黒川さんに悪役は似合わない

ハマカズシ

第一章 黒川さんは生徒会長になりたい (2)

 当時の俺は純朴で素直な少年であったが、この頃から性欲が芽生え始め、もんもんとする気持ちをじっと我慢する、いわゆるムッツリスケベ男子だった。

 そんなある日、クラスになかという男子が転校してきた。

「おう、ムシノ。よろしくな!」

 田中は俺の蝶野というみようが読めず、部首の虫へんから「ムシノ」と呼んだ。そんな大胆で無神経でバカで、何よりもスケベな男子だったため、すぐに親友になることができた。

 それから俺たちは、階段の下から女子のスカートをのぞいたり、たて笛をアレしたりする「エロ活」を積極的に行い、これまで押さえつけてきたスケベ心を解放していった。

「田中くん。ほんとに大丈夫? 見つかるとやばいんじゃない?」

 それはとある夏休みの日の午後。俺は田中と水泳部の更衣室に忍び込もうとしていた。

「遠慮すんなって。俺が女子更おごってやるよ! お前も女子のパンツ穿いてみたいだろ? きっとたまんねえぜ!」

 恥ずかしげもなくそんなちよくせつてきな欲望を口にする田中。

 俺も女子更衣室で夏のパンツ祭りをしたいのは山々である。しかしエロ活にはリスク管理が必須で、エスカレートするのを食い止める必要もあった。

「ほら、もたもたしてっとパンツが冷めちまうぞ!」

 パンツのぬくもりに飢えたどんよくな田中は、俺の心配などお構いなしに、我先にと女子更衣室の窓から忍び込んだ。

「待ってよ、田中くん!」

 結局、俺もリスクより女子のパンツの誘惑に負けてしまったのだ。田中ひとりに脱ぎたてパンツのぬくもりを独占させまいと、更衣室の窓に足をかけた瞬間。

「あなたたち、何してるの!」

 一瞬で俺たちの行動は見回りに来た先生に見つかってしまった。

 夏休みだったこともあり、俺と田中の愚行がクラスメイトに即バレることがなかったのは不幸中の幸いだったといえる。

 先生からこってり絞られてヘコむ俺に、田中が言った。

「ムシノ、気にするなよ。これくらい、たかが致命傷だぜ!」

 致命傷だったらダメじゃないか。まだ死にたくないよ。

「このことは俺とお前だけの秘密だ。俺たちは一生この十字架を背負っていかなきゃならない。でもそんな十字架も二人で背負えば重さも半分だ。たった1/50だぜ!」

 1/2な。50とごっちゃになってるね。

 バカで残念だがいつもポジティブななかがいるだけで、俺はどれだけ心強かったか。田中と一緒ならどんな困難も乗り越えられる。そう思った。

 そして二学期の始業式。あの女子更衣室での事件がクラスメイトに広まっていないか心配しながら登校すると、その朝のHR。

「というわけで、田中が転校することになった。田中、お別れのあいさつをしろ」

 先生の突然の発表に絶句した。

「まあいろいろあったけど、さよならみたいだ。みんな、ありがとう」

 田中は神妙な顔をして、クラスメイトに別れを告げる。

「あと、ムシノ。今までサンキューな。お前と女子更衣室に忍び込んで先生に怒られたことは、一生忘れねーぜ! 最高の思い出だったよな!」

 田中のその言葉に、俺は机ごとひっくり返って気絶してしまった。

 共に支え合って生きていこうと決心したあの夏の約束はどこへやら。

 田中の野郎は最後にクソぶっかけて転校していきやがったのだ!

 残された俺は変態という小学生にしては重すぎる十字架をひとりで背負い、クラスの女子全員から嫌われることになった。

 田中の誘いを断れずに過ちを犯したことで、俺の小学校生活はダークサイドにちたのだ。


「絶対にスケベだってことはバレちゃいけない! バレたら人生終わりだ!」

 中学は親に頼み込み、俺のことを知る者のいない遠方の私立に入学した。

 変態とさげすまれた過去を捨て、スケベを隠しになろうと心に決めた。

 いわゆる中学デビューである。

 もともと根は真面目な性格だった俺は、必要以上に真面目を極め、交友関係も厳選した。

 真面目と見られていれば、変態だと思われることもない。もうエロみをはみ出させるような過ちは決して犯さないと心に誓った。

 このやま高校も、すでに入学式の新入生点呼で同じ小学校出身の奴がいないことは確認済みだ。もう誰も俺の小学校時代を知る者はいない。

 モットーは「清く・正しく・断る勇気」。

 どこにでもいる真面目で平凡な高校生。

 それが俺、神久山高校一年のちようりんろうという男子の生き様なのだ。



「おい、お前スカートが短くないか?」

 靴を履き替え、校舎から出たところでそんな声が聞こえてきた。

「スカートが短い」というエロワードに思わず反応してそちらを見ると、ひとりの女子が制服を先生に注意されているところだった。

 その女子はスカートもひざうえで太ももがあらわになり、胸も発育良く、なんともエロい体をしていた。いろんなところにいろんなモノを挟めそうだとつい見とれそうになるが、ここは心を鬼にして目線をらす。

「反応しちゃダメだ。スルーしなきゃ……」

 スケベだと思われないように、非エロ三原則「エロを出さない・エロと思われない・エロに近寄らない」を心に誓った身である。

 入学早々、に見せていかねばならんのに、こんなスケベなことを考えたらあかんではないか。真面目男子にとって欲望のコントロールこそ肝要なのである。

「えー、これが普通だし。今時膝下スカートなんてらないってー」

「制服は流行りで着るもんじゃないんだよ! まったく、明日からはちゃんとしてこいよ!」

「先生、サンキュー!」

 まさかの激甘裁定に、女子は何ひとつ悪びれることもなく走って帰っていってしまった。

 いかんと思いつつも、走り去る短いスカートの女子を無意識のうちに目で追っていた。

 なんてエロい女子なんだ。あ、パンツ見えそう。黒? 白?

 そんなことを考えてしまったのは、高校初日を真面目にそつなくこなした油断か慢心か。

 俺の中のエロを司るリトル・リンタロウがもそもそと目を覚まし始めた。

 おい、ダメだ。こんな白昼堂々覚醒するでない!

 俺がリトルを寝かしつけようと下半身に集中していた、そのとき。

「ちょっと、いい?」

「え?」

 いきなり背後から声をかけられ、反射的に振り向く。

 そこにいたのはひとりの女子。

「ゴホン、何か、ご用ですか?」

 俺はせきばらいをして、一気に真面目モードに戻る。リトルも一気に姿を隠す。

 制服のリボンは青色。二年生のようだ。さらにその左腕に腕章が巻かれていた。

「立候補者……?」

 思わずその腕章に書かれている文字を読み上げ、声をかけてきた女子の顔を確認する。

 ──美人。

 として、つやのあるれいな黒髪の女子。

 づきとは違い、落ち着いていて大人の女性って感じ。年齢がひとつ違うだけなのに、その雰囲気に圧倒されるようだった。

「ど、どうしたんですか……?」

 黙って俺を見つめるその瞳の強さにひるんでいると、その女子はグイッと顔を近づけてきた。

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