異世界落語

朱雀新吾

前座 救世主の正体


前座 救世主の正体



 今日は門番の仕事の上がりがいつもより遅くなった。

 交代要員のケビンが寝坊して、いつまで経ってもやってこなかったからだ。ようやくケビンが姿を現した頃には既に日は沈みかけていて、夕焼け空が赤く城下を照らしていた。

 仕事を終え、彼が駆け出す先は城下町である。

 ──間に合わないかもしれない。

 焦りを感じながら、走る速度を上げる。吐く息は白く、彼の通る道に浮かぶが、一瞬後にはそれもまた、慌ただしい雑踏の中で霧散した。

 武器屋の前を過ぎ、突き当たりの防具屋を曲がる。ちらと横目で見やると、どちらの店にも店主がいなかった。店じまいか。いや、そうではない。最近、夕方になるとこのかいわいはいつも決まってこうだった。そんな状況を見て、更に彼の焦りは増す。

 ──もう、始まっているかもしれない。

 今日、遠い地から城下に到着したであろう、ほこりにまみれた馬車を連ねる商人のキャラバンの間を縫って走る。若い冒険者が冒険者ギルドの受付嬢を案内所前で口説いている。

 だが、走る彼の姿を見て思い出したのだろう。冒険者は慌ててすぐに後ろを駆けてきた。

 どこかの民家から香ばしい魚の焼ける匂いがする。今日の夕飯はサミュエーリュか。

 門番として鍛錬は普段から欠かしていない為、体力には自信があるのだが、城を出てから勢いを緩める事なく全速力で駆けてきたので、目的の場所に近づく頃には流石さすがに息も上がっていた。軟派な冒険者は修業不足なのだろう。あっという間に引き離されていき、既に後ろには気配も感じない。

 曲がりくねった路地を抜け、突き当たりを曲がると「極楽酒場」の看板が目に入った。

 ──もうすぐだ。

 そう思った途端、体に力がみなぎる。最後の力を振り絞り、ラストスパートをかけて店へと直進して、そのままの勢いで扉を開け放った。

 その瞬間、あふれんばかりの熱気で彼は押し返されそうになった。

 目の前には、一杯の人だかりがあった。

 人間、エルフ、ドワーフ、戦士、魔法使い、シーフ。様々な種族と職種でにぎわっている。

 席は満席。これでは立って見るしかない。だが構わなかった。

 ちゅうぼうの入り口近くに設けられた赤い台を見る。

 そこにまだ誰も座っていないのを確認して、ホッと息を吐く。

 どうやら間に合ったようだ。彼は満足してうなずいた──次の瞬間であった。

 厨房の陰から、一人の細身の男が姿を現す。その瞬間、酒場に大きな歓声が上がった。

 誰もが心待ちにしていたその者。

 そう、その男の名は……。

 門番の彼は両手を口元に当て、大声で叫んだ。


「よッッ!! 待ってました ラクラクテイ!!


 ◇  ◇


 異世界「ターミナル」の北東に位置する国「サイトピア」。その王宮の執務室。そこには国王を補佐する、国内二番目の権力者である大臣を始め、サイトピアにける様々な管轄の、最上位の役職の人間が居並んでいた。

 彼らはそろって、ただある一つの知らせを切望していた。もう、何日待っているだろうか。

 ある者は椅子に腰かけ、手のひらを合わせ机に肘をつき、祈っている。

 ある者は窓の外を眺め、神を称える言葉を詠唱し、祈っている。

 ある者は静かに目をつぶり、何かを悟ったように、祈っている。

 誰もが皆、等しく祈っていた。ターミナルの滅亡を阻止する為の、重大な使命が成功する事を。

 そして、遂にその時は訪れた。外から扉を叩く音が執務室に響く。

「大臣、ダマヤです」

「おお、ダマヤか! 入れ!」

 待ちかねたとばかりに叫び、大臣はダマヤの入室を許した。

「失礼します」

 部屋へと入ったダマヤは、後ろに二人の男を連れていた。一人は宮廷召喚師のクランエ。

 もう一人は、ターミナルでは見慣れない服を着た、細身の男。その細身の男の姿を認めるや否や、大臣を始め、執務室にいる者達から一斉に歓声が上がった。

「おお、ダマヤよ! 召喚に成功したようだな!」

「でかしたぞダマヤ!」

「よくやった!!

「これで、世界が救われる!」

「この者が……救世主!!

 その見慣れない服を着た細身の男を見つめ、涙ぐむ者までいる。執務室はとてつもない感動と希望に包まれていた。

「異世界研究の古い文献に書いてあります。私は知っておりますぞ。あれは確か『キモノ』という装備ですじゃ……」

 国の魔法使いを総べる大司祭が、細身の男の衣服を見て、そうつぶやいた。

「おお『キモノ』!! すると彼は『サムライ』か!」

 サイトピア軍を指揮する将軍が興奮して叫ぶと、それに追随して「おお、サムライ……。素晴らしい。一騎当千、伝説の騎士、サムライ……チョンマゲ、ハラキリ、カタナ……」と感嘆の声が周囲から上がる。

 だが、その反応に対してダマヤは申し訳なさそうに首を横に振る。

「いいえ、彼は『サムライ』ではありません」

 その答えに、大臣がいぶかしげにダマヤを見る。

「『サムライ』ではない? すると、そうか……『ニンジャ』か? 『ニンジャ』だな!」

 大臣の言葉に再び室内に「おお、ニンジャ……。素晴らしい。異世界の伝説の暗殺者、ニンジャ……。シュリケン、マキビシ、ミガワリノジュツ……」というざわめきが起こる。

 だが、ダマヤの表情は一向に晴れない。いや、一層曇るばかりである。

「いいえ、彼は『ニンジャ』ではありません」

「『ニンジャ』ではない? 何だ、だったら彼は何なのだ。『ジュウジュツカ』か? 『ケンジュツカ』か? はたまた『リキシ』か? どちらにせよ、異世界で大層名のある武芸者である事は間違いあるまい。のう、ダマヤ? いやはや、でかしたぞ!!

「いや、それが、あの、その……」

 大臣の言葉に、とうとうダマヤはもんの表情で黙り込んでしまう。

「どうしたダマヤ。お主、様子が変だぞ。顔色も悪いし、よく見れば小刻みに震えておるではないか。何かあるのなら、正直に申してみよ」

「…………」

 ダマヤはしばらくそのまま黙って下を向いていた。

 だが、意を決したように顔を上げると──言った。


「ええと、その、いや、あのですね。彼は…………『ハナシカ』です」

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