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日向そら

二、旦那様、困惑する (1)




二、旦那様、困惑する


 ──一方その頃。

「ジルベルト様、王は何と?」

 手紙を握り締めたままいつまで経っても口を開かない私に、執事長であるアルノルドが控えめに尋ねてきた。しかしすぐに返事ができずに封筒の宛先を確認する。

『ジルベルト・シュバイツァー・グリーデン』──そこには間違いなく、私の名前が記されていた。

 人生も終盤に差しかかり、十年をかけて貿易の中継地点として発展させた辺境の領地を任せる人間も見つかった。彼を養子にして伯爵位を継がせ、役目は終えたと、余生を知人の多い王都で過ごすために戻って来たのはつい一か月前のことだ。戻って来てからは毎日のように客が訪れ、落ち着く暇もなかったが、それも一旦区切りがついた。

 今日はようやく後回しにしていた書斎の本や趣味の物の整理に手を着けようとしていたところで、アルベルトが手紙を持ってきたのである。

 いつもなら分をわきまえ主を促すような言葉など口にしない男であったが、私が手にしている手紙はみつろうで閉じられた王印のある勅命書と呼ばれるものだ。そこに記されているものは大体、異例の飛び昇進、領地の授与──もしくは戦争への出征要請である。

 年齢とここ数十年の情勢から考えて最後はないとしても、予想すらつかない勅命書はある意味不吉である。長年仕えた優秀な執事といっても気にならないはずがない。

 小さく溜息をついて目の前の彼に、手にしていた手紙を差し出した。正直非常識すぎて説明するのも馬鹿馬鹿しい。

「よろしいのですか? では失礼して」

 アルノルドはこちらに歩み寄ると丁寧に受け取り眼鏡を少し下げる。薄い灰色の瞳が文の末尾まで下がったところで、また宛先を確認するように視線が上がった。それが分かるのはつい数分前に私自身も同じ動きをしたからだろう。

 アルノルドの仕草に、どうやら見間違いではないらしいと溜息をついた。

 今更こんな話が出るとは。

「花嫁、ですか」

「そのようだな」

 驚きと戸惑いと共に吐き出された言葉にうなずく。

 ──せんだって召喚した神子をこれまでの功績をたたえ、褒美として与える。

 勅命書には要約すればそんな内容のことが、大仰な言い回しをもって記されていた。

「……確か王の正妃として異世界より神子を召喚したと聞いておりましたが」

「そうだな。そのわりに一向にお披露目もおろか、話題にすら上がらないとは思っていたが──またリオネル陛下の悪い癖が出たのか」

 窓から望める王城のおそらく一番上にいるだろう、かつての教え子を思い浮かべる。

 華やかで社交上手だった先代王妃の器量をそのまま受け継ぎカリスマ性は申し分もない。剣の腕もあり他の者の意見を聞く耳も持っている。王としての力量もそれなりにあるのだが、しかしそれに比例するように女癖も悪かった。

 おそらく数百年ぶりになる異世界からの召喚も、異世界の女を味見してみたかっただけ──問わずともその答えは難なく想像できる。

 ゆえに噂が届かないのも、毛色の違う女に入れ上げて後宮の一室に隠しているのだと思い込んでいた。しかし昔も今もいくらちょうに夢中になっていても、王としての執務はきちんと行うのが彼の少ない美点であり、ある意味性質の悪いところだ。やるべきことをやっている以上、へきに住んでいる老いぼれの私も含め、周囲は小言めいた苦言を呈するほかすべはない。

 神子に関してはそれなりにでた後、正妃になる器でもなければ後宮にでも入れるのだろうと思っていたのだが……。あろうことかそんな女性を、剣の師匠でありもう老齢と言っても差し支えない私に宛がうなどと、あの子供は。

 自分が亡くなった後はくれぐれも息子とこの国を頼む、と先代王に頼まれたのは崩御される前日のことだった。寝台でしっかりと手を握られたこともあり、忙しい仕事の合間を縫い、幼い頃は話し相手になったり、剣の指南を引き受けたりと目をかけていたつもりだった。

 戴冠式を迎えた頃から片鱗を見せていた女癖の悪さは気になったものの、国を傾けるほどではないだろうと楽観視しすぎたか。

 当時ある程度地位もあり独身で身軽な身であったので、誰も行きたがらず紛争が絶えなかった辺境の地を開拓すべく王都を出たのだが、まだまだ指導が足りなかったのかもしれない。

 貴族と言ってももともと私は領地もない男爵家の三男であり、子供の頃は兄弟と共に決して裕福とは言えない生活を送っていた。騎士になったのも食いを稼ぐための必然的な流れだった。

 先王が即位した頃は隣国との小競り合いが頻発し、また活躍する場も多かった。新たに爵位を賜り功績を上げるたびに縁談めいた話が舞い込んできたが、上官が持ってくる見合い話にすら頷かなかったのは、母のことがあったからだろう。

 母は子供の目から見てもはかない女性で、私と同じように軍人だった父を待ち続けた人だった。手仕事の合間に刺した刺繡の針を止め、ぼんやり門扉の格子を見つめていた母の背中は寂しそうで──幼い頃はその消えてしまいそうな背中に甘えるふりをしてすがりついたものだ。

 戦況もあったが、一年に一、二度しか戻らない父は顔すら覚えてはおらず、戦死の知らせが届いた時も悲しいというよりは、ああとうとう、と諦観が勝り静かに納得した。

 しかし知らせを聞いた母はその場に崩れ落ち、子供のように泣き叫んだ。母の悲しみは深く、その半年後には追いかけるように病で亡くなった。

 私は職業軍人でそれ以外に才はなく、おそらくは父と同じような死を迎えるだろう。待つ人の『孤独』は深く悲しい。ましてや私が妻にと望むほど愛した人に、母のような思いはさせたくなかった。──ゆえにこの年齢まで独身を貫いてきたのだが。

「ジルベルト様、どうなさるのですか」

「そうだな……」

 思えば余生の少ない私よりも、家族と離され異世界の地で天涯孤独となった女性に、今回のこの仕打ちは到底許せたものではない。

 しかしそれにしてもあの女好きの王が、一度でも寵を与えた女性を手放すことは珍しかった。

 花から花へと渡り歩く自らの行いを棚に上げて独占欲が強く、後宮の女が配下に下賜されたことはない。

 ……ああ、なるほど。ようやく納得した。

 神子はあきれるほど広いリオネル陛下の、それでも範囲外の年を重ねたご婦人だったのだろう。おそらくは私に釣り合う年回りの。……それはそれでびんである。身心共に衰えを感じる年齢だというのに、右も左も分からない世界で、余生を過ごすこととなったのだ。

 名目上仕方がないが、私の妻となった方が何かと騒がしい王城にいるより心が安らぐかもしれない。共に住むのが嫌なら別邸を用意してもいいだろう。そのような年齢ならば向こうの世界に連れ合いがいた可能性もある。

「アルノルド、すまないが神子のことを調べてくれないか」

「ええ。そうですね……実は本日、城で文官をしております末の息子が訪ねて来る予定でしたので、時間をずらして席を設けましょう。夕食をご一緒させて頂いても?」

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