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転生伯爵令嬢は王子様から逃げ出したい

月神サキ

序章 思い出したらTL小説 (1)




序章 思い出したらTL小説


 頭が痛い。

 例えるならそう、ガーン、ガーンとかなづちで何度も打ちつけられるような痛さだ。

 たまらず私──シェラハザード・リンテは片手でこめかみの辺りを強く押さえた。

 王宮主催の夜会。貴族の娘は全員出席だというそれに気が乗らないながらも出席した私は、遠目に見える金髪へきがんきらびやかな男を見た瞬間、恐ろしいほどのショックを受けた。

「あ……あ……あ……」

 がくがくと身体からだが震える。次々と脳裏に浮かび上がってくる言葉の数々に圧倒された。

『これからは私がお前を守ってやる。愛している、シェラ──』『お前を二度と傷つけさせない。私が悪かった』『どうして……どうして一言告げてくれなかった!』『すまない、私の力ではお前を助けてやれない』『どんなお前でも愛している。一生私のそばに──』

 頭の中に流れ込んでくる『ある』男の言葉。そして思い出した決定的な場面──。

『お前なんかがあの方と結婚するだなんて許せない。消えない傷をお前に──』

「うっ……くっ……」

「どうなさいました? ご気分が優れないようでしたら、控え室で少しお休みになりますか?」

 荒い息を吐きながら頭を押さえていると、女官服をまとった女性が心配そうな顔で声をかけてきた。慌てて首を横に振る。おかしな行動をしていると思われたくはなかった。

「い……いいえ。なんでもないの。大丈夫よ。でも、心配してくれてありがとう」

「そう、ですか? それなら良いのですが……」

 もう一度大丈夫だと告げ、人目を避けながら夜会会場の出口へと向かった。会場にはこの国──フロレンティーノ神聖王国の王太子であるレンブラント王子が現れたばかりだ。誰も私のことなど気に留めていない。外へ出るタイミングとしては丁度良かった。

 会場から去る前に年頃の女性たちに囲まれた王太子をいちべつした。

 不愉快そうな顔を隠そうともしない王太子はふと、顔を上げた。一瞬視線が絡み合ったような気がする。私は焦って目線をらすと、足早に会場を後にした。

 ……気のせいだ。王太子と目が合っただなんてそんなことあるわけがない。自意識過剰にもほどがある。

「……最悪。小説の世界に転生とか、あり得ないでしょ」

 ぼそりと言葉がこぼれる。

 とにかく、静かな場所で落ち着きたかった。


◇◇◇


 乗ってきた馬車を使い、屋敷へ帰った。

 王都の貴族街の一角にある、レンガ造りの外壁が特徴のリンテ伯爵邸。ここが私の家だ。

 そんなに大きくも古くもない屋敷だが、生まれた時から住んでいるので愛着はある。

 馬車から降り、二階にある自分の部屋へと向かう。夜会に行ったばかりなのにすぐに帰ってきた娘が気になったのだろう。母が出てきてどうしたのかと聞いてきたので、少し体調が悪いだけだと告げた。

「せっかくの夜会でしたが、人が大勢集まる場所はいささか苦手なもので。横になればすぐに回復すると思います」

「そう……。シェラは大人しい子だから、人に酔ってしまったのね……。着替えたらすぐに休みなさい」

 シェラというのは、私の名前シェラハザードの愛称だ。母の言葉を受け、私は素直にうなずいた。

「はい、お母様。そうするつもりです」

 夜会の開始時間が遅かったので、かなり夜も更けている。就寝の挨拶をして、母と別れた。湯浴みをしてゆったりとした夜着に着替えた私は一人ベッドの隅の方に腰掛けた。

 ベッドのスプリングがきしむ音がする。

「ふう……」

 さっぱりして、少しだけ落ち着けた気がする。私は、ゆっくりと部屋の中を見回した。

 落ち着いたブラウン系の色調で統一された広めの寝室。精緻な細工があしらわれたキャビネットや姿見が置いてある。サイドテーブルの上には前回の誕生日に母から贈られた宝石箱。蓋の部分にいくつも貴重な宝石が使われており、開けるとれいなオルゴールの音色が響く。

 腰掛けている四柱式のベッドにはしゅうの施された分厚いカーテンが掛かっている。触れるリネンの肌触りは良く、ベッドカバーも何人ものお針子が縫い取りをした上等なものだ。

「今までこれが当たり前だと思っていたけど……」

 ためいきく。フロレンティーノ神聖王国のリンテ伯爵家の一人娘として生まれてから今まで、一度も考えたことはなかった。

 ……まさか自分が前世の記憶を取り戻すことになるなんて。

 先ほどの強烈な頭痛、あれがきっかけで私は様々な知りたくもなかった事実を思い出してしまったのだ。

 取り戻した記憶によれば、私は昔この世界とは全く違う場所、地球という星の──その中の日本という島国に住んでいた。つまり私は異世界転生というものをしていたらしい。

「それだけならまだ良かったんだけどね……」

 ただ転生したという事実と記憶だけならまだ良かった。戻ってしまった記憶と上手うまく付き合いつつ、折り合いをつけてやっていけば良いだけの話なのだから。

 だが私が思い出したのは、もっととんでもない、突拍子もない事実。

 私の転生先のこの世界が、どうやら前世で知っていた世界だということだ。

 知っていたという響きに疑念を抱くかもしれないが、この言い方が正しい。

 先ほどの夜会。レンブラント王子を認めた瞬間にとうのごとく流れ込んできた記憶を整理し、とても複雑な気持ちになった。これからどうすればいいのか、全く見当もつかない。

 彼を見て私は前世の記憶を取り戻したわけだが、どうして王太子を見て記憶が戻ったのか、簡単に説明ができる。

 ──答えは、彼が私の定められた結婚相手だからだ。

 自分と関係のある相手を見て思い出すなんてお約束だろう。

「ああ……憂鬱」

 王太子レンブラントは、気難しいところはあるが誰もが褒めそやす理想の王子様とも言える人物。

 眉目秀麗で政治的手腕にけ、次代の国王として国民に期待されている。魔法大国とうたわれるフロレンティーノ神聖王国の跡継ぎに相応ふさわしく、ばくだいな魔力と卓越した魔法センスを持った彼は全未婚女性の憧れの的だ。ただし、相当の女嫌い。

 そんな人物といまだなんの接点もない私が結婚するなどと、ちょっと夢を見すぎではないのかと普通なら思うだろう。

 だが私は何も、うそを吐いているわけでも、妄想を語っているわけでもない。

 何故なぜなら私が転生したここは、前世で読んでいた『私を取り巻く世界』という魔法ありきの小説の世界で、あろうことか私がヒロインポジションだからだ。そして王太子がヒーロー役。

 小説。大事なことなので二度言おう。小説なのだ。

「嫌すぎる。しかもジャンルが……」

 私はベッドにバタリと倒れ込んだ。柔らかいリネンが私の身体を抱きとめる。

 単なる恋愛小説ならまだ良かった。いわゆるラブコメとか、いっそ文芸的な恋愛でもいい。だが、そうではないのだ。そうではなく……あまり自分が愛読していたと知られたくはないのだが、この小説のジャンルはTL、ティーンズラブ……つまり私は男女の性描写のある恋愛小説の世界に転生していたのだ。

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