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ジャナ研の憂鬱な事件簿

酒井田寛太郎

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 編集後記


 僕はこの文章を、三月も直に終わろうというあわただしい春の一日に書いている。実際に掲載されるのは四月の第一週号であり、その時僕はもうすでに卒業して校舎にはいないのだと思うと、何だか妙な気分になる。どうせいなくなるのだから好き勝手に書いてやろうと開き直る一方で、飛び立つ鳥のごとく静かに去りたいと、柄にもなく負う心もあった。不謹慎かもしれないが、遺書を書く人というのは、こんな気の持ちようなのかもしれない。

 さて、あらためて。

 この四月第一週号をもって、僕、みずむられいは二年間務めた『波のこえ』の編集長を退しりぞくことになる。

 長くお付き合いいただいた読者諸賢に、まず心よりお礼申し上げたい。ありがとう。

 かいしん高校ジャーナリズム研究会──通称「ジャナ研」の『波のこえ』といえば、旧制高校時代も含めれば百年以上の歴史を持つ学生新聞の走りであり、そのゆうかつたつな議論は世相を映しながらも常識にとらわれることなく、太平洋戦争中には当局の検閲を受けて発刊停止処分に追い込まれながらもゲリラ的に執筆・販売を続けたという骨太のメディアだ。その伝統の末席に僕のような若輩者の名を連ねてよいものか、先人たちの功績に泥を塗るようなことになりはすまいかと、就任当初はずいぶん気後れしたことを覚えている。

 僕が今日までつらつらと書いてきた大小数百の記事が、果たして「ジャーナリズム」の名を冠するに足るものなのか、その不安は今なおぬぐい去れない。「おもしろかった」と、そうわずかでも思って頂けたのなら執筆のかいは十分にあったと言える。しかし、もしそれに終わらず、物事を斜め上から見た時ごくまれに立ち現れる息を飲むほどの絶景やおぞましいほどのグロテスクに、『波のこえ』を通じてほんの一瞬でも気づいて頂けたのなら、記者として存外の喜びである。

 ちなみに編集長のバトンだが、どうけいすけという中学来の後輩に託すこととした。お友達人事と笑うなかれ、他に部員がいないのだ。笑 ちなみにこの工藤という男、一身上の都合により、娯楽記事しか書けない身体からだになっている。物足りないという読者諸賢もいるだろうが、それはそれで味と見てくれ。彼が『波のこえ』の紙面にどのような新風を吹き込むのか、卒業していく僕の代わりに、皆さまが見届けてほしい。

 さて、最後に大変恐縮だが、この場を借りて読者諸賢にお願いしたいことがある。

 僕が卒業したのち、ジャナ研の部員は新編集長の工藤啓介、ただ一人となってしまう。よって、ここに新入部員を大々的に募集する。男女学年経験思想犬派猫派問わず、どのような方でも大歓迎だ。報道や記事作成、写真撮影に興味があるという方はぜひ、気軽にジャナ研の戸をたたいていただきたい。

編集長 水村零時 

 プロローグ


 卒業式にはうってつけの晴天だった。

 このところ暖かい日が続いたからだろう、校庭の端に植えられた桜の木はすでに八分咲きといったところで、卒業生の新たな門出を華々しく彩っている。吹奏楽部の演奏する「威風堂々」が、三月の校舎に響き渡っていた。かいしん高校は県内の公立校では名門として知られ、卒業生のほぼ百パーセントが大学進学か来年度の入試に向けて浪人の道を選ぶ。もっとも今年に限っては、進路希望調査に「世界放浪」と書いて提出したおお鹿がいたらしいが。

 どうけいすけは校門によりかかり、抱き合って別れを惜しんだり連絡先を交換したりする卒業生たちを眺めながら、目当ての先輩が来るのをじっと待っていた。

 告白とか、そういう色っぽい事情ではない。そもそも相手は男であり、最後に一つ、文句を言わなければ気が済まなかった。

 しばらく待っていると、人込みの中、一人の男子生徒がこちらに向かって歩いてくるのを啓介は見分けた。こういう時に背が高いのは便利だと思う。

 胸に花をしているから、一目で卒業生と分かる。今から夜逃げでもするような馬鹿みたいに大きいボストンバッグをかつぎ、左腕には在学中片時もはずさなかった「報道」の腕章。黙っていればわりと女子から人気の出そうな端整な顔立ちをしているが、残念なことに、啓介はこの人が黙っているのを見たことがなかった。

「とんでもない荷物ですね」

 声をかけると、みずむられいは得意そうに笑った。

「今夜の便で出る」

「まずはどこに行くんですか?」

「バングラデシュ」

「……治安とか大丈夫なんですか?」

 そう尋ねると、水村はあきれ顔になった。

「工藤くん。君はまだ、ジャーナリストとしての自覚が足りていないな。僕はそれを知るために行くのだよ。聞きかじった情報など、クソの役にも立たない」

 つくづくエキセントリックな男である。この一年間、水村に振り回された日々を思い出して、啓介はため息をついた。

「で、こんなところで待っていたということは、せんべつでもくれるのかな?」

「いえ……最後に文句を言いに来ました」

 啓介はポケットの中にねじこんでいた『波のこえ』四月第一号の原稿を広げて、水村に見えるよう突き出した。

「なんですか、この、『新入部員を大々的に募集する』っていうのは?」

「言葉通りの意味だが?」

 みずむらはとぼける。

「俺、何度も言いましたよね……来年から部員は、俺一人でいいって」

「ああ、確かに君は言っていたな。しかし」

 水村はお得意の、人を鹿にした笑みを浮かべた。

「僕がそれを了承した覚えはない」

 つくづく性格のひん曲がった人だと、けいすけは思う。啓介が積極的な人付き合いを好まないことを知って、わざとやっているに違いなかった。

「……まぁ、もういいです」

 本当ならジャナ研を辞めたいところだが、校則で何かしら部活には入らないといけない決まりになっている。そもそも一年前にジャナ研に入ったのも、当時部員が水村一人であり、余計な人付き合いにわずらわされずにすみそうだと思ったというだけの理由だ。それに、水村は中学時代の新聞部の先輩でもあり、一応気心は知れていた。

「どうせジャナ研に入る物好きなんて、そうそういないはずですから」

 水村は「違いない」と笑うと、左腕につけていた「報道」の腕章をはずし、啓介に差し出した。

「そういえば、渡しそびれていたよ。今日から君のものだ」

 少しだけ躊躇ためらってから、啓介は腕章を受け取る。

「さて、最後の問答だ。どうくん、ジャーナリズムとは何だ?」

 唐突ななぞかけだが、啓介はこの一年ですっかり慣れてしまった。この禅問答もどきは、水村の趣味みたいなものだ。

「エゴイズムです」

 啓介は、はっきりと言う。

「悪事を犯した人間をこれでもかとばかりにたたき、再起不能にする。他人の心に土足で踏み入って、誰にも知られたくない秘密をあばき出す……おのれと観衆の好奇心を満たすという、それだけのために」

「なるほど」

 水村は薄い笑みを浮かべたまま、否定も肯定もしなかった。

「だから俺は、水村さんのような記事は書きません。参考書ランキングとか中間テスト対策とか、そんな毒にも薬にもならない文章ばかりを書き続けます」

「文句は無いさ。今の編集長は、君だ」

 水村は視線を落とし、啓介の手のひらの上にある「報道」の腕章を見つめた。

 そして、小さく右手をあげる。

「じゃあ、僕はこれで」

「ええ……気をつけてください」

 けいすけは頭を下げる。エキセントリックでぼうじやくじん、とんでもない人だったが、明日からいなくなると思うと一抹の寂しさは胸をよぎった。これも卒業式マジックだろう。

「ああ、そうだ」

 みずむらは校門を過ぎたところで振り返る。

「ジャーナリズムの道にまどったら、図書室の書庫に保管してある『波のこえ』のバックナンバーを見たまえ」

「書庫ですか?」

 啓介は首をひねる。バックナンバーは、部室にも保管してあるはずだが。

「置き土産みやげだよ。なにも声高に叫ぶだけが、ジャナ研の活動ではないからね」

 水村は何やら思わせぶりにそう言うと、今度こそ振り返らずに、校門からゆるやかに延びる坂を下っていった。

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