寄生彼女サナ

砂義出雲

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プロローグ


 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。


 頭の中でなんとかの一つ覚えのようにその一言を繰り返す。

 脳みそが激しく揺さぶられたように視点が定まらない。

 心臓のどうは激しく、全身からイヤな汗がき出す。

 なぜかって?

 コレのせいだ。


 目の前に、くねくねと長いひものような物体が部屋の床をい回っている。

 それは、たぶん生き物なのだと思う。

 ──いや、生き物なのか? それすら自信がない。


 壁にもたれて座りながら僕は、その物体を戸惑いも隠せぬまま見下ろしていた。

「……なんなんすか、コレ?」

 開き直って、民放のサッカー解説者ばりにフランクなコメントをしてみる。

 が、もちろん答えは返ってこない。

 正直、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 そもそも夕食後、朝から続いていた腹痛に耐えきれなくなった僕は、電気を消して自分の部屋で休むことにしたのだ。

 割れるかと思うほどの激しい痛みだった。

 そしたらほんとに割れた。

 ぷしゃああああああ! と栓の抜けたシャンパンでもき出すような音。同時に、まるで手を離れたたこの糸が逃げていくようなすさまじい勢いで、僕の腹から白く長い紐がしゅるしゅると飛び出していった。

「うわああああああああああああああああっ!」

 驚きのあまり、腰を抜かしながら絶叫。

 ──この時点でも既にすこしふしぎを超えて世界にふしぎ発見されそうなほど不思議な出来事だったのに。

 今、そのひもが出てきたはずの腹部に目をやる。

 派手に破れたTシャツの下に広がるのは、いつも通りの白い皮膚。

 いつも通り──だからこそ、なおさら理解不能だった。


 ……さっき、この腹をぶち破って紐みたいのが出てきたんだよね?

 なんで、血の一滴も出ていないわけ?

 ていうか、そもそも僕の腹から飛び出してきたこの物体は一体なんなの?

 戸惑う僕をよそに、その物体はぐねぐねとぎようしゆうし、まるで一つの意志を持っているかのように何かの形に編み上がっていく。


「ははっ」

 ちよう気味につぶやくと、ひど目眩めまいがした。

 ……まったくふざけた事態だ。

 極めて常識的な思考で考える。こんな事態は現実にあり得ない。

 ──そう。

 これはきっと悪い夢か冗談に違いないんだ。

 だったら、僕は確認しなければならない。

 何を? 決まっている。

 この目の前で倒れているれんな女の子が、単なる僕の空想の産物か、ドッキリの企画か何かだということを──

 ……え?

 ……女の子?

「って、完成してる───────────っ!?

 さっきまで紐状のかたまりだった物体は、僕の見立てでは、すっかり僕と同じくらいのとしごろの女の子にへんぼうしていた。きやしやな手足と小さな背を見せて、うつぶせに倒れているため表情は確認できないものの、エナメルを塗ったように淡く光る銀髪の中から、ひときわ長い二本のテールが伸びている。

 そして何より。

 その女の子は俗に言うすっぽんぽん、全裸、フルキャストオフ状態だった。

「は、はは……」

 ……ここから事態の詳細を確認するって、どうするんだ。

 ええと……その、このいつまとわぬ姿で寝てる子を……

 触るの? ……僕が?

 しかし、どうにもそうしないと状況が進みそうにない。

「……ええい、ままよ!」

 そして、覚悟を決めて立ち上がり、そろりそろりと近寄った。その瞬間。

「ふ……」

 どこからか小さな声が聞こえた気がした。

「……ふ?」

「ふっかあ────────────っつっ!」

「のわあっ!」

 その物体が、突如起き上がって僕を跳ね飛ばした。

「ななな、なっ!」

 僕はそのまま壁際まで下がってまたしりもちをついてしまう。

 心臓がドクドクと早鐘を打つ。

 僕を跳ね飛ばして起き上がった少女がくるりとこちらを向いた。

 逃げも隠れもしない、というか隠しもしていない少女の肢体があらわになる。

「……え?」

 僕の眼前に、二つの柔らかそうなふくらみが下がっていた。

 数瞬の時をその膨らみとお見合いしながら考える。

 ああ、これはおそらく、おっぱ──

「おっぱああああっ!」

 僕はあわてて視線をらした。

 おっぱい。

 その平易な言葉で表わされる双丘は、うだつの上がらない男子高校生にとって、どんなに追い求めてもつかめないシャングリラであると言っても過言ではない。

 が、その秘宝は甘酸っぱいときめきシチュエーションと共に披露されるからありがたいのであって、こんなホラー映画もかくやという状況で見せられても、正直困る。

「ご、ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」

 僕は念仏のように謝罪の言葉をとなえながら、突如現れたちんにゆう者の少女からって逃げようとする。

「ぬ? おい、どこへ行く気だー?」

 背中越しに、僕の必死さと裏腹にやけに能天気な声が聞こえてきた。が、こたえる余裕はない。

 とにかく、この部屋から出よう。

 そしたら、階段を下りてだれかに助けを呼んで──って、誰に? とりあえず警察──!?

 と、なんとか部屋の出口まで辿たどり着いた時。

「あ……」

 何かを発見したような声。

 それに合わせるように、ぱたぱたと駆け寄るような足音が後ろから聞こえてくる。

「おい、お前ええええっ! そっちは階段だぞおおおおおっ! 危なああああい!」

「うわあああああああああああああああっ!」

 むんず、と足を握られる感触と共に、目の前にあった階段がどんどん遠ざかっていく。

「ああああああああああああ! あづっ! あづっ!」

 そして、そのまま床を引きずられて再び部屋の中心に戻された。摩擦で全身がけたようにひりひりする。

「い、いづづ……ひ、ひいっ!」

 そこで僕は、改めて振り返って自分の足を引いた存在を見上げる。

 ──月明かりが差し込む。

 その時、僕は初めてその子の顔をまじまじと見たのだった。

「──あ」

 思わず、息をんだ。

 とんでもない美少女が、そこにいた。

 僕よりも一回り以上小さい均整の取れた身体からだに乗っかる顔立ちは、りんとした氷細工のようにきめ細かく整って、けいの念すらいだかせるほどに美しく。

 ──その少女は、そのまませいぎよくひとみで僕を見つめると、こう言って来たのだった。

「お前が新しい宿しゆくしゆ様だな!」

 え? い、今なんつったの? しゅくしゅ……さま?

 っていうか、やっぱ全裸は直視できねえ!

 焦って目を手でおおいながら、指のすきから相手の身体からだとらえて問い掛ける。

「お、お、お前! 一体なんなんだよ!」

「私か? 私はだな」

 少女は、すうと息を吸い込んでから胸に手を当てて元気に名乗りを上げた。

「世代を超えて、腸越えて! 腹から飛び出て宿主を守る!」

「……は?」

 そんななぞの前口上に続いて飛び出したのは──

ほんかいれつとうじようちゆうのパラシスタンス、サナだ!」

 ……なんだ、その戦隊ヒーローじみた名乗りは。

 そして、そんなツッコミを入れながらも、聞き慣れない言葉の連続に僕の頭の中が疑問符で一杯になる。え、ていうか、なにこれ? ドッキリじゃないの?

 そのままぼんやりと立ち尽くしていると、少女は不満げにほおふくらませて言った。

「ん? どうしたわが宿主よ? ちようへいそくにでもなったような顔をして。中から見る限り、今日は特に悪いものは食べていないようだぞ?」

「ちょ、ちょっ……待って……君、なんなのさ……一体、どうして、ここに……」

「どうしてもこうしても、自分の身体に聞けばわかるだろう?」

 そして、少女はなおも続けて、その日一番に衝撃的なセリフをぶん投げてきたのだった。


「今日からお前の腹に寄生することになった! よろしくな!」


 そう言って、笑顔で胸を張った。

「は、はは……」

 ただ混乱する僕の凍り付いた笑顔をよそに、目の前にいる全裸の少女はなおも楽しげで。

「ふふーん。久しぶりのねんまく接触ー やわらかい粘膜 ビバねーんまーく

 あげくには、わけのわからない歌まで歌い始めた。

 僕は思う。これは悪い夢でなければ罰に違いない。罰を受けるには罪が必要だ。

 一体僕がなんの罪を犯したというのか。


 ──そして僕は、今日一日の朝からの行動を回想し始めた。

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