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反魂のネクロ~スケルトンは遺骨をくらい、失われた人生を取り戻す~

手羽先すずめ

プロローグ

プロローグ


「――では、これより冷凍睡眠装置を起動します」

 静かな音を立てて装置が密閉される。

 外界と完全に切り離されて、冷たい空気で満たされた。

 すこしずつとお退いていく意識。

 すこしずつ無くなっていく感覚。

 眠りの訪れを肌で味わいながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。


 人間はそれぞれ決まった星の下に生まれてくるらしい。

 この世に偶然などはなく、すべてが必然であると。

 それが世のことわりなら俺はきっと不幸の星の下に生まれてきたのだろう。

 この病的に白く染まった肌を、髪を、瞳を――鏡に映った自分を見るたび、そう思わずにはいられない。

はっびょうと言います」

 担当医のそめ先生から聞かされた病名に、小学一年生――六歳だった俺はぴんと来なかった。十一年後の現在でも一般的とは言えず、世界的にも数例しか確認されていない奇病の存在など、この時点で理解できるはずもないからだ。

 というか、染谷先生自身もこの病のことを深く知ってはいなかったと思う。

 この奇病の治療法は現在においても確立されていない。もっと言えば、発病の原因すら判然としていないのが現状だ。

 それが遺伝的なものなのか、病原菌によるものなのか、それすらも――

 十一年の歳月をかけてはっきりしたことは、この白化病が他人に移らないものだということくらい。

 治療と称して覚え切れないほどの薬品と、数え切れないほどの注射を受けた。あらゆる治療法を試し、白化病に真正面から立ち向かった。しかし、結果はなによりも残酷に現実を突きつけ、白化病の進行が止まることはなかった。

 まず頭髪に白髪が増え、両目が白く染まり、肌から血色が失われた。肉体もやせ細り、筋肉量が減り続け、最後には自立することすら困難になった。

 端から見れば、とても生きているとは思えない真っ白な人間がその目に映るだろう。

 白に染まるたびに死に近づいている。そう思うようになるのにさほど時間は掛からなかった。

 視覚化された死――白色に染まっていく日々。

 追い詰められて生きる意味を俺はいだせなくなっていた。そんなある日のことだ。

 染谷先生にコールドスリープ――冷凍睡眠を勧められたのは。

おとなしさんも聞いたことくらいはあると思いますが――」

 染谷先生の説明はわかりやすく噛み砕かれたものだった。

 病状をこれ以上、悪化させないために凍結という方法で半永久的な現状維持を図るというもの。

 解凍の日時は決まっておらず、十年二十年もしくは五十年や百年後かも知れないらしい。その間に、この十一年間で得られたサンプルを研究し、治療法を探るのだとか。

 つまり白化病の治療法が確立される遠い未来まで俺が眠りから覚めることはない。

 何日も悩み、何度も家族と話し合いをし、最終的に俺は未来に希望を託すためにこの提案を受け入れることにした。

 そう決めてからの時の流れは速く、あっと言う間に最後の日が訪れる。

 こんこんと、ノック音が病室に響く。引き戸が開くと、車椅子を携えた染谷先生が現れた。

「気分はどうですか?」

「不思議な……気分がします」

「ははー、そうでしょうね」

 努めて明るく振る舞う染谷先生の手を借りて車椅子に腰を下ろす。

 この作業だけでも一苦労だ。心臓の鼓動が速くなり、息が荒くなってしまう。まともな形状をしたご飯も随分と食べられていない。この白に染まった体は、それほどまでに弱っていた。

「では、行きますよ」

 病室をあとにして向かうのは、これから数十年ほどお世話になる寝床。

 廊下を渡り、エレベーターを経由して地下深くへと落ちていく。

 重厚な両開きの鉄扉が開くと、規則正しく並んだいくつものカプセル型の装置が出迎えてくれた。

「ここが……」

 俺のような助かる見込みのない者たちが行き着く終着駅。

 死にたくないと願い、未来に希望を託すための場所。

 冷凍睡眠装置安置所。

 医学は日進月歩で変化し続けている。

 かつては手の施しようがなかった末期がんにすら、現在は有効な治療法が確立されているのだ。日本の平均寿命は更に延びて百歳を突破し、長寿国の地位を不動のものとしている。

 だが、それほどまでに医学が進歩しても、治せない病気というものは依然として存在しており、人間はまだ死を克服できるような領域に達していない。

 白化病も、そのうちの一つだ。

 ここには、すでに何人もの先客が時を越える眠りについている。

「こちらが音無さんの冷凍睡眠装置です」

 物音一つしない安置所内を進み、その装置に行き当たる。

 染谷先生が側面に備え付けのタッチパネルを操作すると、振動と音を伴って装置の蓋が開かれた。あふれ出す冷気が外気と混ざって白く色づき、地をうように広がって消える。

 冷凍睡眠装置は棺桶のように大口を開いた。

「最後に確認をします」

 クリップボードを片手に、染谷先生は問う。

「あなたは音無とおるさんですね?」

「はい」

「あなたはコールドスリープ、冷凍保存を希望しましたね?」

「はい」

「あなたが次に目覚めるのは白化病の治療法が確立された未来です。具体的に何年と保証することはできません。よろしいですね?」

「はい」

「確認が終わりました。では」

「……はい」

 再び染谷先生の手を借りて、冷凍睡眠装置に横たわる。

 肉体に負担が掛からない設計になっているのか、とても居心地がいい。

 一つ大きく息をして天井を見上げると、視界の端に見慣れた顔ぶれを見る。

 コールドスリープ対象者の親族しか入れない安置所の二階部分。そこで両親と妹が寄り添い合っている。

 これが最後の別れになってしまうかも知れない。それがとても残念だ。

「じゃあ、な」

 白くて重い手を持ち上げて、残していく家族に向かって軽く手を振う。

 それを受けた三人は耐えきれずに泣き出してしまった。

 笑ってほしかったんだけどな。

「準備ができました。最後になにか言い残すことは?」

「ありません。言いたいことはすべて言ってきたので」

 事前に済ませてきた。

 家族にも、友人にも、お世話になった人たちにも、縁あるすべて人に――

 だから心残りはない。

「わかりました。では、これより冷凍睡眠装置を起動します」

 世界から隔離され、冷気で満たされていく。

 四肢の末端から感覚を失っていき、這うような冷たさが上ってくる。

 それに伴って強烈な睡魔に襲われ、重くなった瞼をゆっくりと下ろした。

「あぁ……次に目覚めるのはいつだろう」

 十年後か、二十年後か、五十年後か、百年後か。どれだけの時が過ぎれば白化病の治療法は確立されるのだろう。きっと途方もない時間が掛かる。

 そのころには両親も妹も生きていないかも知れない。それでも俺は未来に希望を託して眠りにつくことを選んだ。

 不幸の星の下に生まれたとしても、せめて普通の人間のように暮らして生きるために。

かなうなら……できるだけ……はやく……」

 意識が薄れ、体の感覚のすべてを失う。思考を巡らせることもできなくなってきた。

 そうして冷凍睡眠は完了する。

 意識を手放した俺は時代に取り残されるように時を越えた。


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