異世界でも無難に生きたい症候群(サーガフォレスト)

安泰

01 (2)

 その動きは再びゆっくりだ。感情を感じないのに弄ばれているかのように錯覚する。

 体の震えが止まらない、先ほどまで脅威だった巨熊はすでに骨すら残っていない。

 それが自分の数分後の結末なのだと、認め始めている自分がいる。

「あ……ああ……」

 恐怖に飲まれまったく声が出ない。闇雲に掴んだ石を投擲する。

 だが冷静さを欠いた投擲はスライムに当たることなく宙を舞い、奥に飛んでいきその先にある木の幹に辺り心地の良い音を響かせる。

 そしてスライムが爆ぜる。

「……?」

 スライムが飛びついたのは後方の木だった。

 圧倒的物量により木が倒壊する。

 そして奇妙な光景を目にした。

「木を食ってる……?」

 ここに来て察する。このスライムは音に反応しているのだ。

 聴覚があるというより振動を感じ取っているのだろう。

 咆哮した熊を襲い、咳き込んだこちらに反応し、後ずさった音で攻撃を行った。

 そして今は大きな音と共に、倒れた木に攻撃を仕掛けている。

 周囲を見回し手ごろな石を拾い集め、立ち上がる。

 スライムは飛び掛った先に獲物がいないことに気づいてか、こちらの再び立ち上がる音に反応を示し、動き出す。

 拾った石をなるべく音を立てずに離れた木に投げ、命中させる。

 その音にスライムは反応し飛び掛り、再び木が倒れる。

 それと同時に走り出し、逃げ出した。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 道中何度も振り返り、追っ手が無いか確認し、いるかもしれないという恐怖から近くの木に石を投げては走った。

 どれだけ走ったのかは分からない。

 疲労困憊になり木にもたれ、肩で息をしていた。

 空は明るみを帯び、気づけば幻想的だった森は、一般的な茶色と緑の木々に囲まれた普通の森へと変わっていた。

 生きてるって素晴らしい。

 素晴らしいのだがどうしてこんな目に遭っているんだ。

 なんでこんな世界に飛ばされたのか。

 読み物として読んだ異世界への移動として、ポピュラーなものは何らかの理由があってこの世界に召喚されるという展開だ。

 当然ながらこの身に特異体質なんて物はないし、勇者の血筋というわけではない。

 こちらに理由が無いなら相手側の理由による事故などが考えられる。

 神様の気まぐれや不手際、この世界の召喚術の失敗などなど。

 この際不手際や失敗でもいいから、目の前に驚いた顔の召喚者がいて欲しかった。山に放置はあんまりだ。

「勇者になって魔王を倒すとか、亜人系の美少女に囲まれるハーレムとかそういうの良いから無難に生きさせてくれ……」

 いない者に文句を言っても始まらない。一息ついたら進むとしよう。

 冷静になるまで気づかなかったが、今いる普通の森は生き物の気配がところどころに感じられる。

 さえずる鳥の声、木々の隙間に巣を張る蜘蛛、透明の木々の場所では無かったものだ。

 恐らくあのスライムが生息しているせいで、まっとうな生き物はいないのではないだろうか。あの熊は偶然迷い込んだとかそんな感じで。

 とはいえスライムという食物連鎖の上位がいる場所にほいほいと行くものかね?

「なんにせよ……疲れた」

 呟くのと同時に意識を夢の中に預けることにした。



 ターイズ王国にある城にて会議が行われていた。

 揃う面々は銀色に輝く鎧を纏った騎士隊長達。そしてターイズ王に仕える重鎮達。

 そしてターイズ国王である、マリト=ターイズその本人である。

 マリトは齢二十五にして、現役であった先王から王の座を受け継いだ程の傑物けつぶつである。

 王となって二年、国内の様々な問題を解決し民にも絶大な支持を得ている。

 だが厄介な問題が発生し今の会議に至る。

「また護衛なしの商人が襲われたか」

「はい、一刻前に我らが護衛をつけていた馬車は素通りでしたが、その後に続いた者達が襲われ死体だけが残されていたようです」

「費用をケチった自業自得とは言え、うちの国を潤す商人達が襲われては示しがつかんな」

 近隣のガーネ王国が数年前に新王へと変わり、その手腕の影響で見事ガーネ国周囲での犯罪率は激減した。

 だがその結果、山賊を初めとする悪漢達がこちらに流れ着いてきたのだ。

 平野が広がるガーネと違い、山や森を多く含むこの地では野営地に困らない為、山賊達の多くは未開の場所へと姿を潜ませ、隙を見ては旅人を襲っていた。

 城下町や周囲の村などはマリトの判断で騎士を常駐させ、被害を出さずに済ませているがその道中となると難しい。

 国から護衛の騎士を派遣することはできるが、当然費用や人員の手間はかかる。無償で提供しようにも人員が足りないのだ。

 そうなると商人や旅人達は冒険者などを雇うことになるのだが、ターイズ王国は騎士の影響力が強いことで冒険者ギルドの規模が小さく人員は少ない。

 他国側ならギルドの規模もあり、人員は足りるかもしれないが、他国側に護衛をつけることを強制することもできない。

 結果護衛なしで横断しようとする者達が発生し、そこを山賊に襲われているのだ。

「山賊如き、襲ってくれば我が剣で粛清するものを……」

 と騎士隊長の一人が呻くがマリトはため息をつく。

 確かにターイズ王国に籍を置く騎士達の実力はすこぶる高い。数名でも百人以上の山賊を相手にできるだろう。

 だが山賊とてそれは承知のこと。騎士達が護衛する時には姿を一切現さないのだ。

 正々堂々と戦えば勝てるはずの無い戦いだ。当然と言えば当然である。

「山賊を斬るためにも、奴らの居場所を捉える必要がある。打開案があるものはいるか?」

 そういうものの、騎士達は口を出さない。以前は様々な案を出し、採用させ任せたがどれも空振りに終わっている。

 誇り高い騎士達の行動範囲では、悪賢い山賊はすり抜けてしまうのだ。

「山狩りも三度成果がない。もう少し見当がつけば効果も得られるだろうが……とりあえず今日は目に見えて深刻化している山賊への対処の任を与える人物を選定したい。候補者、推薦したい者はあるか?」

 これが他の任ならば、この騎士達は率先して立候補している。だが既に何名もの実力ある騎士隊長が失敗をしている為、この問題の厄介さを理解しているのだろう。

 そんな中手を上げたのは、騎士隊長の中でも最も高齢のラグドー卿であった。

「王よ、推薦したい者がおります」

「ラグドー卿か、ここにいる誰を推薦するつもりだ?」

「いえ、この場にいるものではありません。ですが実力があることは皆が知っています。我が隊のイリアスを推薦したいと思います」

 その名を出すことで騎士隊長達の顔が僅かに難しくなる。

「それはイリアス=ラッツェルの事か、良いのか?」

 マリトはイリアスのことを良く知っている。

 イリアスの実力、剣の腕だけならば騎士隊長にも負けぬ実力者であり国への忠誠心も申し分ない。

 だが評価は伸びない。その理由は──

「異世界でも無難に生きたい症候群(サーガフォレスト)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます