異世界落語

朱雀新吾

一席 クロノ・チンチローネ【時そば】 (1)


一席 クロノ・チンチローネ【時そば】



 話は三日前に遡る。

 宮廷専属の視聴者ウォッチャーであるダマヤは、突然大臣に呼び出された。

 王の補佐官、大臣からの招集である。これは只事ではないと取り急ぎ参上すると、ダマヤは思いもよらない命を下された。

「救世主を召喚? 私がですか?」

「ああ、その通りだ」

 真剣な面持ちで大臣はうなずく。

「お主も知っての通り、今この世界ターミナルは魔族の手に落ちつつある。近隣諸国は皆、魔族に滅ぼされて国を追われてしまった。こうなれば、ヤツらを阻止出来るのは我々光の血筋を受け継ぐサイトピア国のみ。だが現在、我が国には問題が山積みだ」

 大臣はそこで憂鬱そうに溜息をついた。

「一番は難民問題。本来、魔族を倒す為にあらゆる種族が協力しなくてはならないにもかかわらず、国を追われたエルフやドワーフで種族間抗争が起きている始末。一致団結など、夢のまた夢だ。勇者も散々呼びつけておるが、何の連絡も返してこない。あやつの事だからまたどこかでフラフラしているのだろうが、もっと自覚を持ってもらわなくては困る。つまり、勇者のヤツも問題という事だ。各部所の人材不足で魔族討伐計画の目途も立たない。このままでは魔族の侵攻を待たずして、我が国は自滅してしまうだろう」

 大臣の言葉にダマヤは大きくうなずいた。

 国全体が一枚岩になりきれない負のオーラは至る所に蔓延している。特に目下の重大懸念案件、難民問題に関しては、このまま国内紛争にまで発展するのではないかという見方も出ている程である。

「それでだ、時勢を案じた国王陛下がこの国の行く末を預言師に占わせたのだ。すると、ある神託が授けられた」

 そう言って大臣はダマヤをじっと見据える。

「『我々を一つにする救世主が異世界から現れる』と。そして、その者を召喚するのが、ダマヤ。お主であるともな」

「私がで、ございますか」

 ダマヤは驚きを隠せない。預言師の言葉は絶対である。神託に自分の名前が挙がった事は光栄であった。それだけでダマヤは感激で胸が張り裂けそうである。だが同時にとてつもない重責が背中にし掛かる。

「クランエ」

 大臣が呼ぶと、次の間より一人の青年が姿を現す。

 宮廷召喚師のクランエであった。確か、年はダマヤの半分程の二十代で、若くして宮廷召喚師となった百年に一人の天才である。

「ダマヤ様。これを」

 クランエは両手の上に載せた金色のリングを差し出す。

召喚輪倶サモナイトリングでございます」

「これが……」

 特別な召喚の際に召喚師が用いるしんである。実物を見るのはダマヤも初めてだった。

「使い方は後程説明致します。とりあえず今は懐にでもお納め下さい」

「ああ。分かった」

 頷くと、ダマヤは言われた通り輪倶リングを懐にしまった。

「それではクランエを伴い、すぐに視聴覚室へ向かえ! 異世界より救世主を召喚するのだ! よいなダマヤ。この世界の存亡はお主にかかっておるぞ。そなたに幸福のあらん事を……」

 そこで大臣が指をサッと振ると、ダマヤに魔力の籠った光の粒子が降り注いだ。

「は! この命に代えましても!」

「よいかダマヤ! 必ず救世主を連れてくるのだ! 頼んだぞ!」

 大臣の期待に満ちた声が、ダマヤの背中に刺さった。

 宮廷内の果てしなく続く通路を二人は早足で歩く。

「クランエよ」

「はい、ダマヤ様」

「とんでもない事になったぞ。私が救世主を呼び出すだと?」

 信じられない事だった。自分は今、夢でも見ているのではないかとダマヤは思った。

「はい。お気持ちは分かりますが、預言師の言った事ですのでほぼ間違いないかと……」

「分かっている。……やらねばならんのだな。まったく、大臣も大変な事を……」

 ダマヤには自分を駆り立てるこの感情が高揚なのか、不安なのか、計り知れなかった。

「ともかく、早速視聴覚室で『異世界映像端末テレビジョン』を発動させなくてはな」

「はい」

 そうして二人は、ダマヤの職場である視聴覚室へと急ぐのであった。


 ◇  ◇


「それではダマヤ様、先程執務室でお渡しした輪倶リングを腕におめ下さい」

 視聴覚室へ入るとクランエはダマヤにそう促した。ダマヤはその言葉に従い、きらびやかな装飾が施された金色の輪倶リングを腕に嵌める。装備したのを認め、クランエは説明を始める。

「ダマヤ様が今装備されました召喚輪倶サモナイトリング。それを用いて、異世界より救世主を召喚します」

「ああ、それは分かっている。で、具体的にはどうすればよいのだ」

 ダマヤは装備した輪倶リングをクランエの眼前に掲げて尋ねた。

「使用条件は至って簡単です。召喚したい対象の前で手を連続して叩きますと魔法が発動して、異世界より対象が召喚されます」

「手を連続して叩く。なんと、それだけでよいのか?」

「ええ、その通りです」

 そのあまりにも簡単な方法にダマヤは拍子抜けした。てっきり気が遠くなる程の長い呪文の詠唱を求められると思っていたからだ。

「元々ターミナルでは、似顔絵等を使って遠方にいる人間を移動させる為の手段として用いるものなのですが、今回はその手法を『異世界映像端末テレビジョン』に応用させるという訳です。当然、それは普通の輪倶リングとは違う素材ですし、通常の百倍以上の魔力を注入しております」

「なるほど。分かった」

「それで、これが重要なのですが、それは一度使用されますと、再び輪倶リングに魔法を込めなくては使えませぬ。それに費やされる時間は十年です。つまり失敗されますと、次の召喚までに十年かかるという事です。ダマヤ様、それだけはゆめゆめお忘れにならないように……」

「分かっている。つまり、絶対に失敗は許されないという事だろう」

 ダマヤの言葉にクランエは大きくうなずいた。

「その通りでございます。十年も待つ事になりますと、我が国サイトピアは魔族の侵攻により滅亡、ターミナルは闇へと落ちるでしょう」

 全てはダマヤと、目の前に置かれている「異世界映像端末テレビジョン」にかかっているのだ。

 光の国サイトピアに代々伝わる、異世界とターミナルをつなぐ唯一の扉。それが「異世界映像端末テレビジョン」である。

 過去に、サイトピアの一人の召喚師が今回と同じように、異世界より救世主を召喚しようと試みた事があった。

 結果だけを簡潔に述べるならば、救世主は召喚されなかった。

 だが、その代わりに異世界の映像が映し出されるパネル、「異世界映像端末テレビジョン」がこの世界に召喚されたのだ。

異世界映像端末テレビジョン」はただ一つの異世界映像チャンネルだけが流れるようになっており、研究の結果、それは異世界にある島国、ニッポンという国の国営放送MHKである事が判明した。

 更に驚くべき事に、ターミナルとニッポンとは使用する言語がほぼ同じなのである。それこそが、ターミナルと異世界のニッポンとが、異世界映像端末テレビジョンを介して繋がっている理由ではないかと歴代視聴者ウォッチャーは分析している。

 異世界の他国、つまりは『アメリカ合衆国アメリカ』や『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国イギリス』ではなく、召喚されたのが『ニッポン』の映像なのには、そのような理由があるのではないかと結論づけた。言語という共通点から、別次元でありながら電波がリンクしているのだ。

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