神籤世界の冒険記。~ギルドリーダーはじめました~
第2章 門出は突然にーー心の準備は来世に期待ーー(2)
少なくとも、彼はその言葉を聞いた瞬間に覚悟を決め、水晶の前に踏み出すことができたからだ。
彼が進み出たのを確認すると、仕立てのいい神官服を纏った初老の男が、重厚な声音で問い掛けてくる。
「汝、神の御意を受け、精強なる神兵として迷宮へ挑むと誓うか。誓うならば神はその大海の如き慈悲をもって、汝にその行いの助けとなる神具を授けるであろう」
(あーはいはい、初心者歓迎ガチャね。分かる分かる。普通のガチャよりも確率が高くて、見栄えがいいものとか性能がいいものしか入ってない奴ね。ユーザーの気分良くしていきなりアプリ削除されるのを防ぐやーつー……)
神官のありがたい言葉は続いている。
どうやらこの塔の存在意義だとか、教会が如何に神の代行者として優れているかなどを語っているらしい。
しかし、立太にとっては大した意味のある言葉ではない。
彼はもはや、ここが自分のいた世界とは完全に別個の常識の上に成り立つ場所だと認識していたからだ。
(異世界フォ————ッ!!)
無理やりテンションを上げていくしかない。
一度でもテンションが下がったら最後、かつての世界で積み上げてきた諸々や二度と会うことのできない人々を思い出してしまう。
せめてこれも運命と割り切れるほど時間が経過するまで、目の前の状況を可能な限りポジティブに受け止めるテンションが必要だった。
(人間、テンションが下がったら終わる)
それは社会に出た人間が悟る、一種の真理だ。
自分の置かれた状況が恵まれていないと気付けば、自分を守るために自分の置かれた状況を嘆くようになる。そうなったら最後、上を向いて歩けるようになるまでに膨大な時間が必要となるのだ。
(いいな、立太。考えるな、マイナス思考は自分を殺す羽目になるぞ。いいな、決算から逃げ出せたと思え、プラスの面しか見るな……)
涙ぐましい努力の末、彼は神官の話が終わるまでに理論武装を完成させた。
(この世界は、明日のガチャのために徳を積める場所だ!!)
どこまでもガチャに縛られた結論ではあったが、立太はこの一語をもって世界に立脚点を作った。
これこそが、偉大なる冒険者ギルドの創始者、積層迷宮の先導者リッタ・グジョー誕生の瞬間だったかもしれない。
「では、手を」
立太は神官に促されるまま、真剣な表情で手を差し出した。
「心を静め、神々の意思を感じ取るのです。そうすれば、神はあなたに応えてくれるでしょう」
「はい!!」
立太のハキハキした返答に、神官は満足そうに笑みを浮かべる。
前途ある若者に道を示すのは、神官としてこの上ない喜びだ。
その点において、この神官は非常に希有な、正道を歩む神官だったかもしれない。
彼は立太のことを心の底から慈しみ、七色に輝く神恵水晶に向けて祈りを捧げる。神よ、敬虔なる幼子を嘉したもう。
彼の言葉は神恵水晶を作動させ、水晶は別世界へのゲートを作り出す。
そのゲートの先にあるのは神々の道具を収める一個の世界であり、収める道具の種類によって別々の世界が用いられる。
結果、別々の世界が持つ性質の違いによって水晶の発する色が変化するのだ。
このとき、神官は久方ぶりに最上位の世界に繋がったことを意味する虹色の発色を見て、やはりこの若者は神に対する深い愛情を持つ素晴らしい信徒だと確信した。
おお、神よありがとうございます。神官は心中でそう呟き、大きく両の腕を開いた。
「神は汝の前途を祝福した! 敬虔なる神の子の未来に栄光あれ!」
神官がそう叫ぶと同時に、虹色の光が一層強くなる。
立太はその光に、内心テンション爆上げだった。
(最高レアキターッ!? 今日のために徳を積みまくっていて良かった!!)
どうやら前世界で積み上げてきた徳は別世界に持ち越されたようだ。
立太はそんなガチャ戦士特有の思考を全力で突っ走らせながら、手のひらに感じる温かな光に懐かしさを感じ始めていた。
「え?」
懐かしさ?
異世界で?
何故そんなものを感じる?
自分はこれを知っている?
どうして?
立太の思考の方向が疑問へと舵を切り始めたちょうどその時、光がゆっくりとその大きさを減じていき、手のひらにほんの僅かな重さだけが残った。
「え? は?」
先ほどと同じ疑問の声。
しかしその対象はまったく別だ。
「こ、これは……」
立太と同じものを見ていた神官が、困惑の表情を浮かべている。
しかし、立太はその表情に気付かない。
「うーん、武具っていうから剣とか槍とか盾とか想像したけど、こういうのも出るのか。でも、最高レア演出だった訳だし、これもきっとすごいアイテムに……ちが……い……な……」
期待の眼差しを神官に向けた立太は、その神官の痛ましげな表情に面食らい、次いで先ほどまで話していた革鎧の男に顔を向ける。
「あー……うん……頑張れよ、兄ちゃん」
頭を掻きながら視線を逸らす男の目には、自分より若い立太に降り掛かった不幸への哀れみがあった。
「え……」
立太はそこで周囲から漏れ聞こえてくる野次馬の声に気付いた。
「おい、なんであの神籤から指輪なんて出てくるんだ?」
「分からねえよ、普通は戦うための武器か、せいぜい盾だろ。もしかしたらすげー魔道具なのかもしれねえけど、素人にそんなの渡したって……」
「かわいそうに、あの兄ちゃん悪戯の神に気に入られちまったんだな。こりゃ最初の仕事でリタイアか、運が悪けりゃその場で……」
立太は固まった表情のまま、手のひらに転がる『それ』を見詰めた。
白銀の円環と、同じ材質の爪で台座に固定された虹色の宝石。
つまり、指輪だ。
(嘘だろ、おい)
最初はこれを使って武器を呼び出すのか、あるいは魔法を発射するための媒介になるのかと期待したが、周囲の反応を見る限り、彼の期待に添った品物ではないらしい。
「——若き冒険者よ、それは未だ力を感じぬ神具なれど、神の持ち物であることに変わりはない。けっしてあきらめることなく道を歩めば、いずれ力を持つこともあるだろう。——いいか、けっして諦めるでないぞ」
心から彼を心配しているであろう神官の言葉に、立太の心は少しだけ救われ、そして同時にポキッと音を立てた。
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