精霊幻想記

北山結莉

第一章 前世 (2)

 背中までびたあでやかなくろかみ、整った目鼻立ち、ゆきしようをしたような白いはだがらだがバランスの良いスタイルをしており、どこかひかえめそうではあるが、見る者をきつけるおしとやかでせいふんを持っている。

 美春はまさに絵にかいたような美少女に成長していた。

 最愛の幼馴染に再会できた運命にかんし、どくんと心臓が高鳴るのを、春人は確かに感じた。だが、同時に、強いしようげきも受けた。

 美春の隣には春人の知らない少年がいたのだ。

 なかむつまじげに自分の知らない少年と話をしている美春を見ていると、春人は何となくおくれしてしまい、入学式の日は美春に声をかけることができなかった。

 その日、春人は帰宅してから一人でなやむことになる。

 別に美春と再会するだけで、かつての約束が無条件に果たされるはずだと、そうでなければならないと決めつけていたわけではない。

 ただ、春人にとって美春との思い出は特別で、美春との約束があったからこそ、春人はここまで迷わずにぐ歩いてくることができた。

 だから、美春が春人との約束をすっかり忘れていて、もうかつての居場所がなくなったのかと思うと、道を見失ってしまったようなさつかくおちいってしまったのだ。

 もう昔のような仲にもどることはできないのかもしれない。美春には他に好きな人がいるのかもしれない。勝手に夢を見ていた自分が鹿なのかもしれない。

 けど、それでも、春人は美春と会ってみたいと思った。

 明日こそは勇気を出してみようと思った。

 なのに――、

 美春は春人の前から姿を消してしまった。

 入学式の翌日からしばらく欠席が続き、とつぜんしつそうするように退学してしまったのだ。

 他にも美春と同じように退学した生徒達がいたことから、校内ではちょっとしたさわぎになったが、学校は個人情報の保護をたてくわしいことを語ることはしなかった。

 当時高校生に過ぎなかった春人では大したこともできず、何の手がかりを得ることもできないまま、時だけが過ぎていき――、春人はじくたる想いを抱くようになる。

 どうして入学式の日に自分は美春に声をかけなかったのか、と。

 あの日、あの時、美春に声をかけていれば、今とは違う未来があったかもしれない。仮定の話ではあるが、そう思わずにはいられなかった。

 そうして未練だけが残り、春人の美春に対する想いはこじれたように強くなっていく。

 あきらめられない。諦めたくない。声にならない悲痛な叫びが身体からだじゆうでこだまする。

 何度か異性から告白を受けたことはあったが、美春以外の女性とそういう関係になる未来を想像すると、めいじようしがたい罪悪感やかんが押し寄せてきた。

 かといって、美春を捜すために何かができたわけでもなく――。

 歩いていくべき道を見失い、春人は少しずつ無気力になっていった。


  ◇ ◇ ◇


 そして、美春が消えてしまった日から四年以上の月日が流れた。

 現在、春人は成人を迎え二十歳はたちになり、都内にある大学の二年生になっている。

 だが、春人の時計は止まったままだ。大学に通ってはいるが、勉強にはさして身が入らず、やりたいこともなく、ちょっとしたおしやなカフェでアルバイトをしている。

 朝になって目が覚めて、大学に通って、アルバイトをして、帰宅して――代わりえがせず、毎日をせい的に過ごす。

 はたから見ればありふれた大学生活かもしれないが、それだけの日々。当てもなくさまよい続け、世界は今日も変わらないまま、ただ時間だけが過ぎていく――はずだった。


 季節は夏真っ盛り。美春と別れたあの夏の日のように、透き通るような青空に浮かぶ太陽が、地面にめられたアスファルトの大地をさんさんと照らしている。

 だが、そんな夏の天気とは対照的に、春人はどこか冷めた顔つきを浮かべながら、大学のキャンパスの近くにある停留所からバスに乗った。

 昼下がりという時間帯のせいか、乗っている乗客の数は少ない。ちらほらと客が乗り降りしているが、今、車内には三人――大学生の春人、春人が通う大学の付属高に通う部活帰りとおぼしき女子生徒、小学生の女の子――しか乗客が乗っていなかった。

 時折アナウンスが流れる以外は、エンジン音だけが聞こえるせいじやくな空間で、バスに揺られながら、春人が流れる景色を眺めている。

(……ん?)

 ふと、春人はチラチラと視線を向けられていることに気づいた。視線を感じた先には小学生と思われる女の子がすわっている。

(あの子は……えんどうすずちゃん、だったか?)

 春人はこの女の子に心当たりがあった。以前、彼女が下校中にねむりをして乗り過ごし、行き先がわからなくなって車内で泣いていたところを家まで送ってあげたのだ。

 時折こうして同じバスに乗りあわせると、涼音から視線を向けられている気がしていたことから、何となく印象に残っていたりする。

 春人から視線を返されたことに気づいたのか、涼音はあたふたと視線をらしうつむいた。

(俺、何かした……か?)

 考えても思い当たることは何一つない。

 当然だ。涼音としやべったのは彼女を助けてあげた時の一度だけなのだから。その時は家まで送ってあげて、母親からお礼も言われたから、何か問題があったとも思えない。

 気のせいかな?――尋ねてみようとは思ったが、仮にかんちがいだとしたら、ちょっと危ない人あつかいされかねない。最近のご時世は子供の防犯意識も高いのだ。

(バスの中で小学生の女の子に声をかけるとか、どう見てもしん人物だよな?)

 うん、やめよう――何となくもどかしい感じはしたが、春人は小さくたんそくすると、涼音から感じる視線を意図的に意識の外に追いやることにした。

「っ!」

 すると、その時、とつじよとしてバスが大きく揺れた。

 舞い上がるゆう感、全身におそかる強い衝撃。春人の身体は吹き飛ばされて、てんじように身体を強くぶつけてしまう。

「っ……っは……」

 身体中が痛い。呼吸がくできない。

 全身が熱湯を浴びせられたように熱く、意識が急速にもうろうとしていく。黒くうすれゆく視界にひどくひしゃげたバスの内装が映った。

(事故……か?)

 意識はひどくぼんやりとしているが、何となくわかった。

 自分は死ぬのかもしれない。全身が痛いはずなのに、感覚がなくなってきている。死の足音が近づいているのがよくわかる。すると、春人はとたんにこわくなってしまった。

「ぅぁ……がはっがは」

 精一杯の余力を振り絞って口を開こうとしたが、出てきたのは声ではなく大量の血が混じったせきだった。

(みー……ちゃ……)

 心の中でかつての美春のあだ名を呼ぼうとする。一筋のなみだが春人の目からこぼれて、血だまりに同化した。そこで春人の意識は完全にれそうになって、

 ――はる……。…………て。

 美しい声が春人の脳内にひびいた気がした。

 直後、きよだいがくもんようじんが光を放ちながら地面に浮かび上がり――。


「次のニュースです。本日、十五時二十三分、東京都、○○区の路上にてバスと中型トラックがしようとつする交通事故が発生しました。この事故でバスの乗客三名が死亡、ついとつしたトラックとバスの運転手は重傷を負ったもののせきてきに一命を取り留めました。事故の原因はトラックの運転手による居眠り運転ではないかと――」

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