セブンス

三嶋与夢

プロローグ (3)

 ここ!

 サーベルの刃の向きを変え、俺は無理やり斬撃の方向を変えてそのまま斬り返す。

 今まで余裕の表情だったセレスの目が見開かれ、急いで俺の前から飛び退く。だが、セレスのドレス──スカートの切れ端が俺とセレスの前で宙に舞った。

 届いた。俺の一撃はセレスに届く!

 自分のスカートの端を無表情に見たセレスは、俺に顔を向ける。けんしわを寄せて、これでもかという憎しみを込めて俺をにらんできた。その怒気に、俺は一瞬ひるんでしまう。

 セレスが一瞬だけレイピアの柄に視線を向けてから、口を開く。

「このゴミが。この無能が。生かされているだけの癖に、調子に乗って私に触れるなんて許されるわけがない。そう、お前はもう本当に消えろ。この場で燃え尽きろ!」

 セレスはレイピアを横に振ると、魔法を開始する。周囲の温度が上がり、風が地面から巻き上がる。

「な、まさか」

 すぐに俺も魔法を行使した。氷の壁を周囲に作り出し、大量の水を用意する。

 セレスが俺を睨み付けながら、

「無駄よ。ファイヤーストーム!」

 風が吹き荒れ、風に乗って炎が出現した。そのまま炎は勢いを増していき──炎の嵐が俺を中心に発生し、周囲に作り出した氷を一瞬で溶かしていく。周囲の温度が一気に上昇する中で、俺も魔法を使用し続けた。

 終わるのか……こんなところで……俺は、なんで……どうして……なんで、生まれてきたんだ。

 涙が流れた。直後、周囲から襲ってきた炎の嵐がかき消え、俺は周囲を見回した。目の前のセレスは無表情で俺を見ており、周囲の大人たち──両親も家臣たちもセレスの側に集まっていた。魔法の使用過多で自分に備わる魔力の量が極端に少なくなり、俺は膝から崩れ落ち、倒れてしまう。サーベルを手放すと、俺は地面に横たわったまま、近づいてくるセレスを見ていた。セレスは、俺のサーベルを手に取ると。

「……これ、あんたの宝物だったわね。もうボロボロじゃない。そんなに大事だったの?」

 俺を見下してくるセレス。俺は最後の力を振り絞り、

「……触るな」

 抵抗を試みると、セレスはすぐに俺を蹴り飛ばした。転がる俺は、芝がえぐれ、そして燃え上がった地面で泥だらけになる。転がるのが止まると、セレスが俺の頭を踏みつけてわざと見えるように。

「そう……でも、もう必要ないわね」

 サーベルを投げ上げる。金属の刃であるセレスのレイピアが赤く染まり始め、そのまま空中のサーベルをバターでも切るようにバラバラに切っていく。地面に俺のサーベルが散らばって落ちた。涙を流して手を伸ばした俺は、既に薄れつつある両親との温かい会話を思い出した。

 かつて父は、俺にこのサーベルを手渡しながらこう言った。

『ライエルもウォルト家の男。武器は一流を持ちなさい』

 それを見た母は、少しあきれつつも俺を見て。

『もう、貴方はそうやってライエルを甘やかす。あら、でも似合うじゃない、ライエル。流石さすがは私の息子ね』

 父はそれを聞いて。

『私の息子でもあるんだが? なに、数年もすればお前も外に出て魔物と戦い、貴族の義務を果たすときが来る。その時に武器が貧相では伯爵家であるウォルト家の恥。武器に相応ふさわしいだけの腕も磨くんだぞ、ライエル』

 両親の笑顔を最後に見たのはいつだったか。もう思い出せない。伸ばした手が、サーベルの破片に届く前に、俺の意識が遠ざかっていくのが分かった。


 ──バラバラになったサーベルと同様に、俺の心は折れた気がした。もう勝てない。どれだけ頑張っても認められないのだと──。


 周囲の人間が、俺を置いてセレスの周りに集まっている。

流石さすがです、セレス様」

「それにしても、同門としてこいつの不甲斐なさは我慢出来ません」

「これでウォルト家も安泰ですね」

 昔は俺に色々と教えてくれた憧れの騎士【ベイル・ランドバーグ】も、俺を見下してセレスを褒め称える。

 同門の兄弟子【アルフレート・バーデン】は俺をゴミでも見るような目で見てきた。

 使用人たちは、俺がいなくなるのが嬉しいのか笑っている。

 ……そんなに俺が憎いのか。そんなに俺が邪魔なのか!

 そして、両親の声が聞こえた。

 父は。

「これで私たちの子供はセレスだけだな。いや、元からセレス以外はいらなかったのだ」

 母は。

「そうよ。それよりも、貴方。セレスのドレスが汚れたわ。新しいのを買ってあげないと」

 俺よりもセレスのドレスを心配する両親の声を聞き、まるで俺は忘れ去られているようだ。足音がどんどんと遠のき、話し声も聞こえなくなる。

 悔しいな……悔しいよ……。

 力尽き、ここで死ぬのかと思った時だ。誰かが近づいてきた。とどめでも刺してくれるのかと思い、楽になりたいと思っていると声が聞こえてきた。

「おいたわしい……どうしてこのような事に。ブロード様がご存命ならば」

 誰かの声がして、俺の祖父の名前を口にしていた。優しい祖父母を思い出し、同時に少しだけ。

 そうか、死ねばおじい様とお婆様に会えるのか。でも、合わせる顔がないな……。

 そう思って、俺の意識は途切れた。


 ──ライエルが意識を失っている頃。フォクスズ家でも動きがあった。

 ウォルト家に隣接する領地を持ち、主従のような関係にあるフォクスズ家。

 バンセイム王国よりも、ウォルト家に忠義を尽くしていると言われるほどの家だった。そんなフォクスズ家の屋敷で、当主である【ジェラード・フォクスズ】の前に一人の少女が立っていた。ジェラードが椅子に座り、両手を組んで机に置いている。娘である【ノウェム・フォクスズ】を前にして、口を開いた。

「知らせがあった。ライエル様ははいちゃく、そして追放となる。正式にお前との婚約も解消するとの通達だ」

 目の前の娘──フォクスズ家の次女ノウェムは、伯爵家であるウォルト家に嫁ぐには格がやや下がる。本来ならウォルト家との婚約などあり得なかったのだが、ライエルが冷遇され始めた頃、フォクスズ家から提案する形で婚約を取り付けたのだ。周囲には、両親から見放されたライエルに賭けていると思われていた。ノウェムは口を開く。

「そうですか。では、私はライエル様の元に行きます。今までお世話になりました」

 動じる事のない娘を見て、ジェラードは半分あきれながら。

「全てを分かっていたように動く。お前は小さい頃からそうだった。……ライエル様をお守りしろ。少ないが路銀は用意しよう」

 すると、ノウェムは拒否した。

「セブンス」を読んでいる人はこの作品も読んでいます