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十歳の最強魔導師

天乃聖樹

プロローグ (2)

「ああ。地べたに落ちたパンをがっつくなんて、完全にケダモノだ。ざんぱんあさりのゴミ女だぜ。うちにも女の子はいるけど……同じ生き物とは思いたくないね」

「もうちょっと色気があったら、宿に連れ込んで夜の仕事でもさせるんだがなぁ」

「はははは、冗談。あんなのいたって、あっという間にこっちがえちまわぁ」

 下品な笑い声。

 だが、そんな悪意もフェリスには分からない。フェリスはただ、雨風をしのぐ場所があり、食べる物をもらうことができ、命を脅かす者がいなければ、それだけで幸せだった。

 そう、時々胸を刺す鋭い痛みが、孤独感だということは知らなかったし。

 親方たちがサンドイッチや肉を美味しそうに食べているのを見るときに感じる胸の焦げるような感じが、羨望だということも知らなかった。

「今日もごはんがもらえて、わたしは幸せです!」

 鉱夫たちの罵倒を受けながら、にこにこと笑う。

 フェリスは、幸せな鉱山奴隷だった。


 翌日、魔石鉱山に『旦那』たちが現れた。

 いつものごとく、フェリスは坑道の入り口に身を隠し、怖々と外の様子をのぞく。親方からは旦那たちに姿を見せないようにと命じられていたし、フェリスもその命令に異論はなかった。旦那たちは、漆黒の長いローブを身に着けていた。まるで病人のような青白い顔の中で、落ちくぼんだ眼だけがらんらんと輝いている。その手には、見事な装飾のされた棒きれを持っていた。

 鉱夫たちも旦那たちのことは恐れているのか、突っ立って遠巻きに眺めている。親方も旦那たちには頭が上がらないらしく、普段とは打って変わって丁寧に出迎える。

「どうも、旦那方。わざわざおいでくだすってすんません」

「本当に魔石を掘り尽くしたのかどうか、調べなければならない」

 ローブを着た長身の男が、感情のうかがえない口調で告げた。

 隣に立っている隻眼の男が、棒きれを掲げる。棒きれの先端から奇妙な円環と紋様が広がり、空中で赤々と輝いた。隻眼の男がぼそぼそとつぶやく。

「確かに……魔石はもう埋蔵されていない……」

「そうか。ならば、この鉱山はもう用済みだ」

 長身の男が棒きれを振り上げる。

 すると、棒きれの先に大きな円環が出現し、円環から炎が噴き出した。炎はごうごううなりを上げながら渦巻き、男の頭上でれんの巨大な塊に膨れ上がっていく。そこから生じる熱波は、坑道に身を潜めているフェリスの頬を焦がすほどに強く、たけだけしい。

 鉱夫たちがざわついて後じさった。親方も血の気を失って尋ねる。

「だ、旦那……? なにをなさるつもりで……?」

「無論、我が魔術で消滅させるのだ。痕跡は存在していてはならぬ。この魔石鉱山も、貴様たちも」

「ま、待ってください! わしらは人にしゃべったりしませんて! 他の鉱山に移らせてくれりゃあ、また旦那たちのためにせっせと働きますんで!」

 長身の男は笑った。

「ふん。魔石鉱山で働いていた貴様らは、いずれにせよ濃密な魔力で身をむしばまれているから長くはない。我が手で葬られることを、真実の女王に感謝するがいい」

「いやいや、魔力に汚染なんてされてませんぜ! わしらは鉱山に潜ってませんから! 代わりにあいつを──」

 親方の命乞いは、最後まで聞かれることさえなかった。なぜなら、円環から放たれた業火によって、親方の肉体ごとき消されたから。

 鉱夫たちは絶叫を響かせて逃げ惑う。しかし、彼らは数歩と走ることもできない。すぐさま業火が追いつき、鉱夫たちの体を呑み込む。肉が焼ける臭い、骨のぜる音、断末魔の悲鳴。それはきょうかんの地獄絵図だった。

 一瞬で炎は鉱夫たちを消滅させ、炉や工具、地面すらも焼き尽くしながら、坑道へと迫ってくる。フェリスは恐怖にき立てられ、坑道の奥へ駆け込む。そんな少女の姿に、『旦那』たちは気付かなかった。

 魔石鉱山が魔術の業火に包まれるのを見届けると、互いにうなずき合う。

「これで良いだろう」

「うむ。断滅の炎に焼かれれば、何一つとして残るものはなし」

「すべては闇に葬られ、この鉱山が存在したという事実は消失する」

 大量虐殺を終えたばかりとは思えぬ淡々とした風情で、ローブの男たちは鉱山から立ち去った。


 地獄の業火が、追ってくる。

 岩を溶かし、土を燃え上がらせながら、フェリスを呑み干そうと迫ってくる。

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 フェリスは死に物狂いで坑道を潜った。

 もはや坑道は走れる幅ではなくなっており、って進むしかない。必死に地面に突き立てる爪は幾つも割れ、き出しの膝は擦り剥け、血の跡が後ろに線を作っていた。

 だが、フェリスは気にしている余裕がない。鉱夫たちを殺したのと同じ炎が、今まさに自分を焼き殺そうと突進してきているのだ。

 坑道の突き当たりにまで到達してしまい、フェリスは全身の力がえるのを感じた。けれど、本能的な衝動に駆られ、行き止まりの岩盤に爪を突き立てる。拳を叩きつける。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 頭の中をその言葉に占領され、涙を飛び散らせながら、なんとか活路を開こうとする。爪が砕け飛び、激痛が指に走る。鼻を突くような異臭に、激しくき込む。

 と、背後で不気味な音がした。フェリスは即座に振り返る。視界に映ったのは、眼と鼻の先にまで迫った炎。フェリスの心臓が凍りついた。追い詰められた少女の喉から、絶叫がほとばしる。

「いやああああああああああああっ!」

 その刹那、フェリスの体から漆黒の嵐が噴き出した。きらめく粒子が、凶暴なほうこうを響かせる闇が、業火に襲いかかる。

 闇は炎にらいつき、呑み干し、吹き飛ばした。天地を揺るがすようなごうおんと共に、魔石鉱山が爆発する。風が荒れ狂い、れきが大地に降り注ぐ。

 しかし、その瓦礫がフェリスを傷つけることはなかった。闇がガラス玉のようにフェリスの周りを囲み、その体を守っていたのだ。鉱山を暴れていた炎は消え去り、辺りには粉々になった土砂しか残されていない。

「な、なんで……助かった……ですか……?」

 フェリスは震えながら、誰にともなく訊いた。けれど、その問いに答える者はいない。体を守っていた闇も薄れ、静寂だけが世界を満たす。

 フェリスはなにがなんだか分からなかった。だが、ここにずっといてはいけないということだけは分かった。親方たちを殺した旦那たちが、いつ戻ってくるかしれない。

 フェリスは素早く周囲を見回した。人の姿がないことを確かめると、跳ね起き、無我夢中で鉱山の跡地から逃げ出す。体中が痛くて、熱い。目まいもひどい。それでも休んではいられない。

 早く、早くここから離れなければ。安心できる居場所を見つけなければ。

 それがどこなのかは見当も付かなかったが、フェリスはひたすら走り続けた。

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