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十歳の最強魔導師

天乃聖樹

プロローグ (1)


プロローグ



 今年で十歳になったフェリスは、鉱山奴隷だった。

 坑道の中は狭苦しい。入り口付近は大人も入れる幅だが、少し奥に行くと、フェリスの小さな体を通すのがやっとだ。

 だが、それで問題ない。鉱山で採掘をしているのは、フェリスただ一人だからだ。親方や鉱夫たちはなぜか、坑道には近寄ろうともしない。フェリスが魔石を掘り出してくるのを、外で精錬の準備をして待っている。

 フェリスはツルハシを握り締めて、坑道を潜っていく。辺りは真っ暗だが、長年の作業で夜目が利くようになっているし、道はちゃんと覚えているので、迷うことはない。

「……ふう。えっと、昨日はここまで掘ってましたから、今日はこの辺からです」

 坑道の奥にたどり着くと、フェリスはツルハシで土を掘り始めた。髪の毛は伸び放題、ワンピースはボロボロ、顔は泥まみれだが、そんなことは気にもしない。

 親方たちに怒られないよう、しっかり魔石を持って帰らなければならないのだ。空気が薄くて息苦しいけれど、一生懸命に掘り進める。

 しかし、今日はどれだけ掘っても魔石が見つからない。最近、魔石の採掘量が減っているせいで親方たちの機嫌が悪いから、フェリスはなんとかして少しでも手に入れたかった。ツルハシだけではなく空いている手も駆使しながら、奥へ奥へと掘っていく。

「なんだか、頭がくらくらします……」

 フェリスは息をついた。少し休憩しようと思い、窮屈な空間の中でなるべく楽な姿勢を取ったとき。

 天井が、砕けた。

「ひあっ!?

 驚いて逃げる暇もない。土砂がフェリスの上に崩れ落ち、体を押しつぶそうとする。一瞬で肺の中の空気が押し出されてしまい、フェリスは無我夢中で土をいた。天井が次々と崩れ、坑道が埋まっていく。ただ死にたくない、その一心でフェリスはもがいた。

 なんとか落盤から抜け出したときには、フェリスはすべての体力を使い果たしていた。息切れはするし、体のあちこちから血は出ている。だが、このまま坑道の中で力尽きたら誰にも助けてもらえないことは明らかだったので、最後の力を振り絞って坑道を上っていく。ようやく地上にたどり着き、フェリスは半死半生で坑道の入り口に倒れ込んだ。離れたところでは、全身を防具で覆った鉱夫たちが魔石を待っている。

「おい、まだか」「さっさとトロッコに魔石を載せろ」「こっちの仕事が進みゃしねえんだよ」「ホントに役立たずだな、てめえは」

 鉱夫たちから浴びせられる言葉。

 そのとき初めて、フェリスは自分が魔石を持って帰っていないことを思い出した。あまりにも切羽詰まっていたから、そんなことを考える余裕がなかったのだ。

「あ、あの……、中で天井が崩れちゃって、怪我けがして……」

 フェリスは恐る恐る言った。

「うわあ、マジだ」「血まみれになってやがる」「気持ちわりぃな」「こいつ、もう使えなくなったかな」

 鉱夫たちはフェリスを手当てしてくれようとはしない。それどころか、近づこうともしない。とはいえ、距離を置いているのは普段通りだ。採掘はフェリスの担当、精錬が鉱夫たちの担当だと決まっているからだ。

 あるとき、息を荒げてフェリスに近寄ってきた鉱夫が血を吐いて倒れてからは、鉱夫たちはさらに遠くからフェリスに話しかけるようになった。魔石の受け渡しだってトロッコを使っているから、フェリスに接近する者は誰一人としていない。

 筋肉質な鉱夫たちのあいだから、特に体格のいい男性が進み出た。浅黒い肌、眉間に刻まれた深いしわ。この魔石鉱山の親方である。親方はいつも以上に不機嫌そうな顔で、フェリスをにらみつけた。

「魔石はどこだ」

「え、えっと……今日は、全然見つからなかった、です……ごめんなさい……」

 フェリスは縮こまって謝った。

 十歳という年齢にしては丁寧なしゃべり方だが、フェリスが丁寧語を覚えたのは、そっちの方がパンをたくさんもらえることに気付いたからだ。親方の機嫌が良ければ、パンの量が増える。そして、親方はみんなから尊敬されることを喜ぶようだった。

 だからフェリスは、鉱夫たちが親方に向かって話すときの言葉に聞き耳を立て、その中から個人差のある不純物やなまりを除いて、綺麗な話し方で親方を敬うように注意した。

 すると、以前は親方の機嫌が悪いときは一つまみほどのパンしかもらえなかったのに、ちゃんと一つかみのパンをもらえるようになった。親方の機嫌が良いときなんて、つぶれたパンを二つか三つ投げてもらえることもある。お陰で、フェリスは鉱山の中に潜っているときにお腹が鳴る頻度を減らすことができた。

 フェリスは馬鹿ではなかった。自分の生存に必要なら、しっかりと周りを観察し、分析して、対策を練ることができた。

 ただ、フェリスはあまりにも無欲で、生存に必要な分析しかしなかったから。

 ただ、目にする相手があまりにも少なくて、情報量が足りなかったから。

 フェリスは、なぜ魔石鉱山に自分だけが潜らされるのか、知らなかった。

 なぜ魔石鉱山に潜っても死なないのか、知らなかった。

 そもそも、魔石が魔術のエネルギー源であり、魔石鉱山が人間にとって致命的に有害であることさえ、まったく知らなかった。フェリスは現状に満足していたのだ。これ以上の生活があることを知らなかったから。

「魔石が見つからなかっただと……?」

 親方が眉間のしわをさらに深くする。

「は、はい……」

 怒られるのだろうか、殴られるのだろうか、今日は食事ももらえないのだろうかと、フェリスは心配した。魔石を掘りあてることができなかった自分が悪いのだから、怒られるのは仕方ない。けれど、殴られるのは嫌だった。

 物心がついたときには、この魔石鉱山にいて、奴隷として働かされていたが、当初はよく殴られていた気がする。殴られるのは、痛いし、悲しいし、切ない。だから、フェリスはびくびくしながら親方の表情を観察した。もし襲いかかってきたら、すぐに坑道の中に逃げ込みたいと思った。

「ふん……この鉱山も掘り尽くしたってとこか……。旦那たちに報告しねえとな」

 親方は舌打ちする。フェリスは親方が『旦那』と呼ぶ人間を、坑道の中から何度かのぞいたことがあった。近づきたいとは思えない、不気味な空気を漂わせていた記憶がある。

 鉱夫が親方に尋ねる。

「今日の仕事はどうするんです」

「そりゃお前、切り上げるっきゃないだろ。魔石がなきゃ仕事にならねえ」

 親方は肩をすくめ、フェリスの方にパンを放り投げた。パンは泥に汚れながら、地面を転がってフェリスの前で止まる。

「あ、ありがとうございます!」

 フェリスはカビの生えたパンに飛びつき、はぐはぐとむさぼった。

 それを遠くから眺め、鉱夫たちが口々に言う。

「まったく、ゴミみたいなガキだなあ」

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