異世界落語

朱雀新吾

一席 クロノ・チンチローネ【時そば】 (2)

 そして、その異世界の文化を観察する事が視聴者ウォッチャーの任務である。

 当時のサイトピア王、ヘンリネス=ポピンチョフ=サイカマドカ十三世が設けた役職。「宮廷視聴者ロイヤルウォッチャー」の誕生である。

 ダマヤは視聴者ウォッチャー歴三十年。四代目で、今年で五十歳となる。

 これだけの大任、世界の命運を任されるのは、視聴者ウォッチャー史上初である事は言うまでもなかった。

「さあ、長丁場になるだろう。クランエよ、床へ腰を下ろすのだ」

「はい」

 そうして二人は視聴覚室の床に座った。

 窓のない、宮廷内の地下の一室である。入口の真正面にある、大きく、黒く、そして意外と薄い「異世界映像端末テレビジョン」の他には、食料の保管されている棚しか存在しない無機質な部屋である。

 そこでダマヤは目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「ターミナルの神々、精霊の御加護をこの身に宿したまえ……そして、異世界の神よ。の光を我らサイトピアの民に与えたまえ……その神聖なる映像を閲覧する御無礼をお許し下さい……さればその権利と福音を宮廷視聴者である私、ダマヤへとおぼし召し下され……そして……」

 ダマヤはいつものように、異世界の神に対する祈りをきっかり十五分捧げた。

「ダマヤ様、その祈りは絶対に欠かしてはいけないのですね?」

「その通りだ。『視聴者ウォッチャーの一日は祈りに始まり祈りに終わる』と言われておる」

 視聴者ウォッチャーの修業は、まず始めの半年で祈りを身体に叩き込む事から始まる。もちろん、一言一句間違えてはならない。時間もきっかり十五分でなくてはならない。

 いつか、ダマヤはうっかりして祈りを捧げずに「異世界映像端末テレビジョン」の発動ボタンを押してしまった事があった。すぐにその事に気が付き祈りを捧げ直したが、その日は一日中食欲がなくなったり、頭痛がしたりする事も、雷が頭上に落ちてくる事もなく、過ぎてしまえば何ら問題のない一日だった。

 だが、それはすぐに「異世界映像端末テレビジョン」を消して祈りを捧げ直したおかげであり、そうしなかったならば全身から血が噴き出て絶命していただろう、とダマヤはそこはかとなく確信していた。

「つまりダマヤ様、それは過去の視聴者に全身から血が噴き出て絶命した方がいらっしゃるという事ですね?」

「いや、そのような記録は残されておらん」

「……でしたら、大丈夫なのでは?」

「大丈夫かもしれないが、万が一、もしも、死んだら……嫌ではないか。ちょっと痛いとか、気を失うとかじゃないんだぞ。死ぬんだぞ? 私が死んだらお前どうする? お前が生き返らせてくれるのか?」

「いえ……まあ、はい。すいませんでした」

 結構な剣幕でまくし立ててくるダマヤに、クランエは素直に頭を下げる事しか出来なかった。

「構わん。私もお主ぐらいの年の頃に、先代に同じ事を言って叱られたものだ。若さとは良いものだな……」

 ダマヤはそう言うと、クランエに優しく微笑みかけるのであった。

「さあ、祈りも済ませた。では、発動させるぞ」

「はい」

 ダマヤは視聴者だけに押す事の許された「異世界映像端末テレビジョン」の枠端にある発動ボタンを、ゆっくりと左手の薬指(これもしきたりである。破って他の指で押した場合、とても怖い事が起きると言われている訳ではないが、ダマヤは怖いと思っている)で押す。

 すると、ブン──という神聖で威厳に満ちた音が鳴り、パネルに映像が映し出された。

「おお……」

 思わずクランエは感嘆の声を上げる。

 この映像は視聴者以外ではターミナルでも選ばれた数人、国王や大臣レベルでしか目にする事の出来ない国宝である。それ以下の位の者の視聴覚室への入室は禁じられている。

 クランエの目はみるみる潤み、涙があふれてきた。無理もない。異世界の文明は、ターミナルのそれとは全く異なるのだ。

「ダマヤ様。私は生まれて初めて『異世界映像端末テレビジョン』を視聴しましたが、涙が止まりません。何ですか、この透明感に溢れた本物のような映像クリアで鮮明なビジョンは」

「ああ、私も最初はお主と同じであった。感激のあまり涙してな。先代に叱られたものだ。『涙で目を曇らせてはならん。何の為の視聴者ウォッチャーだ』とな」

 ダマヤはクランエを懐かしそうに眺めながら、優しく微笑んだ。

「ダマヤ様。ですがこれは一体、何をやっておられるのでしょう。ただただ玉が転がっている映像が流れているのですが……」

「ああ、これは『ペタコラスイッチ』といってな、玉を転がす番組なのだよ」

「玉を転がす番組、ですか? ただ、玉を転がすだけなのですか?」

「ああ、そうだ。この番組が始まって十年と少しだが、玉を転がさない日など、一日たりともない」

「十年間玉を転がし続ける……さては何か、呪いの儀式の一種でしょうか?」

 クランエの問いにダマヤは力強くうなずいた。同時に、クランエの聡明さに感銘を受ける。

 ──流石さすがは天才召喚師。このダマヤが十年かけて気が付いた事実に、この一瞬だけで至るとは。

「そうであろうな。国王には報告しておる。まもなく十五年故、何かが起こるやもしれません、とな。ともすればこの度のターミナルの危機にも関係しておるかもしれんぞ」

「はあ。異世界とは恐ろしいものですね。発動した瞬間にそのような禍々しい番組につながるとは。このクランエ、肝が冷えました」

 そのようなものに心を奪われた自身に恥じ入り、クランエはうつむく。

「まあそう言うでないクランエよ。恐ろしいだけではないぞ。このパネルにはありとあらゆる至宝の情報が詰まっておる。『日本語であそびましょ』では異世界の文化と言語を。『クッキンエンジェルアイ!ムウ!ふぁいん』で異世界の料理を。『ござる丸』で異世界の主従関係を。『忍者っ子玉三郎』で異世界の戦闘について学ぶ事が出来る。この『異世界映像端末テレビジョン』には、異世界の全てが詰まっておるのだ。不気味で怖いのは玉を転がしているアレ。そして『みつかっちゃった!』という番組に出てくる『すきすけ』と名乗る異形の者ぐらいだ」

 そう言って笑うダマヤをクランエはまぶしそうに見つめる。

「いやはや、ダマヤ様は素晴らしい異世界の知識をお持ちで。このクランエ、感服致しました。これならば、異世界より最善の救世主を呼び出す事も容易でしょう」

 クランエのその表情は絶大なる期待をダマヤに寄せていた。だが、ダマヤの脳裏には、一抹の不安がよぎっていた。

 ──さて、そう簡単にいけば良いのだがな。


 ◇  ◇


 それから二人は「異世界映像端末テレビジョン」を一時間程視聴した。

 時計を見ると、時刻はシヴァ=シルヴィア(午後三時)を回っていた。

「ダマヤ様。このお方はどうですか? 大層強そうですが」

 そう言ってクランエは「異世界映像端末テレビジョン」を指差す。

 そこには確かに屈強な男が剣を振り回して敵をなぎ倒している映像が映っている。だが、ダマヤはそれを見るとすぐに苦笑して首を横に振った。

「ああ、これはなクランエ。確かに彼はとても優秀な剣豪のように見えるが、残念ながら偽者なのだよ」

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