第六皇女殿下は黒騎士様の花嫁様

翠川稜

一話 隣国からの逃亡 (1)


一話 隣国からの逃亡



 ──一年前。

 アルデリア王国魔法学院の三階建ての学生寮の最上階。この学生寮の三階は、他国からの上位貴族の留学生たちの部屋となっている。

 王族や地位の高い貴族の子女のために用意された一室で、ヴィクトリアは街で配られているよみうりに視線を落としていた。

「いかがされました? 姫様」

 専属侍女のアメリアが声をかけると、ヴィクトリアは顔を上げた。プラチナブロンドの髪が僅かに揺れて、読売に向けていた視線を侍女に移す。

「アメリア、多分この国、戦争を起こすわ」

「戦争!?

 人差し指を唇に当てて、声を落とすようにという仕草に、アメリアもうなずいた。

「私の国みたいな新聞ではなく、このアルデリア王国では一枚のみの読売を発行しています。決まった日時で発行されていないので、情勢をつかみにくかったのですが、徴兵もされているようですし、リーデルシュタインからの商品が手に入りにくいようです」

 帝国からこのアルデリア王国への留学の際、ヴィクトリアについてきた侍女のアメリアが考え込む。

「そういえば、いつも来ていた姫様の姉上様たちからのお便りがまだ来ていません」

 ヴィクトリアはうなずく。

「検閲が入っているようです。お隣のアレクサンドライト様が、自国からのお便りを受けた際にその形跡があったと言っていたのです」

 ヴィクトリアの隣室にいるアレクサンドライトは、海の向こうのウィザリア王国から留学している辺境伯爵令嬢で、年齢は十二歳、赤い髪と緑金の瞳を持つ令嬢だ。ヴィクトリアも彼女のことは気に入っている。いつか自分の国にも遊びに来てほしいと思うぐらいには。

 その彼女がヴィクトリアに相談してきたのだ。自分宛の手紙がどこかで開封された形跡があると。彼女の性格はおとなしいものの、保有する魔力は見た目よりもかなりあるとヴィクトリアは見ている。

 どうして手紙に検閲が入ったことがわかったのか尋ねたら、違う魔力を感じたと彼女は言っていた。自分の家族以外の者が封書の中をのぞいた形跡がある、魔力を使用して、封書の中をのぞいたらしいと。

 この世界の魔法の形態は、国によって違う。ヴィクトリアの国であるリーデルシュタイン帝国では、貴族に魔力が集中している。皇族から順に魔力が強く、各貴族たちはその魔力でもって領地を経営して国力を上げる。

 アレクサンドライトのウィザリア王国は、地域によって魔力を使える者が偏っているらしい。ダンジョンが自然発生している東側に、魔力を持つ者が集中して、ダンジョンを攻略しているそうだ。

 ここアルデリア王国は貴族や地域に限定された魔力はないが、魔法を扱える人間がそれなりに多く、よく研究されているという。

 それなのに、この新設の魔法学院は、魔力を基礎から学ぶことを方針としている。

「魔力を使える人間が多く存在し、魔法魔術の研究が進んでいる」と聞いて留学したものの、その授業内容に肩透かしをくったとこぼす生徒も少なくない。

 ある程度魔力を持つ者にとっては、退屈な授業内容ばかりなのだ。

 ではなぜ、基礎的な授業ばかりなのか。他国の上位貴族の留学生を集めれば寄付金が集まる。アルデリア王国は、一般の市民も魔力を持っているが、ここのアザリー領に新設された魔法学院には一般市民はいない。

 貴族位を持たない者もいるが、それはほとんどが豪商の出自だ。

 つまりは、財力のある子女を入学させて、そこから金を集めようとしたのだろう。

 ヴィクトリアに検閲が入ったと知らせてくれたアレクサンドライトも同じ気持ちだったようで、これならばここではなくてヴィクトリアの国へ留学しておけばよかったと言っていた。

 手紙の検閲の件で、キナ臭さを感じたアレクサンドライトは、数時間前ヴィクトリアに自分は近々帰国すると告げていた。

「検閲……」

 アメリアのつぶやきにヴィクトリアはうなずく。

「このアルデリア王国の魔法学院に来て以来、ここのアザリー領の領主はちょっと問題ありと感じていました。でもまさかここまで短絡的な方だとは……」

 魔法学院を有してはいるが、領地経営的には今一歩なところがある。それはここの学園に来て肩透かしをくったヴィクトリアが感じるところと似ている。平均的であるのはいい、だが、突出したものがない。

 ちなみにこのアザリー領はリーデルシュタイン帝国に隣接している。国境を越えればそこは、次期リーデルシュタイン帝国皇帝となるエリザベートの私領だ。

 その第一直轄領の繁栄ぶりは、帝都に勝るとも劣らない。姉は、直轄領を拝した時に、領地の状態をつぶさに観察し検討し、何を産出して収益と国力を上げるべきか、ちゃんと計算していたようにヴィクトリアは思う。

 そのらつわんぶりをみて、ヴィクトリアはやはり一番上の姉はすごい人だと改めて尊敬したものだ。

「この地は領地の経営が上手うまくいっていないようです。国境ギリギリで帝国の資源をかするぐらいのことは多分していたでしょうね。どこで戦端が開くかはさすがに予想がつきませんが、多分このアザリー領からとみていいでしょう。ここ数年、魔法学院に他国の留学生を受け入れているのも理由の一つだと推察しています」

 他国の上位貴族の令嬢や子息を受け入れて、寄付金を多くとっているので、学院の設備が良くなった様子は見受けられる。だが、教材の改善などは行われないことを、なんとなく把握していた。

「講義をする教授陣も、たいしたことはない感じですし」

「……それは……姫様が優秀すぎるからそう思われるだけでは?」

「あら、帝国の学院の触れ込み通り、わたしは『魔力も少なく身体の成長も遅い帝国の末姫』で通してきましたけど? 帝国の学園でも、わたしの本当の魔力を知るのはグラッツェル理事ぐらいでした。事情によりいろいろとくしておかなければなりませんでしたから、理事は黙っていてくれたみたいです。これは助かりました」

「左様でございますか……」

「近々、わたしは拘束されるでしょう。人質として」

「そんな……」

「不幸中の幸いは、わたしが『魔力を誤魔化していた』ということですよね。魔力が弱く、そしてこの見た目も、十六歳には見えないので他国で勉強を……という触れ込みで留学していますから。このままその状態を維持していれば……多分、始まってもきっと短期決戦で終結するのではないかしら」

「でも、戦争です。姫様。確かに姫様が人質としてひどい状態になったとして、本気で抵抗すればおんはご無事かもしれませんが、たとえ短期決戦で終結しようと、その間、どんな状態におかれるかわかったものではありません……逃げましょう!」

 アメリアはヴィクトリアを促す。

 彼女の言葉には一理ある。確かに戦争が始まったとして終結までの間、人質として扱われた場合、何が起きるかわからないのは、ヴィクトリアも不安には思う。アメリアだけでなく、能力的に有能な者があと数人ヴィクトリアの周辺を固めてくれていたら、戦端が開かれても、なんとか早期終結させる手立ても考えられるが、単身では心もとない。

「帝国へ帰国しましょう、リーデルシュタインからの商隊にでも紛れていけば……」

 アメリアは進言するがそれも危険が伴う。信用のおける商隊であればいいが、第六皇女殿下をひとくうとしてこの国に渡し、自分たちだけが安全に帰国しないとも限らない。

「逃げるなら……自力ででしょうね」

 ヴィクトリアのすみれ色の瞳は決意を固めたようにきらめいた。

 その時階下から騒がしい声が聞こえ、アメリアはそっとドアを開けた。

「なんだよ、なんだよ、修理っていうから慌てて来たんだぜ? ここの湯沸かし器はリーデルシュタイン製なんだろ? 最新式ってやつで」

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