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十歳の最強魔導師

天乃聖樹

第一章 『綺麗な人』 (1)


第一章 『綺麗な人』



 太陽が三度昇り、そして三度沈むくらいのあいだ、フェリスは歩き続けた。

 なるべく街道は避け、森に身を隠しながらの旅である。いつ追っ手が来るか分からないので、フェリスはびくびくしていた。親方たちは怖かったが、みんなを殺した旦那たちはもっと怖かった。

 かびたパンをくれる人さえいないから、お腹は鳴りっぱなしだ。森に生えていたモジャモジャの葉っぱを引っこ抜き、フェリスは首をかしげた。

「これ……食べられるんでしょうか……」

 名も知らない植物だった。色は緑で、あまり危ない感じでもない。だが、もし毒があったら、今度こそ誰も助けてくれる人はいないのだ。まあ、魔石鉱山にいた頃だって、たとえフェリスが正体不明の植物を食べて苦しんでいたとしても放置されただけだろうが。

「うーん、うーん、食べるしかないです!」

 迷いに迷った末、フェリスは意を決して葉っぱを口に突っ込んだ。

 苦い。でも、食べられないことはない。少なくとも生命の危機を感じるタイプの味ではない。なにより、お腹が空きすぎていて細かいことは気にしていられない。

 フェリスは同じ草を手当たり次第にむしり取り、お腹に詰め込んだ。その勢いに驚いたのか、近くから小さなネズミが逃げて木の幹を駆け上っていった。

 とりあえずの空腹を満たすと、次は喉の渇きが堪えがたいものになってくる。小さな体だから、たくさんの水分は保持できないし、今の草のせいで口の中が苦くてたまらない。水気の多い植物でも生えていないかとフェリスは森の中を探すが、なかなか見つからなかった。その代わり、地面に水たまりができているのを発見する。

「ありがとうございます! いただきます!」

 フェリスは誰にともなくお礼を言って、地面に伏せた。水たまりに直接口をつけ、喉を鳴らして泥水をすする。えぐい味にむせそうになるが、生きるために我慢した。

「……ぷはっ。ごちそうさまでした」

 フェリスは茶色く汚れた口元を手の平でぬぐい、再び歩き始めた。もし誰かが通りがかったら、どんな野生児かと思ったかしれない。しかし、フェリスは人通りのありそうなところに近づかないようにしていたから、人に見られることはなかった。

 まずは大勢の人、それもフェリスを守ってくれそうな人たちがいるところまで、無事にたどり着く。それがフェリスの目標だった。

 夜になると、昼間とは打って変わって空気が冷たくなった。あちらこちらから獣のとおえも聞こえてくる。フェリスは恐怖と寒さに震えながら、木の洞に逃げ込んだ。縮こまって身を隠し、夜が明けるのを待つ。それは捕食者から逃れるための小動物の本能だった。

 怖くて、心細くて、胸が締めつけられるようで、フェリスは自分の膝をぎゅっと抱え込む。そうしていると少しだけ落ち着く感じがした。

 目覚めると、朝にはいつも体が冷え切っていた。疲れの取れていない足で走って体を温めながら、陽光の熱をなるべく吸い込もうとする。

 栄養不足と、睡眠不足、極度の疲労。鉱山の仕事で鍛えられていたフェリスは丈夫だったが、それでも体力は限界に達しようとしていた。ようやく街が見えてきたとき、フェリスは思わずあんして駆け出し、目まいで転んでしまうほどだった。

「ひあ!?

 舗装された街道の路面におでこをゴンっと打ちつけ、悲鳴を漏らす。おでこを真っ赤に腫らしながら、フェリスは頑張って起き上がった。

 もう少し、もう少しで、まともな人たちに会えるのだ。旦那たちから守ってもらいたいという当初の目的はすっかり忘れてしまい、今はただ孤独感がフェリスに最後の力を振り絞らせていた。

 もちろんフェリスは、自分が孤独感を覚えているとは気付いてもいない。ただ、夜道に見つけた灯りに吸い寄せられるかのように、ふらつきながら街に向かった。

 その街には建物が数え切れないほど並び、周囲を城壁に囲まれていた。街道からは橋が渡され、開きっぱなしの門につながっている。フェリスは街に近づくにつれ、鼓動が速まるのを感じた。

 鉱山に連れて来られるよりずっと前、家の中で暮らしていたことはうっすらと覚えている。けれど、その記憶はどこまでもぼんやりとしていて、フェリスの内部ではほとんど存在感を残していない。だから、異質なものに対する期待と不安がないまぜになって、十歳の少女の小さな体のうちにぐるぐると駆け巡っている。怖いけれど、中を早く見てみたかった。

 門のところには、盾とよろいを装備した番兵が退屈そうに立っている。その腰に差している剣が、フェリスには脅威に感じられた。親方たちもナイフは持っていたけれど、あの剣は大きすぎる。とても、なにかの作業をするための道具には思えない。

「あ、あの、すみません……通ってもいいですか……?」

 フェリスはおっかなびっくり門番に尋ねた。そこを通り抜けることをとがめるような威圧感を、門番から感じたからだ。

 門番はうさんくさそうな目でフェリスを見やる。

「別に構わんが……余計なことをしたらろうにぶち込むぞ」

「は、はいっ!」

 フェリスはすくみ上がった。牢というのはとても恐ろしい場所なのだと、親方たちの会話で又聞きしたことがある。余計なことをしないよう充分に注意しなければならない。ただ、余計なこととは一体なんなのか、フェリスには分からないのが難点だった。

 フェリスは門を通り抜け、城郭都市に足を踏み入れる。ずっと獣だらけの平野を旅してきたから、人里にたどり着いたという事実だけで少し安心感を覚えた。

「うわぁ……人がたくさんいます……」

 フェリスは周囲をきょろきょろ見回しながら、石畳の道を歩く。

 こんなに建物がひしめき合っているのなんて、見たことがなかった。

 こんなに大勢の人が行き交っているのなんて、見たことがなかった。

 鉄の臭い、甘い匂い、辛い匂い、爽やかな匂い、鋭い匂い、どんよりした匂い。様々な匂いが入り乱れ、鼻を刺激してくる。

 建物の軒先には、いろんな品物が置かれている。美味しそうなお菓子、可愛らしい置物、真新しい文房具。フェリスにとって、商品のほとんどが初めて目にするものだった。どれもキラキラしていて、魔石の粉にまみれていない。

 人間だって、小さな子供から、若い女の人、老人、赤ん坊まで、様々なサイズの人がいた。普段むさくるしい鉱夫しか見ていなかったフェリスには、頭が混乱してきそうなくらいバラエティ豊かだ。

 フェリスはくらくらしながら、店先に並んだ品物へと近寄っていく。それは単なる好奇心だった。茶色の皮で包まれたお菓子──フェリスはそれがチョコレートケーキだと知りもしなかったが──を近くでよく見てみたかった。

 すると、品物のそばに立っているおばさんが顔をしかめる。

「なんだ、このガキは。寄るんじゃないよ! しっ、しっ!」

「ご、ごめんなさい!」

 フェリスは建物から飛び退くようにして離れた。心臓がバクバク鳴っていた。こんなに人に近づいたのは久しぶりだし、攻撃されそうになったのも久しぶりだったのだ。なにか、自分がいけないことをしてしまったのは分かった。でも、なにがいけないのかも分からず、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 フェリスを追い払ったおばさんが、他の大人たちと大声で話す。

「汚いガキだねぇ。なんだいあれは。親はなにをしているのかねえ」

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