ポーション、わが身を助ける

岩船晶

第一章 ポーション (2)

 大きな道から枝分かれしたうちの一本である細い道に入り、キョロキョロと水はないか見回す。空き地になった場所の少し奥まった所に井戸はあるようだが、人の物を勝手に使うのは気が引けるし、もし勝手に使っているところを見られでもしたらと想像すると、その選択肢は除外される。

 とぼとぼと歩きながら、この辺りに川か、うまい具合に雨水でもまった器状の物がないだろうかと考えながら、一応井戸に近づいた。

 井戸には、木の板でふたがされている。周囲には柱が立てられ、その上には屋根が設けられており、屋根のすぐ下にある木製の滑車に掛けられたロープは井戸のかたわらのおけにつながっている。

 今しがた消えたはずの選択肢が頭の中でよみがえった。

 井戸のある空き地はそこそこ広く、硬い地面は土で、草も生えている。

 つまりここで水を汲んで、さっき空になったペットボトルにでも詰めてしまえば、材料は全部ここで揃ってしまう。それにさっき飲んだお茶では足りず、のども渇いていた。

 ゴクリとなまつばを飲み込んだ。

 辺りには民家から聞こえるかすかな話し声だけで人の足音はしない。それを確認して、そっと木の板を取って井戸の中をライトで照らすと、真っ暗な穴のずっと下の方で光を反射した水面がきらめいている。

 傍らにあった桶をどんどん井戸の中に下ろす。パシャッと水に触れた音が聞こえ、もう一度ライトで照らす。

 桶が水の上に横たわってゆっくりと浸かっていくのを見て、あまりいっぱいにならないうちに引き上げた。

 木製の滑車がキイキイときしむ音が、誰にも見つかりたくない私の気持ちを焦らせる。上がりきった桶を落とさないよう、慎重に地面に下ろした。

 ライトを一度消し、かがんで背中のリュックサックを地面に置いてチャックを開ける。

 手探りでペットボトルを出してキャップを取ると、水の入った桶に浸す。

 ぶくぶくとペットボトルが空気を吐き出し、代わりに水で満たされる。

 ある程度水が入ったところでその水を一気に飲んだ。冷たい水がすっと胸の真ん中を通るのを感じながら、息が苦しくなってペットボトルから口を離した。

「っぷあー!」

 とても美味しかった。口の端から漏れた水をぬぐって、もう一度ペットボトルに水を入れる。今度は飲むためではない、ポーションを作るために必要になる水だ。それから桶と木の板を元の位置に戻し、私が触る前の状態に戻した。

 水で満たしたペットボトルをリュックサックに入れ直して背負い、次は地面に生える草を目についた順に次々むしり取る。

 草はすぐに両手いっぱいに採ることが出来た。井戸を勝手に使ってしまった罪悪感から逃れるためにそこから急いで離れ、行き先もないまま歩き回る。両手がふさがっていて携帯電話のライトが使えないので慎重に足を運んでいると、明かりのついていない建物が目に入った。月明かりだけでよく分からないが、小さな窓から明かりは確認出来ない。倉庫だろうか?

 二軒並んだ倉庫の、ちょうど窓のない壁同士が向かい合う隙間に入り込んだ。

 ここなら人の目にも留まりにくいだろうと、少し座って休むことにした。

 リュックサックを地面に置いてその上に座り、草を置く。しばらくふくらはぎをみほぐしていたが、ポーションは果たして作ることが出来るのか、確かめなければいけない。

 リュックサックから水の入ったペットボトルを出し、一応草と並べてみた。本には材料を揃えて「生成」と唱える、と書いてあったが、それで一体どうやって作ることが出来るのだろうか。

「せ、生成」

 小さい声でつぶやくと、真っ暗な中で材料が一瞬光った。

 驚いて身を引いたため、頭を後ろの壁にぶつけてしまい、おまけに今、何が起こったのか理解出来なかった。

 暗さに慣れていた目は一瞬の光のせいで視界が妨げられ、どうなったのか確認することが出来ない。

 あわてて携帯電話のライトを起動させて草とペットボトルを照らすと、草もペットボトルの中の水もなくなっていた。代わりにそこにあったのは、コルクで栓をされた小さな四角いビン。その中には半透明の緑色の液体が入っている。数えてみると全部で七つあった。私は驚きでじっとビンを見つめた。

 じんじん痛む後頭部を一度で、それを手に取る。

「これが、ポーション?」

 本に描かれていた物とよく似ている。それより今、何があったかだ。まさか生成の一言で本当にこれが出来上がったとは、にわかには信じがたい。

 もう一度試したいと思っても水も草もない。こんなにあっさり出来てしまうなど思いもよらなかった。あとは売れるかどうか。これが売れたらお金が手に入る。水で満たされたお腹を今度はちゃんと固形物で満たすことが出来る。腹の虫にはもう少しだけ我慢してもらおう。

 すぐにでも売りに行きたかったが、この暗い街の様子ではお店も探しようがない。明るくなるまでじっと耐えた。


 一睡も出来ずに朝を迎えた。昨日、目を覚ました時のような早朝である。結局丸一日経ってしまったことや、どうしてここに来てしまったのかなどは、空腹で考える気力が薄らいでいた。

 すべてリュックサックに入れたことを確認して、建物の隙間から道に出た。昨晩の静けさが嘘のように人が行き交い、大きな道から一本入っただけにしても随分にぎわっているようで首をかしげた。

 よく見てみれば、人々は水の入ったおけや鍋を運んでいるようだ。その中の少年が一人、転んで桶をひっくり返してしまった。

「何やってんのあんたは! み直しておいでよ!」

 母親とおぼしき女性に言われ、少年は不満そうに桶を持ち直し、歩いていたのとは逆の方に走っていく。確か昨日使った井戸がある方だ。

 もしかして、あの井戸は誰でも使っていいのか? 昨日の罪悪感が胸に残っているだけに少し確かめたくなった私は、少年と同じく井戸の方へ向かった。

 行き着くと井戸には行列が出来ていて、さっきの少年も後ろの方に並んでいた。

 私は最後尾に並ぶ若い男性に声をかけた。

「あの、この井戸って誰でも使っていいんですか?」

「ん? ああ、そりゃそうだろ? だって共同井戸なんだからさ」

「そうなんですね、ありがとうございます」

 男性は、なんてことないと言って笑ってくれた。

 じゃあ昨日井戸を使ったことも、良心を痛める必要はなかったのだ。それならばまたこの井戸の世話になるだろうから、場所は忘れないようにしよう。

 そうしてやっとポーションを売るためのお店探しを始めた。といってもお店には木にシンボルを彫った看板が掲げられていて、衣服を扱うお店なら服の形を彫った看板、飲食店ならナイフとフォークといった風に、私にでも簡単に分かる。ポーションを売るお店はおそらく薬屋か何かだろう。となると看板に彫られたシンボルはなんだろう。カプセルだろうか? それとも十字?

 悩むうちに大きな通りへ出た。昨日と変わりなく人が多い。けれど今日は人ではなくお店の看板を眺めた。

 カプセルはなさそうだし、十字はどちらかといえば病院の印象が強い。

 では、どんなシンボルなのか?

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