乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です

三嶋与夢

プロローグ (3)

 黒い鎧はどこかとげとげしく敵役のように見えるが問題ない。ダークヒーローのように格好良い。……よく考えると乙女ゲーに出てくるにしては凄く良いデザインだった。

「これなら攻略対象の野郎たちより活躍してくれるな」

 剣は強いが飛び道具を持っていない剣豪。武器に頼るのは軟弱だと装備が非常に貧弱な奴……打たれ弱い魔法馬鹿。

 役に立たない攻略対象キャラたちのせいで、何度もゲームオーバーになってきた。

「終わらせないと……とにかく終わらせてゆっくりしたい」

 せっかくの休日が乙女ゲーをプレイするだけで失われていく。

 我慢できずに購入した有料コンテンツを使用し、俺はそこから乙女ゲーを再開した。

 昼を過ぎ、夕方になる頃にはなんとかイベントやらCGの回収率が九割を超える。

 残っているのは逆ハーレムエンドだ。

 主人公と男性キャラ全員が結婚するエンドが残っている。

 このゲームのトゥルーエンド──真のエンディングとも言われているのだが、俺からすれば真実だろうと虚偽だろうと関係ない。

 無心で攻略だけを考えプレイしていく。

 日常パート……野郎共の好感度が一定数になると渡してくるアイテムを、翌日には道具屋で売り払って金に換える行動を行った。

 しかも本人が仲間にいる状態で、だ。

 本人の目の前で売り払うなど外道だが、ゲームなので関係ない。

 これがギャルゲーなら無理をしてでもそんな行動は取らないだろう。たとえゲームとはいえそんな外道にはなれない。

 どうせ妹の乙女ゲーだ。クリアできればどうでも良い。

 そう思いながらプレイを続け……気が付けば夜になっていた。

 逆ハーレムエンドにたどり着き、解放された喜びと共に襲いかかってくるこのむなしさ。

「……丸々二日間が潰れただと」

 エンディングを見ながらこみ上げてきたのは怒り、そして悲しみである。

 どうして俺がこんなことをしなければならないのか?

 データをセーブし、そして妹との約束を守った俺はベッドに倒れ込むように横になった。

 時計を見れば寝るには少しだけ早い時間だ。

 疲れ切って動く気にもなれないが、全てが終わって安堵したせいかお腹が空いてきた。

 手で腹を押さえると、朝に少しだけ食べたのを最後に何も食べていなかったのを思い出した。

「冷蔵庫には何もなかったし」

 この休日に買い物をしようと思っていたが、ゲームをクリアすることを優先しており外にも出ていなかった。

「ファミレスにでも行くかな?」

 スマホで時間を確認していると、妹からメッセージが届く。

『もう楽しくて疲れた~。数日したら帰るから、その時までにクリアよろ。真面目にやらないと、いつまで経っても変態野郎の馬鹿兄貴のままだよ(笑)』

「こいつ最低だな」

 自分は楽しんでいることを最大限にアピールしつつ、俺に真面目にやれとか言っているのだ。しかも、俺から金をせびって……。

 ただ、少し疑問が浮かんだ。

「あいつアルバイトなんてしていたか? どこから旅行のお金を出した?」

 俺が渡したお小遣い程度ではとても足りないはずだ。

 下手にプライドが高いので捕まるようなことはしていないだろう。門限もあるので夜遅くまで遊んでいられない。

 おまけに働きたくないからアルバイトもしないと言っていた。

 そこまで考え、俺は少し前にお袋が言っていたことを思い出した。

「資格取得のために金がいるとか言っていたな」

 両親は車の免許でも取るのかと思ってお金を用意したらしいが、どう考えてもその一部は旅行に使われているとしか思えない。

 俺は妹のメッセージや画像をコピーした。

 パソコンで編集をして、お袋宛にメッセージを送る。

 もちろん、あいつのコメントやら画像も添えて、だ。

「……馬鹿な奴。兄を舐めているからこうなるのさ」

 俺を脅したことやら、旅行に出かけていること。

 これらを見て両親がどう思うだろうか?

 流石に動かぬ証拠もあるので、あいつも言い訳が出来ないだろう。ついに化けの皮が剥がれるときが来たのだ。

 そう思ってニヤニヤしたところで俺は気付いた。気付いてしまった。

「あれ? なら、最初からこうしていれば無駄にゲームをクリアする必要もなかったような……あぁ、もう駄目だ」

 自分がいかに間抜けかを実感しつつ、俺は腹が減ったので立ち上がると財布を手に取った。

 妹の件は、一旦保留にして飯にしよう。

 もう、乙女ゲーのことで頭を悩ませる事もない。

 そう思えば足取りも軽くなる。

 妙にフワフワした感覚は、まるで仕事から解放された後のような幸せな感覚だった。

「さて、今日は奮発して少し高いメニューでも……」

 普段よりも豪華な夕食を楽しみに玄関を出た。誰もいないチカチカする蛍光灯が気になる通路を進み、階段に差し掛かると急にめまいに襲われた。

「──あ、これ駄目なやつ」

 体は糸が切れてしまった操り人形のように力を失い、その場に倒れた。

 自分の体が言うことを聞かず、運が悪かったのは階段の手前でこれから下に降りようとしていたところだったことだ。

 目の前には階段が迫っており、そのまま視界が急激に景色を変えていく。

 体が痛いとかそういった感覚はなかったが、勢いよく転がり落ちた俺は自分の状態が危険だというのはなんとなく理解した。

「……こんな……最期は……みと……ない」

 せっかくの休日を妹に潰され、そして解放されたと思えば明らかに重傷という怪我をした自分。いや、もしかしたら命の危機かも知れない。

 そう思うと、妙に──腹が立ってきた。

 薄れゆく景色の中で、走馬灯が流れ出していよいよ最期かと思っていると──最後の最後で見たこともない景色が見えてきた。

 海から浮かんだ大地。

 空を飛ぶ飛行船。

 青空と白い雲──太陽に手を伸ばしている自分の姿が見えて、そこで意識は遠のいた。


   ◇


 なだらに傾斜した土手は、ほどよく伸びた草で青々としていた。

 草同士のこすれる音に青い草の匂い。

 そんな場所に寝転がり、太陽に手を伸ばした俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は激しい動悸に襲われていた。

 太陽の暖かさで汗をかいたのではなく、冷や汗が止まらなかった。

 心臓が痛いくらいに鼓動し、気持ち悪い汗が吹き出ていた。

「な、なんだ、今の?」

 上半身を慌てて起こしたせいか、服に引っかかった草が地面から抜けた。風が吹くと葉やら草が舞って飛んでいく。

 随分と強い風が吹いたと思えば、太陽を隠すように俺の真上を飛行船が通過して影に包まれた。

 四角い箱のような木造の飛行船は、領地に定期的に訪れる飛行船だ。

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