神籤世界の冒険記。~ギルドリーダーはじめました~
第2章 門出は突然にーー心の準備は来世に期待ーー(1)
喧騒が聞こえる。
(あれ? 俺何してたっけ?)
立太は段々と強くなる周囲の音に疑問を抱き、ぼんやりとした頭で今に至るまでの記憶を辿っていく。
しかし、喧騒を感じ取る前の記憶にまったく手が届かず、彼は無意識のうちに額を右手で押さえ、頭を振っていた。
「どうした兄ちゃん。緊張してんのか?」
「えっ」
立太は背後から聞こえた声に慌てて振り向いた。
その瞬間、彼の目の前に世界が広がる。
「うわっ!?」
立太が叫んだのも無理はない。
彼の眼前にあったのは、円筒状の巨大な空間とそこを行き交う何千人もの人々の姿だったからだ。
壁際に設置された螺旋階段が、遥か天上へと伸びている。最上部にあるものは頭上で輝きを発する巨大な複数の結晶が邪魔となって、立太がいる場所からはまったく見えない。
諦めて視線を下げれば、円筒の壁際に七階層の回廊があった。その回廊にも多くの人影があり、よく見れば壁に埋め込まれるようにして幾つもの小部屋が並んでいるのが見えた。
それはどうやら店舗のようで、店主と客が硬貨と品物を交換している。
「これは、いったいどうして……」
「どうしだんたよ兄ちゃん、さっきからおかしいぜ? まるで『門の塔』に初めて入った巡礼者みてえだぞ」
「あ、すみませ————!?」
立太は背後からの文句にぺこぺこと頭を下げ、事情を説明するべく相手に向き直る。そして、本日何度目かの衝撃を受け、目を大きく見開いた。
「——あのつかぬことをお伺いしますが、その服は……」
「ああ、こいつか? 兄ちゃんにも分かるか! こいつは村で狩った魔物の革で作った鎧だ! そこらの普通の革鎧なんか比べものにならねえほど丈夫だぜ」
「あ、なるほど、ひと目見てこれは違うな、と思ったんですよ、ええ」
「がっはっは! そうかそうか! でも兄ちゃんはもうちっと丈夫な服にした方がいいんじゃねえか? そんな薄っぺらい服じゃ、魔物の爪も牙も防げねえぞ」
「はあ……」
立太はそこでようやく自分の服装に目をやった。
土のような汚れのついた白ワイシャツと、二本目無料のスラックス。そして見た目だけは革靴だが、実質的にはスニーカーと変わらない履き心地の合皮靴。
その姿はどう考えても、身包み剥がされた酔っ払いのそれである。
(お酒なんて飲んでないぞ? ていうか、俺のケータイ! 鞄! 財布もケータイもなしで、これからどうしろって言うんだ!!)
立太は内心で大いに悲鳴を上げつつ、それを気合で抑え込む。
学生の頃ならばストレートに吐き出せた自分の本心も、社会人になれば自らの内側で消化しなければならない。騒がしいというのはそれだけで排斥の理由になってしまうのだ。
少なくとも、そうした態度が許されるような、高度な社交性を立太は持ち合わせていない。
(落ち着いたな? よーし、次だ。現状を少しでも把握するんだ)
彼は顔に笑顔を貼り付けたまま覚悟を決めると、革鎧の男に笑いかけた。
「あの、すみません。確認したいんですが、俺が並んでるのって……」
「ああ! 冒険者になるための神籤を引く列だぜ。大丈夫大丈夫、合ってるよ。いやぁ、何がもらえるか楽しみだな! 剣とか槍ならうれしいが、神様がくれるってんならなんでもいいさ。なんせ神籤武具ってのは、どんなに弱くてもそこらの魔物には対抗できるって話だぜ」
「そうですか、そりゃあよかった。ははは……」
何が合っているのかさっぱり分からないが、とにかく自分が並んでいる列は自分では決められないなにかを『神様』からもらうためのものらしい。
それはつまり————
(ガチャだこれ!!)
よく見れば、皮鎧の男の後ろに何十人もの男女が並んでいた。
基本的には若い者が多いが、中には皺の目立つ年齢の者もいる。そうした者は総じて思い詰めた固い表情を浮かべており、立太はその表情にいやな予感を感じていた。
ここにいてはいけない。
それは立太の人間としての生存本能が発する警告だったのかもしれない。
しかし、その警告は少し遅かった。
「次の方、どうぞ」
「お、兄ちゃん。見てみろ、前の奴が神籤を引くぜ」
「え?」
立太は男の声に列の前方へと目を向けた。
いつの間にやら、彼は大きな虹色の水晶が中央に鎮座する部屋の前まで移動していた。
立太の前にいた男が部屋の中に入り、虹色の巨大水晶へと近付いていく。
男は神官のような長衣を纏った人物に何やら指示され、水晶へと両手を伸ばした。
すると、水晶がその動きに反応し、真っ白な光を発する。
「っ!?」
「ああ、こいつは銀級の武具だな」
革鎧の男がつまらなそうに顔を横に振っている。
それはいったいなんだ、と言いたげな立太の視線に気付いたのか、男は得意気に胸を反らして説明してくれた。
「冒険者の間じゃ有名なことなんだが、あの水晶、神恵水晶っていうんだけどよ、あそこから手に入る神籤武具ってのは下は銅級から上は神話級まであるんだよ。で、その階級はその武具が吐き出される直前の光の色で判別できるんだ」
「ほほう」
(確定演出だこれー!?)
心中の立太が突っ込みを入れ、同時に冷静なもうひとりの彼がその事情を推測する。結果には理由があり、その理由は大抵の場合その場所の常識に直結している。
新規開拓の営業先では、それを如何にして早期に読み取るかが取引の成否に大きく関わってくる。決して弁が立つ方ではない立太が営業として会社に属していられるのは、その能力が人よりも優れていたからだった。
(そうか、この人らにはステータス画面なんてものはない。それでもさっきの銅級やら神話級やらのランクが広く知られてるのは、この演出があるおかげなんだ)
「じゃあ、さっきの光は銀級の光なんですね」
「そうとも、俺も実際に見たのはさっきのが初めてだが、銅級は赤い光で、金級は黄色い光らしい。まあ、冒険者の初神籤は銅級は出ないって話だ。これから自分のために働く冒険者への、神のお慈悲なんだとさ」
相鎚を打つ立太に対し、革鎧の男は先ほどの光についてより詳しい説明をしてくれた。
それによれば、武具の階級は全部で五階級。それぞれ下から銅級、銀級、金級、白金級、神話級とされているという。それぞれ赤、白、黄、青、虹の光が神籤の水晶から発せられるようで、それを係の神官が確認し、新たな神恵と看做されれば武具と階級が新規に記録される。
塔内部の神恵水晶ならば、誰がどんな武具を手に入れたかは、この塔と水晶を管理する“教会“にすべて記録されている。
「神からの贈り物で犯罪なんざおこされちゃ教会の権威が吹っ飛ぶ、それを予防するためにああやって細かく記録を取るんだ。まあ、積層迷宮の中にも水晶はあるし、そっちは“教会”の連中も把握し切れてねえって話だぜ」
皮鎧の男の話は立太にとって非常にためになった。
自分がいる場所についての疑問はすでに湧いてこない。それが生物としての生存本能が成せる技なのか、彼の持って生まれた性格の結果なのかは分からないが、今の彼にとっては幸運だった。
「次の方」
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