第六皇女殿下は黒騎士様の花嫁様

翠川稜

プロローグ


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 皇城の中が慌ただしい。

 先日、リーデルシュタイン帝国は、帝都のメインストリートで戦勝のがいせんパレードが行われたばかりだ。さらに、近々催される戦勝の式典の準備で誰もが忙しそうだった。

 隣国であるアルデリア王国側からの進撃で始まった戦争は、一年で決着がついた。

 他諸国から見ても、この戦争はリーデルシュタイン帝国の勝利だろうという、予想通りの結果となった。

 第六皇女ヴィクトリアも、戦勝の式典には出席予定だ。式典は十日後。今日のところは何も予定は入っていない。本来ならば、母である皇妃の部屋か、もしくは姉たちの部屋か、はたまた図書室か、そのいずれかに足を運び時間を潰すだけだったのだが、そんな彼女の元に父親である皇帝陛下の使者が訪れた。

「しかし……皇帝陛下がわざわざ使者を出して姫様をお呼び出しなんて、いまは式典のことでお忙しいでしょうに」

 これは、皇帝が末娘のヴィクトリアのことを何とも思っていないから、という意味合いではない。リーデルシュタイン帝国皇帝アルフレードは、末娘、第六皇女ヴィクトリアを殊の外可愛がっているのは周知の事実。皇帝自らヴィクトリアの私室を訪れることはあっても、使者を出しての呼び出しは珍しいという意味だった。

「うーん……まあ、何をおっしゃるのかは、予想はできますけど……」

「え? 陛下のお呼び出しの内容を?」

「なんとなくですけれど。でもよかった。戦争も予想通り、短期決戦で終わったし……民衆からの徴兵すら行う前だったから。多分エリザベート姉上の巧みな作戦が功を奏したのでしょう」

「はい、さすが次期皇帝……いえ、女帝。帝位継承権第一位のエリザベート様です。被害も少なく、予想よりも短期終結で、なによりあの、第七師団が先陣を切った作戦がよかったのだとのおうわさ

 専属侍女アメリアの口から出てきた「第七師団」の言葉にドキリとする。

「第三師団のヒルデガルド姉上も無事でよかったわ」

 侍女はヴィクトリアの長い髪にくしを通し始める。

 プラチナブロンドの髪に抜けるように白い肌、大きな瞳はすみれ色、形の整った少しばかり薄い唇は紅をささずとも桃のような淡い色をしており、将来は大国の皇女にふさわしい美姫になるだろうと思われる。

 普通に成長していれば、そう断言できただろう。しかし、彼女の容姿は十六歳という年齢よりも幼く見える……。十歳と言われても納得してしまうほどの幼さだ。

 侍女が彼女の髪を結い終えて、鏡で確認しながら聞いた。

「難しいお話なのでしょうか……」

「さあ……父上にいてみないことにはなんとも言えません」

 その鏡に映るヴィクトリアの表情が心なしか硬い。いつものキラキラした瞳の、天使のようだと評される笑顔がなかった。

 支度が整ったのでアメリアが一礼する。ヴィクトリアは椅子から立ち上がり、護衛のこのへいを従えて皇帝の執務室に向かう。長い回廊を落ち着いた様子で歩み、重厚な扉の前までくるとその歩みを止めた。

 近衛兵が侍従に取り次ぎ、ヴィクトリアは父親である皇帝の執務室に足を踏み入れた。

「おお。トリア、元気そうでなによりじゃ。そなたを呼んだのは他でもない、大事な話があるのだ」

 皇帝はドアを開けて姿を現した末娘の姿を見ると椅子から立ち上がる。彼女をソファに促し、侍従も心得たように茶の用意をする。そして前もって人払いの指示があったのか、侍従も護衛たちも退出した。

 その様子を見て、やはりこれは自分のことで何かあるのだろうと、ヴィクトリアは察した。

「父上?」

「トリア……その……」

「何か?」

 幼い末娘を見て一人の父親に戻っている皇帝は、何か話の歯切れが悪い。

「そなた、年は十六になったのだな」

「はい、冬には十七歳になります」

「本来ならもう少し、自由にしてやりたかったのだが……実はの、そなたに縁談を考えている」

 ヴィクトリアは目を伏せた。予想していた話題であったが、話を持ち出した皇帝が、ずいぶん躊躇ためらっている印象を受けた。

 皇帝は末娘の結婚について、十六歳だしちょうど良い年頃と思おうとした。貴族の結婚は早い。十六歳ともなれば立派な淑女だ。

 だが改めて彼女を目の前にすると、見た目は十歳と言われても不思議ではない。十六歳とは思えぬほど幼く見えるのだ。

 目の前に座る末娘のあまりにも子供っぽいその容姿に、躊躇いが生まれた。

 しかし躊躇う皇帝よりも、末娘の方が十六歳らしく、達観した様子で尋ねてくる。

「お相手は?」

 ヴィクトリア自身、戦争が長引いて国の経済が傾けば、遠方への輿こしれもあるだろうと予想していた。もちろん、帝国がこの戦争で隣国に負けるとは思っていないし、事実、負けはしなかった。

 だからこの政略結婚の打診は予想より早いものだとヴィクトリアは思う。

 そう尋ねたヴィクトリアに、皇帝はその相手の名前を告げる。

「うむ……たびの戦争で武勲を挙げたアレクシス・フォン・フォルクヴァルツ伯爵」

 その名を耳にして、ヴィクトリアはうつむいていた顔を上げて、すみれ色の大きな目をさらに見開く。

 そして、この戦争が始まる前の記憶が一気によみがえるのだった。

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