セブンス

三嶋与夢

プロローグ (2)

「どうしてこんな無能な子供が生まれたのか。でも、これでハッキリしましたね、貴方」

「あぁ、そうだな。ウォルト家の跡取りはセレスだ」

 セレスの後方にいる両親は、俺には冷たい視線を向けていた。だが、セレスには肉親の惜しみない慈愛の視線を向けている。

 俺は、一度うつむくと再び顔を上げた。

 そこには、セレスのゆがんだ笑みがあった。そんな表情でも美しい妹は、十三歳でありながら既にようえんとも言える魅力を持っている。

「まだだ」

 俺は自分を奮い立たせる。

「まだ終わってない!」

 恐怖を押し殺し、俺は一歩を踏み込んだ。サーベルを実の妹相手に突き出す。その突きがどれだけの威力を持っているのかも知っていた。当たれば、セレスなど貫く自信があった。だが、それは当たれば、の話である。

「何度やっても同じなのよね。もう用済みね」

 そう言ってセレスは俺の突き出したサーベルを、体を回転させながら避けると、すれ違いざまに足にレイピアを突き刺してきた。

 離れる時には引き抜いており、一瞬遅く痛みが俺を襲う。

 互いに立っていた場所を変えて向き合うと、セレスはレイピアをダラリと下げて左手を俺に向けて突き出してきた。

「ボロボロになる姿を見て楽しんでいたけど、もう飽きたから消えてくれる? それと、少しは私を楽しませてね」

 笑顔のセレスは左手の指先を伸ばし、魔法を行使し始める。指先に火の粉が集まったように見える。火属性の魔法だ。

 ゾクリと背筋を襲うかんに、俺も魔法を使用した。

「アイスウォール!」

 左手を横に払って俺が出現させたのは、氷の壁である。地面から氷が突き出て壁を作り出し、熱くなった俺の体を冷気が少し冷ました。

 魔法としてみれば、難易度は中級の入り口であり、それなりの実力を持つ魔法使い──貴族しか使えない。それを見てセレスは、もっとも簡単な魔法を放つ。

「ファイヤーバレット……どこまで耐えられるかしらね」

 ニヤニヤと笑うセレスの左手──指先から放たれたのは火球だ。小さな火球を撃ち出すのが、ファイヤーバレットの特徴である。

 だが、セレスのソレは、俺の知るファイヤーバレットではなかった。通常よりも大きな火球が、ものすごい勢いで氷の壁にぶち当たる。

 通常は一発から数発程度の魔法であるのに、セレスの魔法は強力な威力を持ちながら連続して襲いかかってきた。

 氷の壁が急速に溶け、破壊されて周囲の温度が上がっている。

「もう一枚!」

 俺が氷の壁を追加してしのごうとすると、後ろからセレスの声がした。目の前にいたはずなのに、振り返ると笑顔で。

「その程度なの? 本当に雑魚よね」

 妹が左手を振りかぶって俺に突き出してきた。

 避けないと──。

 そう思ったが、俺の体は上手く動かない。まるでゆっくりと時が流れているような感覚の中で、セレスだけが普通に動いていた。

 頬を殴り飛ばされると、俺は吹っ飛んで、自分が作り出した氷の壁に背中をぶつけて地面に落ちる。

 立ち上がろうと地面に手をつくと、芝生に影が見えた。顔を上げると、セレスの赤い靴が俺の目の前に迫っていた。左手を前に出してセレスの蹴りを防ぐが、今度は氷の壁を破壊しながら吹っ飛んだ。

 地面に落ちる際に受け身を取ったが、左手に激しい痛みを感じた。骨が折れているようだ。

 セレスは俺の姿を見て、

「うわぁ、無様ね」

 口元に手を当てて笑っていた。俺の姿を見て本当に楽しそうだ。痛む左手をダラリと下げ、俺はサーベルを右手に構えて半身を極端に反らした構えを取った。ただ、セレスは──。

「またチャンバラをしたいの? ま、良いけどね。今度はさっきよりも深く斬ってあげる」

 踏み込んで数メートルの距離を一瞬で詰めると、俺はサーベルを横に払ってセレスを斬り捨てようとした。だが、サーベルに手ごたえはない。それどころか、肩や太ももに先程よりも激しい痛みが襲ってくる。

 俺の血が地面にポタポタと落ちていた。

 振り返ると、セレスはレイピアを構えて、

「今の間に三回は殺せたわよ。それで本気なのかしら……ライエル?」

 俺の名前を呼ぶ妹の姿を、すごく久しぶりに見た気がする。

 そう、俺は【ライエル・ウォルト】──ウォルト家を継ぐはずだった男だ。今は、優秀な妹の影に隠れ、無能と呼ばれている男でもある。かつては両親に期待され、家臣や屋敷の使用人たちにもりんだと言われていた。天才、そしてウォルト家の跡取りに相応ふさわしいと……。

 ──それも十歳までだった。

 ……わずか八歳にしてあらゆる面で俺を超える才を示し始めたセレスにより、俺は十歳から冷遇されてきた。それまで注がれていた両親の愛情は妹に移り、家臣たちも使用人も俺に冷たい視線を向けてきた。

 全てを否定された。それでも俺は──。

 ──家族に、もう一度だけ俺を見て欲しかった。

 セレスしか見ない両親に、俺はここにいると見て欲しくて剣の腕を磨いた。魔法の腕を磨き、本を読んで、言われた事を確実にこなそうとしてきた。

 だが、この五年──一度も俺は両親に温かい言葉をかけられた事はない。

 サーベルを握りしめ、俺はセレスをにらみ付けた。

 せめてひと太刀たち

 年下の妹を傷つけられないと思ったのは過去の事。今は、本気で殺すつもりでサーベルをセレスに向けている。

 妹として大事にしてきたつもりだ。可愛がっているつもりもあった。

 どうしてこんな事に……俺は自分で知らないうちに何かしたのか?

「お前はそんなに俺が嫌いか。何でだ! 何でこんな事をする!」

 心からの叫びに、セレスはつまらなそうに、

「嫌いね。世界で一番嫌い。でも、理由は……あれ? そう言えば、どうして嫌いになったのか忘れちゃった。でも、もう私の前から消えて──」

 可愛い仕草でそんな事を言う妹の、最後の「消えて」という顔だけが無表情で人間味を感じさせなかった。俺は恐怖した。同時に、恐怖を押し殺すように踏み込む。

 セレスはレイピアを振り、その鉄のやいばむちのようにしなって見えた。まるでレイピアが生きているように見えた。

 意思を持って俺を殺しに来るように見えて、俺は──。

 一撃だ! 一撃を入れるためなら!

 セレスのレイピアが俺の肩を傷つけようとした時、わざと前に一歩踏み込んだ。突き刺さるレイピア。そして、俺はサーベルを振るう。

 セレスは少し驚いた様子だが、俺の攻撃を紙一重で避けるとレイピアを引き抜いた。レイピアに俺の血がついて、肩から血が噴き出した。その様子がゆっくりと見える。

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