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恋の手習い始めます 初心な堅物書道家は奥手な彼女を溺愛する

西條六花

第1章 (1)

第1章



 今日は朝から薄曇りで、何となくすっきりしない天候となっている。

 休憩の時間、事務室で昼食を取った晴香は、ローカル雑誌と睨めっこしていた。

(ふうん、婚活系のイベントって結構あるんだ。すごいな……)

 普段は買わないような雑誌の特集ページを熟読しているのは、前日のでき事がきっかけだ。

 幼い頃に「将来、晴香をお嫁さんにするよ」と約束され、以来ずっとプラトニックな交際を続けてきた水嶋を、晴香はすっかり〝自分の恋人〟として認識していた。

 だが親同士公認だったはずの関係は幼い頃の世間話のようなもので、とっくになかったことになっていたらしい。まるで憑き物が落ちたように現実を認識した晴香は、自分の痛さに恥ずかしさをおぼえていた。

(奏多は「弄びやがって」って怒ってたけど、わたしが一方的に勘違いしていただけなのかもしれないよね。考えてみたら、結婚するつもりでいるのにいつまでもプラトニックなのもおかしな話だし)

 水嶋の優しさや思わせぶりな言動を、晴香はずっと恋愛感情からくるものだと誤解していた。でも「他の女性と結婚する」というのが、彼の答えなのだ。

 昨夜奏多と話したあと、晴香はリビングに戻って水嶋に「おめでとう」と告げた。

『結婚おめでとう、誠ちゃん、加納さん。……幸せになってね』

 水嶋は晴香の反応を探るようにじっと見つめてきたものの、すぐにニッコリ笑って答えた。

『ありがとう。結婚後はそのまま実家で、うちの親と同居する予定なんだ。晴香もこっちに帰ってきたときは、里佳子と仲良くしてくれるとうれしい』

『うん。喜んで』

 精一杯平静を装って話しながらも、晴香の心はズキリと痛んだ。

 水嶋はこちらに対して、本当に何とも思っていないのだろうか。親密なしぐさや二人きりで会う行動などに、特別な意味は何もなかったのだろうか。

(ああ、女々しいな……わたし)

 婚約者である女性がいる以上、自分の気持ちは決して表に出すべきではない。

 だがすぐに気持ちを切り替えられるはずもなく、二人を前に愛想笑いを浮かべている状況に、惨めさが募った。

 やがて水嶋と里佳子が帰っていき、母親は夕食の席で「素敵なお嬢さんだったわねえ」とベタ褒めだったが、晴香は曖昧な返事をした。あれから一晩が経った今も、晴香は依然として落ち込み続けている。

(駄目駄目、気持ちを切り替えなきゃ。さっさと婚活して、人生初の彼氏を見つけるんだから)

 そのとき事務室のドアが開き、明るい声が挨拶してくる。

「おはようございまーす」

「あ、おはよう」

 入ってきたのは、晴香と同い年であるアルバイト従業員、むらだ。大学院生である彼女はこの店舗でのアルバイト歴が長く、気さくな性格もあってすぐに打ち解けることができた。

 奈美は「小野さんは社員だから」とこちらに敬語を使おうとしてきたが、晴香は仕事以外のときは普通に話してくれるようお願いしている。出勤してきたばかりの彼女は、晴香の手にある雑誌を見て言った。

「どうしたの、そんなの見て。暇潰し?」

「えっと……」

 一瞬ごまかそうかと考えたものの、ページの端をいくつか折っている様子が見えてしまっている。晴香は歯切れ悪く答えた。

「実は──婚活をしようと思ってて」

「えっ、小野さんって婚約者がいるんじゃなかった? ほら、幼馴染だっていう」

「それが……」

 事務所内に他の人間がいないこともあり、晴香は昨夜のでき事を奈美に説明する。すると彼女が憤慨して言った。

「何それ、詐欺みたいなもんじゃん。さんざん思わせぶりな態度を取ってキープにしてた挙げ句、いきなり他の人と結婚しますって?」

「でも……身体の関係はなかったから、厳密にはつきあってるとはいえないかもしれないし」

「それを逃げ道にしてたってことでしょ。そういう行為はしなくても、今まで気持ちを匂わせるような発言はあったんだよね?」

「……うん、まあ」

 二人で会っているとき、頻繁に「可愛い」「やっぱり晴香のこと好きだな」などと言われていたことを奈美に説明すると、彼女は顔をしかめた。

「小野さん、そんな相手のことはさっさと忘れたほうがいいよ。私もつきあうから、一緒に婚活しよ」

「えっ、木村さんも?」

「私もちょうど今彼氏がいないし、一人より二人で活動したほうが、ハードルが下がると思わない? それでさっさといい男を見つけて、その幼馴染のこと見返してやろうよ」

 確かに勢いで「婚活しよう」と考えつつ、どこか及び腰だった晴香は、奈美の言葉に気持ちが明るくなる。思わず笑顔になりながら、彼女にお礼を言った。

「すごく心強い。ありがとう、木村さん」

「私もそういうのにちょっと興味があったから、全然気にしなくていいよ。小野さんはおっとりしてて可愛いし、きっとすぐ相手が見つかると思うんだ。お互い頑張ろうね」

 早速先ほどまで開いていた雑誌のページを、奈美に見せてみる。すると彼女は感心した顔でつぶやいた。

「へえ、今は婚活って、合コンパーティー以外にもいろいろあるんだ」

「うん、そうみたい。例えば社会人サークルに参加すると自然な感じで仲良くなれて、カップルになれることが多いって書いてある。でも、恋愛に発展せずに友達で終わるパターンも多いって」

「あー、なるほど」

 他にも、ゴルフや登山といった趣味的な分野、料理やカメラなどの〝習い事婚活〟も人気が高いらしい。晴香がそう言うと、奈美が目をキラキラさせた。

「楽しそうだね。思ったより堅苦しくなくて、そういうのなら気軽に参加できそう」

 イベントの情報を見ながら、あれこれと意見を交わす。奈美が雑誌をめくりながら言った。

「いくつか興味あるものをチョイスして、婚活イベントに申し込んでみようか。お互いの休みのすり合わせとかあるし、仕事終わりに改めて話そう?」

「そうだね」

「私はそろそろ行かなきゃ。さっきバックヤード見たら、明日発売の新刊のパック作業が全然進んでないみたいだし。小野さんは、あと十五分休憩?」

「うん。特典ペーパーを挟まなきゃいけないものもあるはずだから、手が空いたら手伝うよ」

「オッケー」



 それから十日が経ったゴールデンウィークの直後、晴香は奈美のたっての希望で、コーヒーの淹れ方講座に参加した。

 出会いの場として提供されているセミナーのため、男女の比率は半々だ。彼女いわく、「わざわざコーヒーの淹れ方を習いに来る男性はおしゃれだし、意識が高い」らしい。

 実際に参加してみると、確かに二十代後半から四十代前半の男性たちはスタイリッシュな人が多く、小人数に分かれてブレンドや淹れ方を実践する際には会話が弾んだ。

 カフェを貸し切って行われた講座の終了後、奈美は一人の男性と連絡先を交換したらしい。晴香は感心して言った。

「すごいね、早速知り合いができちゃうなんて」

「まあ、とりあえずお友達っていうか、今はメッセージのやり取りだけだけど。小野さんは? いいなと思う人はいた?」

「うーん、正直言って、それどころじゃなかったな」

 初回で緊張したせいか、男性から話しかけられても当たり障りのない返答しかできず、終わってみれば晴香は誰の顔も覚えていなかった。

「でも、何となくああいう場の雰囲気はつかめたし、次はもう少し積極的にいこうかなって思ってる」

「うんうん、その調子。次は来週の書道合コンだっけ? 出会いがあるといいね」

 ──そう、書道合コンだ。

 婚活を始めると決めて以降、奈美と二人でさまざまなイベントを吟味したが、その多様性に驚かされた。

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