女子モテな妹と受難な俺

夏緑

一章 俺の妹が筋金入りに小生意気な件 (2)

 なんか途中から勝手な妄想話が事実であるかのように一人歩きしてるぞ? くだらないことばっかり言いやがって、とどなりつけたかったけど、俺の首は妹にきゅうきゅうと絞めあげられていて、声を出せない。口から泡は出てきてるけど。

 っていうか……いくらなんでもネクタイをそんなにきつく締める必要はないだろう、と思って妹の手もとに視線を移したら、妹はなんかまわりでいろいろ言ってる奴らをにらみながら、唇をきゅっとみ、ぷるぷる震えていた。俺のネクタイをつかんでる手にも力が入ってぷるぷる震えていて、それで俺の首がきつく絞められていたのだった。

「ひっ……」

 妹が、耐えかねたように口を開いた。

「ひとのあにっちに勝手なこと言ってんじゃないわよっ、このドグサレどもがーっ!」

 まわりにいた男どもが、ピキーンッとこおりついた。まさに急速瞬間冷凍状態だ。

「うそっ……兄っちってことは、兄妹っ? どういう遺伝子? メンデルの遺伝の法則まちがってない?」

「どーゆー意味よっ!」

 妹はきばをむく勢いでまわりの男たちをどなりつけると、ぷんすか怒りながらぐいっと俺の腕を引き寄せて、自分の腕を回した。

「……って、えっおい、ちょっと?」

 いきなり引っぱられて、俺はコケかける。っていうか、妹が俺の腕をあんまりきつく抱きしめているので、胸が俺の腕に当たってるんですけど! っていうか、幼稚園のころ庭でいっしょにビニールプールで遊んでたころはつるんつるんのぺったんこだったのに、いつの間にこんなに育ったんだ?

 はっ、しまった。俺ともあろうものが妹なんかに赤くなってしまった……不覚!

 とまどってる俺をよそに妹は、

「ほらあにっち、さっさと学校行こっ!」

 と、まわりの奴らに見せつけるかのようにわざと俺の腕に胸をぎゅうぎゅう当てながら、どんどん歩きだした。まわりの奴らは通勤や通学も忘れてぼうぜんと立ちつくしながら、

「あんな妹がいるなんて……あいつ、いいなぁ……」

 と、せんぼうしつの混じった視線を俺の背中に向けていた。なんか痛い、それにくすぐったくて恥ずかしい。

「お、おい、放せよ。人が見てるだろ!」

 俺はとまどいながら妹に言ったけど、妹は俺の腕に抱きついたままヘソを曲げたようにぷいっとそっぽを向いて、

「いいんだよ、見せつけてやれば!」

 と、ますます俺にひっついてきた。

 生意気なんだか何なんだか、いったい妹の奴が何を考えてるのか、俺にはさっぱりわからない。とりあえず今の男たちの中の何人かは、俺に殺意を抱いたような気配がした……。


 結局妹は、電車に乗って学校に着くまでずーっと俺の腕に抱きついていた。

 二年C組の教室に入って、俺はやっと妹から解放され、朝から必要以上に疲れて机に突っ伏した。

「はーっ……。何考えてんだ、あいつ」

「おはよ~です、日向ひゆうがくん~」

「今日、ちょっと遅かったでありますな~」

 いそいそとやってきたのは、仏像愛好会のえいたかだ。

 仏像愛好会ってのは何かっていうと、仏像が大好きなC組の俺たち三人で立ちあげた同好会だ。さっきも言ったように、「え仏像」じゃなくて「仏像萌え」だ。仏像写真をでたり、仏像模型を作るほか、きようてんを読んだり写経をしたり座禅を組んだり、寺の散策などをして、おしや様の誕生日の四月八日にはみんなで甘茶をみ交わす。

 小柄な比叡と長身の高野、二人とも仏様のような穏やかな顔立ちで、性格も動きもおっとりしていて、俺が見るかぎり一度も怒ったりどなったりしたことはないし、女の子のことを目で追ったことすら一度もない。まるでこうそうのように、高校生にしてすでに悟りの境地に立っているのだった。

 女子からすれば、寺や仏像が大好きで休み時間は経典の解釈について熱く議論を交わしてるような俺たちみたいなのは、まるっきりアウトオブ眼中だろう。だが、俺たちにはそれがいい。うるさい女子の相手はテニス部やサッカー部のイケメンに任せておいて、俺たちは気心の知れた男子どうしで、女子に気をわずらわされることもなく、まったりと心静かで穏やかな悟りの時間を過ごすのだ。

 それが毎日あの小生意気な妹に振り回されてる俺にとって、日々のイライラとストレスを消し去る特効薬だった。

「あれ、えい。その巻き紙はもしかして……」

 俺は、比叡が手に持っていた黄色い巻き紙に気づいてたずねた。比叡は、得意げに胸を張って言った。

「んっふふ、そのとおり~! 京都はおうばくさんまんぷくの宝蔵院に収蔵されている、てつげんばんいつさいきよう版木からりだしたきようてんなのですよ~」

「ゴールデンウィークに、比叡くんと二人で京都に行って買ってきたであります~。ユースもたくさんあったし、お寺とか超しようごんだったでありますな~」

「遷都千三百年祭中の奈良にも寄ったですよね~。東大寺しやぶつの壮大さにも感動したし、せんとくんと写真も撮ったですよ~。日向ひゆうがくんも来ればよかったのに~」

「ね~」

「ね~」

 比叡とたかは、せんとくんといっしょに写した写真を見せながら楽しそうにうなずきあう。

「そ、そうなんだ。いいなぁ……行きたかったなぁ……」

 俺はせんとくんの後ろに見える壮大な東大寺の建物を、なめるように見ていた。比叡は同情した顔で、俺に黄色い巻き紙を押しつけた。

「まあ、日向くんは妹さんがいるからしかたないですよ~。元気出してください、これお土産にあげますから~」

「えっ、いいのか? ありがとう!」

 黄色い紙に整然と刷られた経典の文字を眺めていると、ゴールデンウィークのときのことが思いだされてきた。ゴールデンウィーク、二人の誘いを断ってまで俺が何をしていたのかというと、妹にあっちこっち連れまわされていたんだった。

『見たい映画があるんだけど。えーやだっ、あにっちもいっしょに来てったら。だって、女の子一人で映画館なんか行ったらチカンに遭うじゃん!』

『池袋っておいしいラーメンの店がいっぱいあるんだって、兄っち連れてって。えーっ、女の子お一人様でラーメン屋に入るなんて恥ずかしいよぉ~! 連れてって~!』

『ボウリングのタダ券もらったんだ、行こっ! そりゃ兄っちもいっしょに決まってるじゃん、あたしボウリングの点数の機械の使いかたわかんないし~』

 ……とまあ、こんな感じだった。

 もちろん、ゴールデンウィークだけじゃない、ふだんの土日祝日などの休日も、妹はいつも俺にひっついてる。だから俺は、えいたちが休日を利用してちょっと足をのばした寺めぐりをしてるのに、一度も合流できたためしがない。

「っていうか……なんで妹はいつも俺にひっついてるんだよ。友達いないのか?」

 俺はきようてんを見ながら、がっくりとうなだれた。たかが俺の前の席のイスに、後ろ向きに座って聞いてきた。

日向ひゆうがくんの妹さんって、あの美人な子でありますよね~?」

 俺はドキッとした。ま、まさかこいつらまで妹に気があるのかっ? 悟りを開いてたんじゃなかったのか? 俺の最後の心のよりどころまで、妹は奪っていくのか?

「び、びびび、美人か?」

 ドキドキしながら、俺は高野にたずねた。高野はさつのような細い目をさらに細めて、うーんと考えこむ。

「そこそこ美人だと思うでありますけど~? まあたしかに、こうりゆうろく菩薩ほどじゃないでありますけど~」

「へ? 弥勒菩薩?」

 五十六億七千万年後に人々を救いにくるという、伝説の仏様のことか?

「あの気品のあるたおやかな美しさは、しょせん生身の女子なんかでは打ちできないでありますよ~。弥勒菩薩だけにみろく魅力的、なんつって」

 今一瞬、氷河期が来た気がした。そのギャグはちっとも面白くないが、高野はうっとりして弥勒菩薩のみろく、じゃない魅力について語りつづける。

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