デザイア・オーダー ―生存率1%の戦場―

波摘

「第一章 限界超越者」2 (2)

「でも陽一さん、さっきからモテない的な反応してますけど、『唯一の生き残り』の英雄さんなんですし、可愛い女の子いっぱい寄ってくる機会もあったんじゃないですか?」

「まあ、帰還した当時はそんなこともあったな……」

「もしかしてあまりにもヘタレすぎて、寄ってきた大量の女の子全員から愛想尽かされたとか? もしそうなら、さすがの私も同情を禁じ得ません……」

 うう、とどこからか取り出したハンカチを目尻に当てて涙ぐむ梨々奈。思わず慰めてあげたくなるほどの完璧な嘘泣き姿だ。見た目は可愛いけれど、よく考えると馬鹿にされてるな……と陽一が気づいた時には、梨々奈はもうケロッと表情を明るくしていて、ふふっと笑った。その笑みもあざとい。

「あ、そうだ。私、射撃訓練に来たんでしたっ。すっかり忘れてましたよ」

「射撃……」

 陽一は渋い顔をする。それを見て、梨々奈は不思議そうに首を傾げる。

 個人的には、陽一は彼女に銃をあまり持たせたくないのだ。可憐な少女を戦場に送りたくない、とかそういうのとは全く別の理由で。

 梨々奈は陽一が指揮することとなった第191機械都市攻撃派遣部隊第八小隊のメンバーである。射撃訓練を自主的に行うことはむしろ推奨すべきことだし、ましてや、禁止することなどできない。

 陽一に預けられた第八小隊は基本的に見知った顔で構成されていた。みんなほぼ同年代だ。多数の攻撃派遣作戦による犠牲を重ねて、戦闘に参加できる大人が少なくなった結果、現在は少年少女で構成される部隊が徐々に増えてきている。

 まだ会っていない最強の覚醒者も少女ということだし、小隊の平均年齢はかなり低い。

「最強の覚醒者、か……」

「あ、最強の覚醒者ってもしかして、今度うちの部隊に合流するっていう子ですか? 確か、えーっと……『バーン・バリスタ』!」

 むむむ、と唸ってから、思い出したように人差し指をピンと立てて、嬉しそうに笑みを浮かべる梨々奈。どう考えても、自分で可愛いとわかっていておこなっている仕草である。

 彼女は興味深そうな、キラキラと輝く瞳でずいっと陽一に顔を寄せてくる。甘い匂いがした。

「どんな子なんでしょうね、陽一さんはもう会いました?」

 顔が近い梨々奈を陽一は押し戻す。

「まだだ。実はこの後、会う約束をしている」

「え~~! いいな、いいなっ! 私もついていっちゃダメですか?」

「ダメだ」

「え~~~」

 本気で会いたがっていたのか、梨々奈は残念そうに唇を尖らせた。

 ――覚醒者。それは人類が機械生物ドレッドメタルに対抗する過程で生まれた副産物……いや、もう一つの成果と呼ぶべきものだった。

 人間と同じ姿をし、それでいて兵器の側面を持った彼らは、超常的な能力を発現させて戦闘を行う。一人で一個小隊よりも大きな戦力と見なされることもあるほどだ。

 最初に覚醒者が生まれたのは偶発的な事故だった。イグジア粒子を兵器に転用する実験の最中に、実験室内のイグジア粒子保存容器が破裂。イグジアの充満するその部屋に二人の研究者が取り残された。不幸にも片方は命を落とし、もう片方は一命を取り留めた。

 そこまではただの事故だった。だが、生き残った研究者にはある変化が現れた。

 ――その研究者は事故以前とは違い、特殊な能力を使うことができるようになっていたのだ。

 体内の一部がイグジアを半永久的に生み出す『永久機関ジェネレータ』に近い構造に変質し、体内イグジア粒子を行使、外界に介入することで特殊な現象を発生させることが可能となった。

 大量のイグジア粒子の中に身を置いたことがその原因とされ、すぐさまメカニズムの解明、再現性を確認する研究が開始された。その後、攻撃派遣部隊に参画した民間企業群は合同研究によって、適性を持った人間であれば、イグジア粒子を使用して特別な能力を発動させることができる存在――覚醒者になることができるという研究結果に辿り着く。事故の際、生き残った研究者には適性があり、亡くなった研究者には適性がなかったのだ。

 そうして、自在に生み出すことが可能となった覚醒者という存在へいきは、機械都市攻略の状況を大きく動かした。

 攻撃派遣作戦が開始された当時は大勢の一般兵を投入した人海戦術が基本だったが、突入時はともかく、小型機械生物ドレッドメタル相手の戦闘でも、ほとんどの人間が何の功績も挙げられず命を落としていた。しかし、一小隊に対して二、三人の覚醒者を配置することにより、攻撃・防御両面において戦闘効率が飛躍的に向上。

 それまでの小隊は通常三十人前後で編成されていたが、覚醒者混合小隊の編成は、五人から七人が基本となっている。その人数で同じ作戦実行能力を持つと判断されたのだ。

 また、機械都市突入後には隠密行動が予想されることも、構成人数が少なくなった理由だろう。小隊人数の減少に伴って、一回の攻撃派遣に投入される人数自体、初期よりも減少傾向にある。

 そもそも、人海戦術を長年続けてきた影響で、戦力にできる戦闘兵自体の数も減っていた。

「私も覚醒者になってれば、『バーン・バリスタ』みたいにもっと注目されたんですかねー? んーでも、リスクもあるからなぁ……」

「――覚醒者になる動機も必要もねーなら、やめておいた方が賢明だぞ。失敗のリスクはでけえからな」

 梨々奈と陽一の間に新たな人影が現れる。

 茶色に染めた髪と耳に開けたピアス。多少乱暴な性格で軽口が多いが、男の陽一から見ても綺麗な顔立ちをしていて女性人気が高い少年、しんである。チャラついて見える少年だが、これでも陽一と同じ第八小隊の副指揮兵だった。

「ちょっと先輩、先に行かないでくださいよ」

 少し遅れて真理の後を一人の女の子が追ってくる。

 彼女はたにテマ。黒髪で色白の彼女の顔の造形はとても整っていて、それ故に少しだけ冷たい印象を他者に与える少女だ。言動も相手と距離を置いたものが多いので誤解されがちだが根は優しい。テマは基本的に落ち着いているが、真理と一緒にいる時は違う顔を見せることもあった。

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