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異世界のカード蒐集家

茂木鈴

カード一枚目 「異世界で逞しく生きていくことを決意する」 (1)

カード一枚目
「異世界で逞しく生きていくことを決意する」


 だいきんすけはフェリーの発着場ターミナルで時間を潰していた。今日、日本開国党のとある議員がここからフェリーで離島へ向かう。

 数日前、この議員が離島を視察するとニュースで取り上げられたのを見て、金之介は急遽その離島への旅行を決めた。

 テレビの前で不用意な発言をし、失言を取り繕おうとして視察が決まった。相変わらず、場当たり的なことをするものだと金之介は思ったが、同時にこれは千載一遇のチャンスではないかと考えた。テレビが別の番組に変わってしまった後も、金之介の頭の中はそのことで占められたままだった。

 そして今日、金之介はここで議員の到着を待っている。

(普段の習慣を続けた方がいい)

 金之介は発着場に併設されたコンビニに向かい、レジの横にあった狩猟ゲームのトレーディングカードの袋を五つ買った。一袋七枚入りで、二百三十円である。子どもの小遣いでも買えるこのカード集めこそ、金之介の唯一の趣味であった。

 コンビニを出てからゆっくりと袋を破り、中のカードを確認していく。心の中にワクワク感が広がる。金之介はこの瞬間が一番好きだった。

(被りが多いな)

 七枚中三枚は既に持っていた。次の袋の中も四枚が既に持っているカードだった。このトレーディングカードは、家に帰れば三百種類くらいある。発売されているのは全部で五百十二種類のはずなので、そろそろ被りが厳しくなってきている。

(もうトレードを主体にした方がいいかな)

 金之介は苦笑した。トレード主体も何も、金之介の人生は今日このあと終わるというのに。

「おっ、これは?」

 最後の袋の中に、見たことのないカードが入っていた。ホログラム加工されたレアカードが一枚出た。当たりである。これはプレミアカードといって、レアカードの中でもトップレアなどといわれている。もちろん滅多に出てこない。

 カードに載っているイラストは、金之介の知らないものだった。少年の姿が描かれており、深い英知を感じさせる表情は、まるで神か何かのようにも見える。

「……こんなキャラって、いたっけな」

 カードは集めているが、元となったゲーム自体はやったことがない。ゲームの隠しキャラなのかもしれない。名前を確認すると、『アートス・リーヒヤルヴィ』とあった。

「やっぱり、知らない名前だな」

 ちょうどその時、ガヤガヤと発着場内でざわめきが起き、向こうから大名行列がやってきた。偉そうにふんぞり返った男が、十名以上の取り巻きを引き連れている。

(見つけた。あいつだ)

 目当ての人物がやってきた。彼こそが金之介が待ち望んだ日本開国党の議員である。取り巻きたちはこの町の有力者だろう。

 金之介は荷物をひとつにまとめる。プレミアカードはしゅんじゅんした末、シャツの胸ポケットに入れた。

 一呼吸ついたあと何気なく立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。大名行列は金之介に気付かぬまま近寄ってきた。

 金之介は鞄を背負って議員の前を横切る。当然議員の周りは取り巻きで固められているので、彼らにぶつからないように避ける。

 金之介が背負った鞄には、動かないように固定された傘が突き出ていた。その傘の先端が議員の鼻を直撃する。

 ──ゴッ!

 そんな音がしたわけではないが、傘の先端が議員の鼻骨に当たって、その顔が歪む。

「ああ、済みません」

 慌てた風を装い議員の鼻を押さえてひねる。

「痛っ、何をするんだ!」

 議員が叫んだ。金之介は聞こえない振りをして、そのまま左右に鼻の軟骨を摘んで折り曲げる。

「おい、貴様ッ!?

 異常に気付いた取り巻きが声を荒らげた。そこでようやく金之介は手を離した。

「ちょっとぶつかっちゃったようで、どうも済みませんでした」

 立ち去ろうとする金之介の腕を誰かが掴む。

「なんだお前は? ワザとなのか!」

「いえ、集団で固まっていたので避け切れなかったんですよ。じゃ、そういうことで」

 掴まれたままの腕を高く挙げ、金之介が離して欲しいとアピールする。

「待て」

「手を離してくれませんか?」

「ちゃんと謝罪しろ!」

 議員本人ではなく取り巻きの方が、金之介に詰め寄ってきた。

「……分かりました」

 金之介は頭を深く下げ、そのまま謝罪……ではなく、膝を床につけて土下座をした。

「申し訳ありませんでした。何とぞお許し下さい」

「なっ……」

 驚いたのは、取り巻きたちだろう。彼らもそこまで要求はしていない。

 議員の手前、いいところを見せようとしただけに過ぎない。

 ザワザワと、フェリーの発着場で船を待つ人々が騒ぎはじめた。

「何あれ? 土下座?」「ちょっと穏やかじゃないわね」「やらせてるの誰だ?」

 携帯電話を構えた観光客が、写真か動画を撮影している。

「おい、人目がある」

 議員が取り巻きに囁いた。

「もっ、もういいから、立て!」

 それでも立ち上がらない金之介に、取り巻きの一人が腕を持って立ち上がらせようとする。

「……ッ!」

 しかし、金之介の身体はビクともしなかった。取り巻きはそこで初めて、土下座している青年が非常に発達した筋肉に身を包んでいることを知った。

「……もういい! 行くぞ」

「はっ、はい」

 一行は金之介を残し、早歩きで行ってしまった。

「……ふぅ」

 足音が遠ざかったのを確認すると、金之介は頭をあげた。

「なあ、あんた……その、大丈夫か」

 金之介が立ち上がると、見ていた一人が声をかけてきた。金髪にアロハシャツを着た、やや太めの中年男性で、金之介はその人に笑顔で答えた。

「大丈夫です。ちょっと目の前を横切ったら、怒られちゃって……」

「ありゃ酷いな、いまのはどこぞの議員様よ。カメラが回ってないときゃ、ああも横柄なのかね」

「自分の近くに知らない人がいたら嫌なんでしょうかね」

「そんなんじゃ、人前に出れねえな……だから、あんなにゾロゾロ引き連れてるのか……おっと、そろそろ船に乗り込む時間だ。ニィちゃんもか?」

「ええ。フェリーですよね、出港しそうですか?」

「ああ、時間だ。だけど、気をつけた方がいいな。さっきの奴も同じ船だ」

「それは困ったな。……絡まれないように気をつけます。近寄らない方がいいですもんね」

「そうだな。ああいう奴は気が短い。変なことに巻き込まれないように注意しろよ」

「ありがとうございます。気をつけます」

「じゃ、またあとでな」

 アロハを着た男はそう言って乗船口の方へ歩いていった。金之介はそれを見届け、自身も船に乗るために歩きだす。



 フェリーが出発して四十分が経過した。離島までは約三時間かかるため、まだ半分も来ていない。

 金之介は甲板に出ていた。穏やかな心地よい風が吹いている。

 同じように、暇を持て余した何人かが甲板に出ていた。

 そろそろ始めたいと思うのだが、チャンスはまだ来ない。目当ての議員はというと、ラウンジで喉を潤しているところだった。さすがにアルコールは飲んでいないようだが、人の目が少ないフェリーの中ということで、取り巻きたちをアゴで使っている。

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