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反魂のネクロ~スケルトンは遺骨をくらい、失われた人生を取り戻す~

手羽先すずめ

一章 透明の人骨 (1)

一章 透明の人骨


「――ろっ」

 声がする。

「――きろっ!」

 聞き馴染みのない乱暴な声。

「――起きろっ!」

 何者かの大声を聞いた瞬間、意識が覚醒して目が覚めた。

「……ここ……は……」

 瞼を押し開いて見たものは黒一色の世界だった。自分すら塗り潰されていて見えない。

 でも、この視覚的になんの情報も得られない状態が逆によかった。思考はすぐに状況把握のためだけに動き出し、パニックになることもなく冷静さを失わずに済んだ。

 その甲斐あってすぐに状況把握が進む、ほんのすこしではあるが思い出せた。

「たしか……そうだ、コールドスリープ」

 あの日から未来にたどり着いた。

 数十年ぶり、ということになってしまうのだろうか。今がどんな時代かは知るよしもないけれど、とにかく俺は冷凍睡眠装置の中で目覚めたんだ。

 おぼろな意識が明確になり、記憶にかかっていたかすみが晴れる。

「それにしても……ずいぶん暗い……」

 硝子ガラス張りであるはずの蓋も深い黒に塗り潰されている。装置の外は真っ暗みたいだ。

 夜――か、どうかはわからない。

 この場所は病院の地下にある。暗くても明かりがついていないだけかも知れない。

「あれ、でもそうなると――」

 明かりがついていないなら、側に誰もいないということで。

 染谷先生の話では目覚めの際には、その時代の担当医が解凍を行ってくれるとのことだった。

 けれど、この暗闇の中に人がいるとは到底思えない。

「これ、いことに……」

 不可解なことの連続によって思考は悪い方向へと向かってしまう。

 冷凍睡眠装置になんらかの不具合が生じて、予定にない誤作動が起こったのかも。

 そのせいで目覚めるべきではない時代に目覚めてしまった可能性がある。もしそうなら非常に不味い。

「とにかく、ここを出て人をっ!」

 装置の蓋を押し上げようと両手に力を込める。

「重……い」

 しかし、やはりと言うべきか持ち上がらない。

 白化病の進行で筋力が落ちていて重い物が持てないのは相変わらずだった。今の俺では装置から出ることも叶わない。

「どうすれば……」

 いい案が思い浮かばず途方にくれていると。

「ん?」

 装置が鈍い音を立てて動き始める。

 不良品めいた怪しい動作ではあったものの蓋が持ち上がった。

「光……?」

 微かに開いた隙間から、月明かりのような淡い光がす。

 それはとてもこころもとない光だったけれど、ほんのすこしだけ心を落ち着けられた。

 硝子張りの蓋は、どうやら光すら通さないほど曇っていたようだ。

 だからこそ、また不安になった。これほど汚れているということは、それだけ長い間装置が清掃されていないということだ。中で俺が眠っているのに。

「……とにかくっ!」

 次々に浮かび上がる疑念を振り払い、すこしずつ動くそれを手伝うように押し上げる。装置の蓋はび付いたような不快な音を鳴らして開き切った。

 そうして俺が目にしたのは――

「星?」

 視界いっぱいに広がる星空だった。闇夜にちりばめられた星の数々がきらめいている。

 星。空。外。そこまで思考が巡り、ことの異常さに気がつく。

「どうして、外なんかに……」

 装置が不良品めいた動作をしていたのも、硝子張りの蓋が異様に曇っているのも、この装置が外に放り出されていたから。もしかすると俺がこの時代で目覚めたのも、これが原因なのか?

「とにかく、人を探さないとっ!」

 装置の外へと出ようと縁に手を掛ける。

 そのとき、なにか硬いものが打ち鳴らされたような音が不意に響いた。

 自然とそちらを向いた視線が、ことの原因を捉える。

「――え?」

 淡い明かりに照らされて闇夜に浮かぶ、人の骨。

 自分の手を掛けたはずのそこには人骨とおぼしきものが引っかかっていた。

 装置の内側へと伸びるそれを視線がたどる。指先から順に手首へと向かい、腕を伝って肘を通り、最後に肩まで到達した。そうまでしてから、ようやく気がついた。

 この人骨が自分の右腕だったことに。自分の体が――腕が、胴が、足が、骨になっていることに。

「――ぁあぁぁああぁぁああああああああぁああぁああああああああっ!」

 信じがたい現実を前にして反射的に認識を拒む。意味のない声を発することで思考を埋め尽くし、考える余地を押し潰した。

 なにも思考することなく、ただただ天に向かう絶叫だけが骨の体から発せられていく。

 いったいどれだけ、そうしていたことだろう。決して枯れることのない声と、途絶えることのない息。悲鳴を上げることにも飽きたとき、ようやく身に起こった異常と向き合う。

「なん……だよ……これ」

 手の平に目を落としても――どこに落としても、そこにはまったく肉がない。ただ骨だけが接合されて組み上がっているだけだ。

 だと言うのに自分の意思でなぜかそれを動かせている。五指にあたる部分が、人と同じように駆動する。

「どういう……ことなんだ」

 すすけたような浅黒い色に変色した骨の集合体。あれだけ重いと感じていた体が、羽根のように軽い。

 とてもこの姿と軽さが、自分のものだとは思えなかった。思いたくなかった。

「誰か……誰でもいいっ! 教えてくれよっ!」

 必死に助けを求めても星空に吸い込まれて消えるだけ。周囲には誰もいない。なにもない。あるのは光を失った装置だけだ。

 望んだ答えなど返ってくるはずがなかった。

 けれど――

「まったく、うるさい奴を起こしたもんだなぁ」

 望んだものではないにしろ、返ってくる。

 粗暴で荒々しい声。

 俺の言葉に反応して返事をした者が現れた。

「だ、誰だっ! どこにっ!」

 周囲をもう一度、見渡してみる。しかし、人の姿は影も形も見えない。

「ここだ、ここにいる」

 その声はとても近くから発せられていた。声がする方へ向き直った先に奇妙なものを見る。

 宙に浮かぶ不可思議な塊だ。細長い棒のようにも見える。目をこらして観察するうちに慣れてその輪郭がはっきりと知れた。

「ゆび……」

 よろいを思わせるあんぎんの装甲をまとう一本の指。鋭くまがまがしい爪が俺を指差している。



「まさか……これが?」

「そうだ。この指が、だ」

 こちらを差していた指が立ち上がり、ゆっくりと左右に揺れた。

「俺の名はアノン、精霊だ。あってこんな姿だがな」

「せい……れい?」

「知らないか。まぁ、そうだろうな。ずいぶんと眠っていたようだからなぁ」

「……どうして、それを」

「はっ、俺にはなんでもお見通しなんだ」

 指先をぐるぐると回している。

「なんならお前の死に様を教えてやろうか?」

 アノンと名乗った奇妙な指は当たり前のように空中を移動する。

 目指したのは染谷先生が操作していたタッチパネル。ひび割れていて満足に起動しそうにない画面に、アノンは気にした様子もなく指先を押し当てた。

「……ほー」

 それにどんな意図があったのかはわからない。

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