テイマーさんのVRMMO育成日誌

ジャジャ丸

プロローグ



プロローグ



 見晴らしの良い草原に、獣のような雄叫びが響き渡る。

 空気を震わすほうこうを貫くように、金属の鎧に身を包んだ騎士装束の少年が、一気に前に躍り出た。

 狂暴化したモンスターから繰り出される攻撃を盾で受け、頭上に浮かぶHPバーを削りながら、少年は反撃とばかりにこんしんの力を込めて槍を振るう。

『キラ、《ユニオンアタック》のCTクールタイム明けまであと十秒よ、上手く合わせて』

『分かった、行くぞリン! うおぉぉぉ!!

 すずねえ──このゲームのアバターの名前にならって呼ぶなら、リン姉の指示を聞き、キラと呼ばれた少年──またの名を、私のバカおにいことひなもりあきらが、モンスターと同じような咆哮を上げながら更に前へと突き進む。

 対峙しているのは、緑色の肌をした巨人の戦士。ゴブリンキングという名前の、ボスモンスターらしい。

 ゴブリンというと、ファンタジー系のゲームではモンスターの代表格みたいなイメージがあるけれど、二人が対峙しているのは見上げるほどの巨体を持ち、人の身長くらいのサイズの斧を振り回していて、すごく強そうだ。

「ふあぁ、すごいなぁ……」

 そんな化け物相手に、一歩も退くことなく立ち向かっている姿は、たとえ画面越しの録画映像だと分かっていても思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 振り下ろされる斧を、その体を盾代わりに受け止め、仲間が作った隙を突いて反撃していくその戦いぶりは、普段あまりこういうRPGをやらない私であっても思わず手に汗握り、意味がないと分かっていても応援したくなってしまう迫力があった。

「ふふふ、そうだろうすごいだろう! みおもやっと兄の偉大さを分かって──」

「美鈴姉のモンスター達、かっこいいなぁ……」

「ってそっちかい!!

 隣でお兄が何やら騒いでる気がするけど、そんなものはまるっと無視して、私は食い入るように画面を見続ける。

 リン姉が指示を飛ばす度、周りにいたリン姉の使えきするモンスター達はまるで示し合わせたかのように、タイミング良く一斉にゴブリンキングへと襲い掛かる。

 ゲームだからと言われたらそれまでだけど、その一糸乱れぬ動きを見ていると、どうやったらあんな風に育てられるのかすごく気になる。

「だって、どの子もかっこいいし、可愛くない? ほら、このゴーレムとかがっしりしててイケメンだし、この狼みたいなのとか、もふもふしてて可愛い!」

「お、おう……? いや、ゴーレムはギリギリ分からなくもないけど……このケルベロス・キメラ、可愛いか……?」

 動画を指差しながら熱弁するけど、お兄は首をかしげて疑問の声を上げる。

 確かに狼は狼でも三つ首だし、体は虎、尻尾は蛇、首元にはライオンみたいなたてがみと、色々混ざってごちゃごちゃしてる感はあるけど、よっぽどリン姉に大事に育てられているのか、さっきから一番指示に対する反応が速いし、リン姉を守ろうと一生懸命なのが画面越しでも伝わってきて、とっても健気で可愛い。でも、お兄にはこれが分からないときた。

 はあ……やれやれ。

「全く、これだからのうきんお兄は……だからモテないんだよ」

「それとこれとは関係ないだろぉぉぉ!?

 お兄は今年高校二年生だっていうのに、未だに彼女いない歴=年齢の寂しい独り身だ。

 バレンタインのチョコも、私か、幼馴染でお隣さんでもある美鈴姉から義理チョコを貰う程度。それ以外に貰ったなんて話もほとんど聞いたことがない。

 実は私が聞いてないだけで、こっそり貰ってるという線もないことはないけど……前に一度だけ、部活で義理チョコを貰ったっていうだけで、それはもうすごい浮かれて私に散々自慢してきたことがあるから、貰ったのに黙ってるってことはないと思う。

「まあ、お兄がモテないのはこの際どうでもいいとして」

「良くねえよ!?

「もっと他のモンスターの動画とか撮ってないの?」

 お兄の抗議の声はまたまた無視して、私は動画の内容にケチをつける。

 今見ていた動画は、つい先週までβベータテストをしていた《Magicマジック Worldワールド Onlineオンライン》──通称《MWO》のプレイ動画だ。

 このゲームは、アポロクラフト社が開発した最新のVRギアを使用し、五感全てを再現した圧倒的な没入感と、高度なAIを搭載したことによるNPCノンプレイヤーキャラクターやモンスター達のリアルな反応が話題を呼んで、ちょっとした社会現象を起こしてるタイトルだ。

 βテストも当然のようにとんでもない倍率の応募があったんだけれど、ゲームに関してだけは途方もない情熱と運を発揮するうちのバカお兄は、どんな手を使ったのかきっちり当選して、事あるごとにそのプレイ中の動画を撮って私に見せてくれた。

 その中でも、特に私の目を釘付けにしたのが、《MWO》の世界に棲むモンスター達だ。

 元々動物好きな私だけど、住んでいるのがマンションなせいでペットが飼えなくて、ずっと携帯ゲーム機のソロプレイ用育成ゲームで我慢してきた。

 もちろん、それはそれで楽しくていいんだけど、やっぱり愛情込めて育てている子達と直接触れ合えないというのはかなりもどかしかった。

 その点、五感全てを再現した《MWO》なら、調教テイムさえしてしまえばいくらでも、好きなだけモンスターと触れ合える。それをお兄から聞いて知った時、私は何がなんでもこのゲームをプレイしたくなった。

 お母さんを拝み倒して、お兄にまで協力して貰って、なんとかかんとか自分用のVRギアを入手するところまでこぎつけて、後はもう今日の昼過ぎからの正式サービス開始を待つばかりの状態。となれば、とも自分が最初に育てるモンスターのくらい立てておきたいんだけど、それを試しにお兄に聞いてみたところ、見せられたのがこの動画だった。

 リン姉が使役してたモンスターは確かに可愛いし強いけど、どう考えてもあんなすごそうなモンスターを最初からテイムなんて出来ないだろうし、あまり参考にならない。

 そう言うと、お兄はバツが悪そうにポリポリと頬を掻き、苦笑を浮かべた。

「いや、それはそうなんだけどな、俺は純粋な前衛職だし、美鈴も最初に選んだのは《召喚術師サモナー》のほうだったから、初心者向けのテイム可能なモンスターってあまり知らないんだよ」

《MWO》でモンスターを使役出来る職業は二つあって、一つは今言った《召喚術師サモナー》。そしてもう一つが、私がなろうと思っている《魔物使いテイマー》だ。

 二つの違いは色々とあるらしいけど、ひとまずプレイヤーと一緒にレベルを上げて育てるのがテイマーで、アイテムなんかを合成して強化していくのがサモナーだって覚えておけばいいとお兄に言われた。

 職業は結構簡単に変えられるみたいだし、20レベルになればサブ職業を一つ選んで習得することも出来るから、そこまで深く考えなくていいらしい。

 そういうわけで、今までやってきたゲームの関係でレベル制のほうが馴染み深い私は、ひとまずテイマーを選ぶことにしたんだけど、さすがのゲーム馬鹿なお兄でも自分と関係ない職業についてはあまり詳しく知らないらしい。

 なんというか……。

「肝心なところで頼りないなあ、お兄。いつものことだけど」

「ぐはっ!?

《MWO》をやるなら俺がレクチャーしてやるぜ! って張り切ってたけど、この分だと重要なところは手探りでやってくしかないかもしれない。まあ、まだ正式サービスも始まってないゲームなんだからそれも仕方ないんだけどね。

 それに、出会いはいちいちとも言うし、最初からどの子をテイムするとか決めるよりも、出会ってびびっ! と来た子をテイムする感じのほうがきっと楽しい。うん、そう考えると、こういう状況も悪くないと思えてきた。

「まあ、私は適当にやってみるよ。どうしても困ったらまた頼るから、その時は助けてね」

「お、おう! 次こそは兄の威厳を見せつけてやるぜ!」

「大丈夫、お兄に威厳なんて欠片かけらもないから」

「えぇぇ!?

 両手両膝を突いてがっくりとうなれるお兄を見てひとしきり笑いながら、私は腕に巻いた腕時計型の携帯端末を見て、今の時刻を確認する。

 十一時四十分……サービス開始が十三時からだから、あと一時間と二十分。お母さんも出張でしばらく帰ってこないし、少し早いけど、そろそろご飯にしようかな。

「お兄、カップラーメンとそうざいパン、どっちがいい?」

「そこは手料理とか作って、女子力見せてくれたりするところじゃないのか?」

「嫌だよ、めんどくさい。私が手料理作るのは可愛いペットにだけだよ!」

「そこは彼氏とかじゃないのかよ! ていうか、俺の扱いってペット以下!?

 日付は八月一日、夏休み真っ盛り。宿題は七月中に終わらせてあるし、当分はゲーム漬けの日々が送れると思う。

 私の初めてのVRMMO、一体どんなモンスターと出会えるのか、どんな子に育ってくれるのか、今から楽しみで仕方ない。

「テイマーさんのVRMMO育成日誌」を読んでいる人はこの作品も読んでいます