ゼノスフィード・オンライン

光喜

プロローグ (1)

プロローグ


 オウリ。

 俺の名だ。桜理と書く。姓はない。

 出来損ないが家名を名乗ることは許さん──と言われたからである。

 ファンタジーな世界観に和風な名字は似合わない。アホか。頼まれても名乗る気ねぇよ、と思ったが、口には出さなかった。が、当時の俺は中学一年生。反抗期の真っただ中だ。顔が物語っていたらしい。ぶん殴られた。親父は手が早い。


《ゼノスフィード・オンライン》


 サードアームズ社が開発、運営するVRMMO‐RPG。

 VRとは電子的に異なる世界を作り上げる技術だ。

 厳密に言えば若干違うらしいが、昨今ではそういう認識で問題ない。

 元々は軍事目的で開発されたと言われている。仮想現実バーチャルリアリティで死亡してもデータ上のことでしかない。復活できるのだ。安全に演習を行える。データを弄れば様々な環境での演習も可能となる。国は軍事目的の開発を否定するが、VR技術と軍事との親和性の高さから、誰も信じる人がいないのが現状だ。

 さて、開発の動機はともかく、VRは可能性を秘めた技術だった。

 まずVR技術に目を付けたのは一般企業だ。

 仮想現実上に社屋を用意してやれば、どこからでも出社できるようになる。ワールドワイドに展開する多国籍企業にとって大きなメリットだ。支社が地球の裏側にあったとしても、仮想現実であれば一瞬で訪問できるのだ。それは自社だけに限った話ではない。他社を訪れる際もまた同じ。企業はこぞって仮想現実に社屋を構えるようになった。

 需要が生まれれば技術は磨かれていく。

 度重なるコストダウンの果てに、仮想現実は個人でも手が届くようになった。仮想現実にアクセスするためのヘッドセットが家庭にある光景も珍しくなくなった。

 それに目を付けたのがゲーム会社だ。

 仮想現実上に異世界を構築し、そこで冒険を繰り広げるのだ。

 そうして生まれたのがVRMMO‐RPGというジャンルである。

《ゼノスフィード・オンライン》──《XFO》もその一つのタイトルだった。


《XFO》の舞台となるのは剣と魔法の世界《ゼノスフィード》。

 ヒューマン、エルフ、ドワーフと様々な種族が住む。各種族はそれぞれで国を作り、国家間の対立は少なからずあったが、表面上は友好的な関係を築いていた。

 魔物の存在があったからである。

 魔物の脅威から身を守るには、人同士で争っている場合ではなかった。

 巨人ジャイアントはそれで失敗している。世界に覇を唱えんとしたのである。巨人は世界の盟主に足る種族だった。並の魔物では彼らの相手にならなかった。だが、巨人といえど種族の誰もが戦えるわけではない。戦争で戦士が減り出すと、国土のさんしょくを魔物に許すようになり、次第に国力を落としていった。巨人は停戦を申し出、各国はこれを受諾。しかし、遅きに失した。巨人は魔物に抗うだけの力をなくしていた。巨人は滅亡した。

 以来、戦争の機運が高まると、「巨人の轍を踏むな」という言葉が、為政者に贈られるようになった。

 巨人の失敗を戒めとし、世界は大過なく続いていく──かに思われた。

 聖歴423年、転機が訪れた。

 生きとし生ける者の天敵、魔族が突如現れたのである。

 魔王シュラム・スクラントは世界に宣戦を布告。

 一国を瞬く間に滅ぼした。

 危機感を抱いた人類は種族の垣根を越え魔族に立ち向かう。しかし、強靭な肉体と膨大な《魔力》を兼ね備えた魔族の前に散るのみ。魔族の版図は電光石火の勢いで広がっていった。

 見かねたしちたいしんは一計を案じる。

 異世界《アース》から強者を召喚したのだ。

 その強者こそプレイヤーであった──というストーリーである。

《XFO》はサービスが開始されるや否やゲーマーが殺到した。人気の過熱ぶりは、サーバーに負荷をかけないようログイン制限がかけられたほどである。アカウントがオークションで一千万円で落札された──なんて逸話まであり、《XFO》は社会現象となっていた。

《XFO》が他のVRMMOと一線を画すのはNPCノンプレイヤーキャラクターの存在感だ。

 ゼノス人と呼ばれるNPCは、プレイヤーである人間と見分けがつかない。

 エルフであれば耳が尖っている、ドワーフであれば樽型の体型と、両者は外見から見分けることができる。しかし、プレイヤーたるハイヒューマンと、ゼノス人たるヒューマンの差異はないに等しく、プレイヤーだと思っていたパーティーメンバーが、実はNPCだったなんて話もよく聞かれた。

《鑑定》スキルで種族の確認が常識になってからは間違いも減っていったが、裏を返せばスキルに頼らなければ見分けられないほど、人間的な受け答えをNPCがするということである。これが主要なNPCだけならまだしも、農民の一人ですら個性があるというのだから凄まじい。他社のゲームクリエイターはどんな技術を使って実現しているのかと首を傾げていたと言う。

 そんな《XFO》のアカウントをなぜか親父が持っており、俺にやれと渡してきたのだ。

 親父はゲームを嫌っているはずだ。胡散臭いことこの上ない。

 だが、別の世界へ行けるというのは魅力的な提案だった。

 家に俺の居場所はなかったから。

 弟は俺を出来損ないと見下し、母親は俺に見向きもしない。親父は……なんだろうな。冷遇はされていなかったと思う。優しくされた覚えもなかったが。今となっては確かめようのないことだが……アカウントを俺に渡したのは厄介払いだったのか……。

 家名を名乗るなと言う親父の意向もあり、俺はプレイヤー名をオウリで登録。

《ゼノスフィード》に召喚されたハイヒューマンの一人となった。

 それからの日々は怒涛の如く過ぎていった。

 右も左も分からない世界でひたすら魔物を倒し続け、気が付けばトッププレイヤーの仲間入り。魔王シュラム・スクラントの討伐隊に参加し、見事討ち果たすことに成功した。あの時の宴は忘れられない。プレイヤーの笑顔。ゼノス人の賞賛。MVP報酬を盗まれた。

 見覚えのある剣に気を取られ、盗賊に遅れを取った。後日、自分で鍛え露店で売った剣だと思い出し、大笑いした。当然、盗賊には痛い目にあってもらった。

 騎獣が欲しくて走りトカゲの卵を買った。十日間経っても孵化せず不良品かと思っていると、殻を破って顔を出したのはなぜか黒竜。ヤーズヴァルと名付けた黒竜はすくすくと育ち……育ちすぎたので野生に返した。ヤーズヴァルに会いに行けば、じゃれ合いという名の殺し合いだ。


 そして《XFO》はデスゲームとなった。


 世界を渡る魔法《ログアウト》が封印され、《アース》との繋がりが切れたことで復活もできなくなった──という設定で。

 だが、デスゲームは嘘ではなかった。

 俺が安全を確認してサーバーを止めてやる、と言い残し自殺したプレイヤーがいた。

 何日経っても《ログアウト》はなかった。

 それが答えだ。

 多くのプレイヤーがチャプター5のボス、堕神スニヤの討伐を目指した。デスゲームの開幕を告げたシステムメッセージ。それによればスニヤこそが世界をデスゲームにした元凶であり、チャプター5のクリアで《ログアウト》が可能になるとあったためである。

《XFO》が現実だったらな、と夢想するプレイヤーは多かったので意外だった。

 ただ、分からないでもない。家族を恋しいと思う気持ちは。

 俺もまた家族のために行動していたのだから。

 家族の定義とは何だろう。

 血の繋がりか。

 俺は違うと思う。

 だから、俺の家族は一人だけ。

 妹だ。

 行き倒れているところを拾った。

 出来損ないは要らないと捨てられたらしい。

 他人事とは思えなかった。

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