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反魂のネクロ~スケルトンは遺骨をくらい、失われた人生を取り戻す~

手羽先すずめ

一章 透明の人骨 (2)

 でも、アノンは一呼吸を置いてから何かを知り得たような声を出した。

「電力供給を断たれてから五十年以上も稼働するとはなぁ。だが内部バッテリーが尽きて強制終了か。その影響だろうなぁ。安全装置が吹き飛んだのは」

「なにを……言って」

「正しく解凍されなかった肉体には深刻な負荷が掛かる。お前はそれに耐えきれず、目覚めることもなく死亡した。ってところだな」

「死亡……した」

 眠っている間に五十年――半世紀もの長い時間がすでに過ぎていた。

 五十年くらい、と覚悟していたし想定もしていた。

 まさか死んでしまうなんて。

「なら……どうして俺は……」

 死んだのならどうしてこんな姿になって目覚めてしまったんだ。

 淡い光を受けてぼんやりと浮かぶ人骨に疑問は尽きない。

「俺に感謝しろ」

 割れたパネルから指先を離したアノンは、目線の高さまで浮かび上がる。

「俺がお前をこの世界に留まらせてやったんだ」

 その指は俺を差した。

「どういう……意味なんだ?」

「はっ! まぁ、わかるはずもないか」

 アノンがまた俺の正面に回る。

「さっき言った通り、お前はすでに死んでいる」

「……見ればわかる」

 嫌というほど。

「俺は精霊だ。死者の魂を一時的にだが捕らえることができる」

「捕らえる……」

「捕らえた魂は持ち主に返すことも可能だ。だから俺はスケルトンになったお前の骨格に――」

「ま、待って!」

「なんだ?」

 話を遮られてとても不機嫌そうにしている。

 けれど、こちらもそれに配慮している余裕はない。

「まさか俺は……スケルトンになってしまったのか?」

 スケルトン。ファンタジー作品では言わずと知れたモンスター。

 肉も皮も臓器もなく、ただ骨格だけが動いて歩くアンデッド。

 それがスケルトンで、現在の俺の姿と恐ろしいほどに特徴が一致する。

 あまりにも非現実的な話だけど、そう考えればつじつまが合ってしまう。

「そう言ったはずだ」

 お前は人間ではなくなっているのだと、アノンはこちらの事情などお構いなしに肯定した。

「次は遮るな。俺はスケルトンになったお前の骨格に魂を還して縫い付けた。だからお前は生前の自我と記憶を保持していられる。つまり、俺がいなければ本当に死んでいたわけだ。わかるな?」

「……あぁ……理解なんてできないけど。でも、それで納得するしかない」

 いくら頭の中で否定しても現実は一つも変わりはしない。

 それは十一年にも及ぶ闘病生活で身に染みて理解していることだ。

 理解不能な出来事が自分の身に降り掛かったなら、それを受け入れるしかない。

「はっ、いい心がけだ。なかなか見込みがあるな」

 なんの見込みだと言いそうになったけれど、それを言葉にはしなかった。

 そんな気力なんて残っていなかったからだ。一度に色んなことが起こりすぎているせいで、今にも頭がショートしそうだ。まぁ、ショートする頭なんて、もうないんだけれど。

「お前、名前は」

「音無……透だけど」

 急になんだ?

「おとなしとおる。字はどう書く」

「どうって漢字? 漢字がわかるのか?」

「いいから言ってみろ」

 そう言いながらアノンがすこし離れる。

 薄暗闇に浮かぶ暗銀が淡い光を受けて鈍く光った。

「音色が無くなるで音無。透けると書いて透」

「なるほど、こうか」

 アノンの指先が滑らかに動く。その軌跡は白い線となり、黒板にチョークを走らせるように、その一連の動きは音無透の文字を書いて虚空に浮かべた。

「音無透。俺と取引しろ」

「取引?」

「あぁ、お前にとっても悪い話じゃないはずだ」

 指先で浮かべた文字を弾いて、アノンは音無透を掻き消した。

「素直に俺の言うことを聞くなら、人間に戻る方法を教えてやる」

「――なっ!?

 それは想像を絶する一言だった。

 思いつきすらしなかったひとすじの希望に照らされた気分がする。

 本当に人間に戻れるのなら、願ってもない。

「……とりあえず話を聞かせてくれ」

「ほー、二つ返事で了承とはいかないか」

「当たり前だ。俺をこんな姿でもこの世に留めてくれて、あまつさえ人間に戻る方法を教えてくれるなんて都合が良すぎる」

 なにか裏があるはずなんだ。アノンにとって得になるようななにかが。

 それがわかるまで安易に了承することはできない。

「はっはー、ご名答だ」

 アノンの声音に感情が乗る。

 ずいぶんと気分が良さそうだった。

「この状況下、吊るされたエサに飛びつかずに考えられる奴は意外とすくない」

「御託はいい。俺になにをさせるつもりなんだ」

「なに、そう難しい話じゃあない」

 すっとアノンの指が近づく。

「お前はただ殺せばいい。このダンジョンに巣くう魔物どもをな」

 ダンジョンに巣くう魔物。

 それだけの言葉で理解が追いつかなくなる。

「……もっとわかりやすくしゃべってくれないか?」

「おっと、そうだった。お前は知らないんだったな。世界になにが起こったのかを」

「世界に?」

「いいだろう。まずそいつからだ。話してやる」

 次から次へと、驚きを禁じ得ないような情報がれ込んでくる。

 それでも食らい付いていくほかにない。

 この身になにが起こって、どうしてここにいるのか。明確な答えを得るためだけに思考は目まぐるしく回転していた。

「お前が眠っていた五十年の間に世界は激変した」

 虚空に引かれた線が一筆書きの円を描く。

「こいつが地球だ。そして――」

 その隣に斜めの線を引き、更にその隣にもう一つの円が描かれる。

 二つの円。うち一つが地球であるのなら、もう一つは月? なら、あの間にある斜線はいったいなんなんだ?

「こいつが次元の彼方かなたにあるもう一つの地球だ」

「な……え?」

 次元の彼方? もう一つの地球?

 あまりの話に思考の回転が止まりかける。しかし、そんな俺に配慮した様子もなく、淡々とアノンは話を続けた。

「この二つの地球は決して交わることのないはずだったが、五十年ほどまえに突如として次元の壁が崩壊した」

 斜線が指先の爪で弾かれて掻き消える。

「同じ次元に二つも地球は存在できない。だから、互いに互いを引き合い」

 描かれた二つの円が近づいていく。

「崩壊と再構築を経て一つとなった」

 二つの円は接触すると互いを打ち壊し、一つの大きな円となる。

「これが世界に起こった異変だ」

「……にわかには信じがたい話だけど」

 止まりかけた思考の回転を辛うじて継続させながら順番に処理をする。

 アノンの話は普段なら冗談とも思わない酔狂な作り話だと、耳を貸したことを後悔していたに違いない内容だった。でも、この状況下なら話は別だ。

 アノンの言葉以外に判断材料がない以上、それを受け入れて信じるほかにない。

「予兆もあった。お前もその身で味わったはずだ」

「なにを言って――」

 ふと、浮かぶ。

 この身で味わった病の名が。

「……白化病」

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