寄生彼女サナ

砂義出雲

第一章 シェルタリング・オーディナリー・デイズ (1)

第一章 シェルタリング・オーディナリー・デイズ


 カーテンから差し込む光が顔に当たり、全身にぬくもりを広げながら朝を告げる。

 まどろみは、いつもだるい。

 平凡な男子高校生である僕、ますかわからの日常は、こうして始まる。

「……ん」

 ぴりりりりりりりり! という音と共に、意識の対岸で笛を吹くような電子音が鳴り響いているのを知覚する。

「むーん……ぐう……」

 僕はそれから逃げるように一層深くベッドの中に潜り込み、身体からだをくねらせながら考える。

 ……別に。目覚ましが鳴ったからって無理矢理起きなくてもいいんじゃないか?

 人間はそもそも、心行くまで楽をするために、働かなくても済むように、機械そして文明を発達させたはずなのだ。

 そんな機械ごときに快適な睡眠を邪魔されるというのは、文明発展の原義に反しているのではないか。

 だから。

 僕は先祖代々受け継いだ農耕民族スピリットに基づき、目覚ましを無視し、強い粘り腰を持って二度寝することを決めた。──ところ、電子音が遠ざかるどころか追いかけてくる感覚におそわれた。

 これは、おかしい。音の発生源が、まるでどんどん耳元に近づけられているような──

「お兄ちゃんっ!」

「ん……」

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんっ!」

 そう連呼される。

 この声の正体について、脳内グーグルが一件だけ検索結果(もしかして)を返してきた。が、朝からそんな検索名人になりたくはない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 起きてる? ねえお兄ちゃん!」

 なおも目覚ましが耳元に近づけられる感触。だが、冷害や不作にも負けない農耕民族の心で二度寝を決意した僕に死角はない! 完全なるガン無視で抵抗をする。

「お兄ちゃん! おき……ああ、もう! おき……おき……おきろいが────っ!!

 ……オキロイガーって何……、と思った瞬間。

 パチュン! と脳裏に青紫のせんこうが走り、こめかみの奥に激痛と耳鳴りが響いた。

「ぎゃああああああっ!!

 残るのは、きぃぃぃん、と鉄の棒を脳に直接差し込まれたような痛み。

「そ、そ、そ……」

 にじんできそうになる涙をこらえて絶叫する。

「それはなんだ、さくらあああああああ!!

 一瞬でかくせいした僕が目を開くと、そこには、巨大な鉄のマジックハンドのような物体を持って仁王立ちしている桜の姿があった。

「パンタグラフだよ!」

「ああ、電車の上に付いてる電気を伝導させるやつの正式名称ね……わが従妹いとこは物知りナリぃ……と言うとでも思ったかこの野郎! 痛いんだよ! 朝から電気ショックで起こす従妹がどこにいるんだーっ!」

 どこから持ち込んだのか、パンタグラフの端には持ち運び用のバッテリーが接続され、電力を供給していた。

「お兄ちゃんが電気で動き出すかと思って!」

「動かないよ! どこの産業用ロボットだよ!」

「一・二一ジゴワットの電気を流したら寝る前の過去に戻ると思って!」

「戻らないよ! そう簡単にバック・トゥ・ザ・フューチャらないよ!」

 すると、桜は片目をつぶり、舌を出して微笑ほほえんでみせた。

「えへ。もうすっかり目が覚めたみたいだね。おはようお兄ちゃん」

 朝から軽くキてるこの栗色の髪をした少女は、ますかわ桜という。お兄ちゃん、とは言われているが僕の妹というわけではなく、関係で言えばすぐ近所に住み、同じ高校に通う一つ下の従妹にあたる。ま、従妹とは言っても結局うちの合いかぎも持ってるし、何かある度に気が付けばうちにいるわけで、感覚的には妹と変わらないのだが。

「ああ、おはよう……ていうか、なんでこんな時間から桜が僕の部屋にいるんだよ」

「だって昨日からさんは海外に研究に行っちゃったし……わたしがお兄ちゃんを起こさないとねっ! ほら、お兄ちゃん、着替えて着替えて」

 そうやって桜は折り畳まれた僕の制服を差し出す。この家の何がにあるか言わなくてもちゃんとわかっているのだ。

「はあ、解ったよ……」

 そして僕は観念してもぞもぞとベッドをい出る。

 そこで、桜の目が僕のある一点を凝視していることに気が付いた。

「……ふあ」

「……?」

 その視線をゆっくりと追うと──そこには思春期の青少年特有の現象によって通常の三倍程度の大きさにまでふくらんだ僕の下半身があった。

「……あ」

 それを見たさくらは、ぼんやりと二秒ほど宙に向かって壮大に口をぱくぱくした後、急激に血液が逆流したように首から頭まで赤味を帯び──

「ぶはあ!」

 大きく息を吐き出した。

「いやっほおおおおお! お兄ちゃんの荒ぶるかい綿めんたい発見んんん!」

「うわあああ! 落ち着けええええ! こっち来るなああああ!」

 ──これが、桜の悪癖。僕が「突発性いんらん症候群」と名付けたものであった。

 幼少時から厳しい父親に厳格に育てられてきた桜は、近年まで過剰に性的なものから遠ざけられて生きてきた。

 押さえ付けが厳しいほど、反発も強い。そんなわけで、現在高校一年生の桜はあたかも性に目覚めたての男子中学生がごとく、性的なにおいを察知すると興奮のあまり言動が暴走してしまうというやつかいな体質になってしまっていた。

「お、お目通りかなわぬならせめてお兄ちゃんの『海綿隊』に『贈る言葉』を──!!

「往年の教師ドラマ主題歌っぽくまとめるんじゃない! すっ、少しは落ち着けこのエロ発想直結脳──っ!」

「ちがうもん! 処女だから本能直結だもん! いわば汚れなきいたずらだよ───!」

 などとほおを肉欲色に染めながら迫ってくるビーストモードさくらの頭を、僕は奪い取ったパンタグラフを使って必死に引き離す。

「はぁはぁ」

「ふぅふぅ」

わかりました。こうしましょう。交渉しましょう。お兄ちゃんの身体からだには指一本触れません」

「うん」

「その脱いだパンツをくれればいいです」

「交渉条件がおかしい!」

 色々と普通ではないしんせき関係だった。


 その後、桜の突発性いんらん症候群が落ち着くまでには数分の時間を要した。まあ、スイッチが入ってから多少の時間を置けば、また理性を取り戻すことはできるのだ。

「ごめんなさい、取り乱しました……」

「解ればよろしい」

「じゃあ、お兄ちゃん、わたし朝ご飯用意して待ってるから、着替えたら下に降りてきてね」

「うん、善処する……でもなあ、桜」

「なに?」

「いくら発作が出たからってさ。僕のパンツなんて価値のないものもらってもしょうがないだろうに。そんなん部屋に置いといたら彼氏ができたときに誤解されるぞ」

「へ?」

 桜があつに取られたような顔をした。そして、慌てたように取りつくろうと、こう言った。

「ね、ねえお兄ちゃん、あのね」

「なんだよ」

「聞いた情報によると、日本の法律では従妹いとこどうしって結婚できるんだって」

「ふーん」

「そ、それってもう、他人だよね……わ、わたしが朝起こしに来てるの……お嫁さんに起こされてるみたいでドキドキしない?」

「お嫁さんっていうか妹だろ。だいたい桜も僕のことお兄ちゃんって呼んでるし」

「ふえ?」

「そして、もう一つ重要なことを言っておく。現実の兄は普通、妹に欲情しない!」

 確かに、中にはそんな倫理に刃向う勇気を持ったブレイブメンもいるのだろう。だが、あいにく僕にはそんな背徳感に満ちた趣味はない。

 するとさくらの肩がわなわなとふるえ──

「お……」

「お?」

「お兄ちゃんの、ばか──────────っ! チ、チキチキ、チキン童貞─────っ! お兄ちゃんなんか野菜でもファックしてればいいんだ───っ!」

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