすがに~?」

「それもそうだよな、さすがにいないとおかしいよな? なんで妹は、部活の友達と遊ばないんだろう……?」

 一瞬、俺の胸に心配がよぎった。

「もしかして……妹、嫌われてたりするのかな?」

「えっ、だって性格良さそうな感じですよ~?」

「いや、性格はどうかわかんないけどさ。でもいちおう平均よりけっこうかわいいわけだろ、いや俺は全然そうは思わないんだけど、客観的に見てさ?」

「そうですね~、しゆぞうには負けるですけど~」

「女子って、そういうのしつして村八分にするんじゃないかなー、とか思うんだよな」

 聖エルモ女学院もほうおう学園も高校が無いので、卒業生のほとんどはこの都立第三高校に進学する。つまり、妹の友達関係は中学校のときとあまり変わってないはずだから……。

「中学時代に嫌われてたら、そのままの人間関係が高校までつづくことになるだろ? それで妹には、今も友達がいないんじゃないかなー……」

「そんなふうに見えないですけどね~、明るい感じですし~」

「小学校はどうだったでありますか~? 妹さん、小学校も私立だったでありますか~?」

「いや、小学校は同じ公立に通ってたけど……」

 あれ?

 小学校のころの記憶が、スコーンと消えている。いや、修学旅行とか運動会とかテストとか遠足とかいろんなことを覚えてるんだけど、その記憶の中に妹の姿が見当たらない。同じ学校だったはずなのに、毎日いっしょに集団登校もしていたはずなのに。

「なんでだ? 小学校のときの妹のことって、全然覚えてないぞ?」

 俺は頭をかかえた。信じられないぐらい思いだせない。うんうんうなってると、たかが仏様のように優しい慈悲の心でフォローしてくれた。

「子供のころのことだからじゃないでありますか~?」

「いや、もっと子供のころのことは覚えてるんだ。幼稚園のころ、妹といっしょにビニールプールに入ってたこととかさ」

「ビニールプールって、さすが水球部。当時から水が好きだったでありますね~」

「そうかもな、妹は年中組のときにはもう親に頼んでスイミングに通ってたし。積極的で何にでも挑戦してたし、幼稚園でも友達がいっぱいいたよなあ」

 俺は幼稚園のころに、はじめてぜんそくにかかった。だから砂ボコリの舞い散る園庭で遊ぶなんてありえなくて、もともと内向的な性格だったこともあり、一人で絵本を読んだりブロックで遊ぶのが好きだった。妹はそれとは対照的に、いつも友達に囲まれてその真ん中で笑ってるような子供だった。

「妹の奴、あのころは俺のそばにいたことなんてちっともなかったのに。いつからあんなひっつき虫になったんだ?」

 いろんなことが頭の中でぼんやりして、どうも思いだせない。俺はがんばって思いだそうとしていたけど、一時間目の開始のチャイムがキンコーンと鳴ってそれっきりになった。


 家に帰って、俺は自分の部屋で宿題をしたあと、えいたちにもらったお土産のきようてんを写経していた。

 妹は水球部の練習で、いつも帰りが遅い。水泳部のほうが部員数がずっと多いので、遠慮しながらプールを使ってるからだ。放課後はまずランニングなどの基礎練をして、水泳部が上がってからプールに入ってるらしい。

 このしばしの安息の時間、俺は趣味の写経をしたり、ツタヤで借りてきた『仏像探訪』や『古寺巡礼』といったDVDを観たり、仏像フィギュアをカスタムしたりして、心穏やかな時間を過ごしている。全ての悩みやぼんのうが洗い流されていくような、清浄な時間。

「うーん、やっぱりおうぞうはこの筋肉の隆起部分の色ハゲ感やこすれ感を出すと、グッと映えるなあ」

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