異世界でも無難に生きたい症候群(サーガフォレスト)
01 (1)


01 とりあえず人に会いたい。
はい、そんなわけで異世界に来ました。
本来ならば日常生活からどのようにして異世界に来たのか、回想シーンなどを使って振り返るのが異世界転生系のセオリーなのだとは思うのだけれども。人に話すと恥ずかしい話なので割愛させていただきます。
自分が地球出身の日本人男性という情報は提示するが、それ以上はプライバシーの問題上──、
「いや、そんなプロローグを流している場合じゃない」
現在の自分の状況説明。異世界の森の中。以上。
気がついたら森の中なんです。いやひょっとすると木々の生い茂った勾配の弱い山の中かもしれない。ちなみに何故異世界って分かるんだよって言うと、目の前にある木々が原因なんですよ。
反対側の景色がうっすら覗ける透明な幹。そしてほのかに発光している葉なんて幻想的なものが視界一面に存在する森が地球に存在するのだろうか。
あ、存在するのなら場所教えてください。老後に旅行しに行きたいと思います。
「ちなみに呆けて大体二十分経過している」
こんなに素敵な景色を見て感動するのが五分。冷静になってここどこだって考え始めるのが五分。地球じゃないよな、ひょっとして異世界かここと思考し始めること五分。とりあえず木々を見直して心のリラクゼーションタイムで五分。
そろそろ行動を始めよう。まずは自分の状態の確認だ。
「身体に怪我なし。異形化、紋章出現などのファンタジー兆候見られず。湧き上がる魔力などの感知なし。所持品……何もなし」
へへっ、省略してたけど家の外にゴミ出しに行ってた途中だったから何も持ってないや。スマホとか地球産の硬貨や紙幣の詰まった財布もない。いや紙幣は一枚程度だったけどさ。
とりあえずいきなりこんな場所に飛ばされただけで他に影響は皆無な模様。異世界転生ボーナスなんて無かった。
いや、冷静に考えて死んでないから、転生じゃなくて異世界転移かこれ。
時間帯はどうやら夜。木々の上は真っ暗。
また日本で見る月より数倍大きい星が見える。
満ち欠けが見られるので月と同じ衛星であり、衛星が見えるということはこの星も地球と同じく太陽系のような形と考えるのが自然だろう。
地球が存在している確率は天文学的な確率である。その確率を満たした別の世界に移動するだけでこれ以上ないご都合主義だよなぁ。
「──夜の森って歩いちゃ不味くなかったか」
夜に方角を知る方法として天体を見ることがあげられるが、異世界なので星の並びも違う。オリオン座や北斗七星くらいなら見つけられるが当然ない。
冷静に考えると方角が分かったところで、土地を知らないからどっちに進めばいいかも分からない。
なら進んでも良かろうて。幸いにもこの辺の草木は発光してるので、地球の森を夜に歩くより安全そうだ。
「スリッパじゃなくスニーカーでゴミ出しに行った事は褒めるべきだな」
適当に一時間程進んだ結果分かった事実。どうやらここは森ではなく山。
進む都度段差に出くわし、振り返ると徐々に山の形が見えるようになっている。
予想の一つ通り、ここは勾配の弱い山であり、スタート地点は山の頂上付近だったようだ。
ひとまずの指針は山を下りること。次に川を見つけることだ。
歩きながら考えついたのは当然ながら生命維持の方法である。食料は木の実、水分は夜露あたりで凌ぐつもりではあるが、生粋のサバイバーでない以上限界は来る。
正直生水を飲むのは怖い所だが、それは最終手段。川を見つける理由は水分補給以上に進路の目的を定めるためだ。
この星が人類未踏の惑星ならどうしようもないが、もしも文明が存在していて人類がいるのならば川はその基盤となりうる。
古代の有名な文明も、栄養豊富な土壌を運んでくれる川を中心に耕作を行い栄えたのだ。この法則は他の世界でも共通だと信じたい。
「だが、ここに来て問題が発生」
そう呟く声は非常に小さい。そりゃあそうだ。
遠めに見えますが、その、はい。熊です。めちゃくちゃでかい熊です。
動物園で見た熊さんは全長二メートルなかったんですが、この熊さん四メートルくらいあります。
君夜行性だっけ? ああ、この森明るいからね。問題ないよね。
前方二十メートル程だがばっちり見えた。いやぁ明るい分はっきり見えるなー、こっち見てるなー、捕捉されちゃってるよなー。
背筋が凍るという貴重な体験をしつつ考え中。
死んだフリ? 餌が転がるだけだ。
逃げる? 熊は下り側、逆方向に逃げようものなら熊さん大得意の上り坂チェイス。
戦う? ははっ猟銃あってもやだ。
そんな間にも熊さんこちらに唸りながらのそりのそり。
考えるんだ。考えて、早く答えを出すんだ。そうだこの手が!
「な、ないすとぅーみーとぅー?」
熊が咆哮する。どうやら西洋かぶれは許されないようだ。
一目散に駆け出す──なんて事はできない。足が震えて動けない。
そして熊はこちらを食べやすい餌と認識したのが駆け──ることはなかった。
突如熊が降り注ぐ緑黄色の液体に飲まれる。
四メートル級の巨大な熊の全身を容易に飲み込んだ液体は高い粘性を持っているのか、地面に広がることなく球体状になろうとしている。
熊の悲痛な叫び声と共に怖気の走るような音が液体の中から発せられ、液体の内部は徐々に黒く染まっていく。
血だ。熊の血が液体に混ざって黒く見えている。
異常な速度で熊の毛皮、皮膚、肉を溶かしている。
液体は意思を持って熊を捕食しているのだ。
「……スライムだ」
ファンタジー系のロールプレイングゲームをやった者なら知らない者はほとんどいないだろう。
目の前にいるのはソレだ。某有名ゲームのように可愛らしい目や口なんてないし、明らかに経験値一桁の雑魚モンスターではないが。
必死にスライムの中から逃げ出そうとする熊の悲痛な断末魔が森に響く。
だがその音はスライムが口の中に浸入する事で間も無く静かになった。
「うっ……くっ、げほっごほっ!」
感情など無く淡々と行われる凄惨な食事光景を目にし、吐き気がこみ上げる。
食事の後ならばそのまま吐いていただろうが、胃液が喉を焼く痛みだけですんだ。
だがここまで来てようやく自分の犯した致命的ミスを自覚する。
こちらの咳きに反応したのか、スライムがこちらに向かって動き出したのだ。
熊が襲われている間に足早に逃げるべきであった。それをのんびり眺め、あまつさえ音を出す愚行を後悔する。
だが動きは熊が歩む速度よりも遅い、これなら逃げればあるいはと後ずさりをする。
「──っ!?」
思考よりも先に恐怖から体が横に飛んだ。
先ほどまでいた場所がスライムに飲み込まれた。
その速度は破裂した水風船や放水車の放水を想起した。
スライムは捕食に失敗したことに何の反応も示さず再びこちらの方へ動き始める。
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