魔王の娘の百合戦記 TS転生した勇者は可愛い魔族やモン娘に囲まれた平穏な暮らしを守りたい

新生べっこう飴

第一章 魔の体と勇者の魂 (1)


第一章 魔の体と勇者の魂


 まず私が行ったのは……本当に魔王の娘は死んでしまっていたのか、という確認だった。これが生命体を乗っ取っての生まれ変わりだとしたら今すぐ自害してしかるべき案件だったからだ。

 だけど、『譲渡』できる魂はどこにも見当たらなかった。ならばやはり、魔王の娘は死んでしまっていたのだろうか──。

「ううん、それより現状の確認よね」

 しかし、この口調には慣れない。軟弱な、と女の子に言うつもりはないが、もっとしっかりできないものか。

 そう思って両腕を大きく回すと、ちゃりん、と腕から金属音がした。何だろうと思って見てみると、それは銀が所々げ落ちたような薄汚れた腕輪だった。しかし、縛るためのものではなく、飾るためのものだ。

 そこに名前が彫られていた。歪んだ字で、しかし丁寧に。

「エリーナ・ヴィレッジ……。これが、新しい私の名前」

 そして、今度は体内へ意識を巡らせる。やはり、魔族としてはけつぶつ並みの魔力がそこには眠っている。が……本当の意味で眠っている。おそらくは、魔法の鍛錬などろくにしてこなかったに違いない。これでは宝の持ち腐れだ。

 だが、裏を返せば成長の果てはどこまでもあるということ。これには修行オタクと自負する私もたかぶった。磨けば磨くほど光り輝くなんて、素敵なことだ。

えん

 試しに私は手元にあった石を握り込んで、魔族が使う火炎魔法の初歩の術を行使した。これなら別に危険はないだろう、と……。そう思っていた。

「わっ。わっ!」

 しかし、その黒い炎は石を溶かすだけでは物足りないとどんどん大きくなっていく。慌ててその火球を大岩に向けて投げ捨てると、着地と同時に大岩もろとも火球は爆散した。

「これが初級魔法……? 嘘でしょ?」

 確かに魔王戦でも見た光景だ。だが、一大陸を支配し、人類全員を攻め落とそうとしてきた魔王でさえ魔炎ではまさしくジャブのような砲撃しか行えなかったはずだ。むしろ、それを起爆剤として人類の兵器を魔改造してきたこともあったっけ。

 そして、思い至る。魔法に関しては既に多彩な研究が行われている分野だ。その一派に私もいたことがある。消耗戦に備えて、魔法理論の最適化に特化した研究をしてきたけれど、まさかその理論が魔族の身でも扱えるとは思わなかった。

 これがもし、魔王並みの魔力を扱うに至った状態で放たれれば……。

 その光景を想像して私は身震いをする。そして、同時に首をぶんぶんと。

 私の目的はあくまで、私の『譲渡』で生み出してしまった害を人間社会から取り除くことだけ。いくらぞうごんを浴びせられようとも、人類全てを滅ぼそうだなんて思わない。

 自分の取るべき責任を取った後は……その後は……。

 私はまた首を振って考えるのをやめた。今、その後のことを考えても仕方ない。まずは当面の目的をどうすれば果たせるかを考えるべきなのだから。

「魔王の娘かあ……。そりゃ、とんでもない逸材よね」

 こういう軽はずみな行動が自分を殺したというのに、人間そう簡単には変われないものだ。

 と、そこで新たな魔力反応が近づいてくるのを頭の上の大きな角が感知した。その初めての感覚に何だかもにょる。

 この角っておどかすためについていたわけじゃないんだなあ、と一人納得していると、遠くから一人の女性が走ってきた。魔族の目はよく見える。

 ……驚いた。アルビノと呼ばれる亜種族だ。髪は漆黒。たおやかな心根を表したような小さな純白の角。滑空するにも使えないだろう小さな翼を生やし、歳の頃は十代後半ほどだろうか、大人しそうな外見の魔族だった。

「エリーナ様! よくご無事で!」

 そして、息を切らしながらもりん、とした姿勢を保ち、私の名を呼ぶ。

「……エルサ」

 自然と彼女の名を呼んでいた。そう、昔からエリーナに仕えてくれている侍女で、名前が似ているねと二人で笑い合った……。

「っつ」

 そこで、突き刺すような頭痛。何だ、今の光景は。まさか、エリーナの記憶が残っているのだろうか……?

「エリーナ様、どこかお怪我を?」

「問題ないわ」

 何せ、別の人間に魂を『譲渡』するなど、初めての経験だ。こういうこともあるだろうと納得した。

「それよりエルサ。あなたも無事だったのね」

「はい。魔王様のお慈悲で逃れることが……。それで、エリーナ様をお守りすることもできず……申し訳ありません!」

「いいのよ。あれだけの猛攻だったんだもの。仕方ないわ」

 剣を持てば並び立つ者なしの剣聖と、人類最大の魔力を持った魔法使い、全てを創造することができる魔術師。それを率いる人類最強の勇者。

 それに魔王はたった一人で臨んだ。おそらくは自分でも敗北を予想していたのだろう、全ての臣下を逃がしての応戦だった。……もちろん、絶対の忠誠を誓う魔物や魔族の中には命令を無視して盾となった者もいたけれど。

 ……人間だった時の記憶と魔王の娘としての記憶が入り乱れている。これは早期にどうにかしないと。

「エルサ。私はこれより人間の住む大陸に行くわ」

「そんなっ。危険すぎます!」

「今、奴らはお父様を倒したことで浮き立っているわ。その隙を突かない手はないの」

「ですがっ!」

 先ほど出して見せた魔炎……は危険だと分かったので、その発動の気配だけを手の先に集中させてエルサに向ける。

 エルサはまるで捨てられた仔犬のような悲痛な顔で。

「……私はもう、一度死んだの。魔王城崩落の時にね。だから、もう今はただの幽霊のようなものよ。そんなものに仕える必要はないわ」

「まさか……み、見てください。従属の鎖です。私とエリーナ様を繋ぐ、大事な鎖はまだ……」

 エルサが持ち出したのは、人間族が奴隷に使うような拘束の鎖だった。しかし、別に首に繋がれているわけでも何でもない。捨てればそれだけの代物。だが、その性能は折り紙付きだ。

(……エリーナが、まだ生きている……ということ?)

 そうとなればますます私は急がなきゃならない。早く使命を果たして、この体を返さないと。そのワガママのために、この娘を付き合わせるなんて、ますますダメだ。

「……そんなもの、捨ててしまいなさい。私はもう、誰一人の協力も欲しくない。お父様も亡くなったのだから、私とあなたを繋ぐものもなくなったはずよ。しばらくは魔族にとって辛い時期が続くでしょうけど……強く生きなさい」

「エリーナ様、お気を確かに! 今のエリーナ様の目は……本当に、死人のようです」

「そうよ。私は今やただの死神。どうしても……しなきゃいけないことがあるの。じゃあね、エルサ」

 これ以上ボロが出ないように、私は地を強く蹴る。それだけで飛べないエルサはみるみるうちに遠くへ。ただ、そのひび割れるほどの悲壮な声だけが耳に残った。

「私は、いつまでもあなたの侍従です。エリーナ様!」

 欲しくない。そんなもの、いらない。

「仲間なんて……人間も魔族も同じものよ。仲間なんて……!」

 そして、大きな湖の上まで飛んできた。そこに映る姿は……なるほど、確かに魔族というより悪魔であった。

 しかし、そんな私を呼び止める声がまた一つ角に反応する。一旦は無視したけれど、それはどんどん大きくなって……。

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