セブンス

三嶋与夢

プロローグ (1)


プロローグ



 バンセイム王国──。

 建国から三百年の節目の年を迎える、大陸ずいいちの大国である。大陸中央部に位置しており、周囲を他の国々に囲まれていた。

 かつて、大陸を恐怖で支配した統一王国──セントラス王国──を打ち倒して建国された国であり、国王を筆頭に、貴族たちが統治している国だ。腐敗し、もはや統治者として失格であったセントラス王国を打ち滅ぼしたとされる、初代バンセイム国王の誕生から三百年。

 繁栄を続けるバンセイム王国の中で、重要な位置にいる領主貴族がいた。

 二百五十年の歴史ある『ウォルト家』だ。

 宮廷騎士の家系ながら、城から出て、森林の開拓に乗り出した領主貴族だった。

 初代【バジル・ウォルト】は、宮廷騎士の家柄の三男に生まれる。開拓団に志願し、魔物が住み着いた森を切り開いてウォルト家の基礎を作った。

 二代目【クラッセル・ウォルト】は、初代から受け継いだ土地を維持し、三代目である【スレイ・ウォルト】に託す。

 その三代目であるスレイは、バンセイム王国の歴史に残る有名な戦い──レムラントの撤退戦で、少数で大軍の侵攻を止めたバンセイムの【義将】として、人々に知られている。ウォルト家がバンセイムの歴史に名を刻んだのは、スレイが初めてだった。

 四代目【マークス・ウォルト】は、父であるスレイ・ウォルトの功績を受けて、男爵位を得た。真に貴族と認められ、ウォルト家の繁栄はとどまるところを知らない。

 だが、五代目【フレドリクス・ウォルト】は、そんな祖父や父とは対照的に、好色で名を知られていた。男爵家から子爵家にしょうしゃくはしたものの、妻をめとった数年の後には、四人のめかけを迎えていた。

 六代目である【ファインズ・ウォルト】は、バンセイムが暗黒時代に突入したとあって、自領の拡大に精を出した。宮廷貴族とつながりを持ち、周辺領地を奪い始めたのだ。混乱するバンセイム王国で、ウォルト家の家名も地に落ちたと言われるようになる。

 だが、七代目である【ブロード・ウォルト】が誕生すると、ウォルト家に光が差す。

 当時、バンセイムは内乱が続き、他国の侵略を許していた。

 陞爵して伯爵家になったウォルト家。それを率いるブロードは、バンセイムを窮地から救うために、ふんじんの活躍を見せる。王家の相談役という地位まで得て、ウォルト家に栄誉を取り戻したと言われていた。

 そんなウォルト家も八代目──。

 ──【マイゼル・ウォルト】の代になると、再び暗雲が立ち込めるのだった。


 春の陽気な日差しの中──そんな陽気さには相応ふさわしくない出来事が起きていた。

 ウォルト家の屋敷は、伯爵家に相応しいものだった。広い敷地を囲む塀に加え、屋敷は有名な建築家が設計したものだ。ぜいたくな造りをしながらも、機能性も追求している。庭も、正面から中庭、そして裏庭まで手入れが行き届いていた。芝や木々だけではなく、噴水や池も綺麗に整えられている。

 そんなウォルト家の屋敷の一角に、芝はえぐれ、土がむき出しになっている場所があった。向かい合う少年少女を囲むように、大人たちが円を作っていた。スーツ姿に整えられたひげを持つのは、俺と、今向かい合っている妹との父である、【マイゼル・ウォルト】だ。白い手袋をしており、手には懐中時計を持って時間を気にしていた。俺は思う。

 どれだけ時間が過ぎた? 数時間か? それとも数分か? ……本当に、どうしてこんな事になったんだ。

 父の隣には、水色のドレスを着た母である【クレア・ウォルト】が、侍女に日傘を差させて立っている。二人の視線は俺ではなく、妹である【セレス・ウォルト】に向けられていた。俺の妹──完璧な、妹。

 もしも、女神に愛された存在があるとするなら、きっとそれはセレスの事なのだろう。俺は十歳の誕生日に両親からもらったサーベルの柄を握りしめた。手汗や血で滑りやすくなっていた。

 上着を脱ぎ捨て、シャツにズボンという姿の俺は傷だらけだった。頬、肩、腕、胸、太もも……セレスによって傷つけられた箇所は多い。ただ、どれも傷は浅かった。わざと浅く斬られ、もてあそばれているのだ。

 対して、二つ下の妹は余裕だった。俺と同じように、誕生日に贈られたレイピア──突きに特化した細身の鋭い刃を持つ剣──を持って刃の部分を触っている。買って貰ったばかりの玩具で遊んでいるだけのセレスは、柄に黄色のぎょくが埋め込まれたレイピアを満足そうに見ていた。

 最高の素材で最高の職人が仕上げた一品だ。

 俺の持つサーベルもわざものだが、セレスのレイピアと比べると劣ってしまう。刃の部分には欠けが目立ち、そして柄の辺りは黒く汚れていた。

 両親に振り向いて欲しくて、もう何千、何万、何十万回とこのサーベルを振り続けてきた。

 なのに、今日貰ったばかりのレイピアを振るうセレスに、俺は及ばない。

 才能の差、だけとは思いたくない。セレスも教育を受けているが、男子の俺とは違って護身術程度に武器の扱いを教わっているだけのはずだった。

 そんなセレスに、俺は触れる事すら出来なかった。

 指先でレイピアの刃に触れるセレスは、俺を見ないままに口を開いた。言葉には、退屈感がにじむ。

「もう終わりなのかしら、お兄様。毎日馬鹿みたいに剣を振り回していたのにその程度? ウォルト家の男子として、それはどうかと思うわよ」

 歯を食いしばり、俺はセレスをにらみ付けた。この勝負、セレスの気まぐれで始まったのだ。誕生日を祝って貰う事になったセレスは、両親に前から頼んでいたレイピアを受け取ると大喜びで──。

『あいつと戦ってみたい』

 そう言ったらしい。

 らしいというのは、その場に俺がいなかったからだ。今の俺は家族と共に過ごす事はなく、与えられた部屋と使用出来る庭の一角のみを使って剣と魔法を磨く日々だった。

 どうしてこんな事に。あの日までは普通だったはずなのに。

 悔しさがこみ上げ、悲しさで胸が痛かった。自分の不甲斐なさが許せない。だが、セレスに勝てないのは心のどこかでしょうがないと思えてくる。こんな自分が嫌いだった。

 勝てなくても……せめて一撃だけでも……。

 そう思っていると、声が聞こえてきた。父の声だった。

「まったく、セレスの言う通りだな。ウォルト家の男子がそのようなざまな姿を……ご先祖様に申し訳なく思う。もはや、お前はウォルト家の人間ではない」

 感情のこもっていない言葉は、まだ続く。

 今度は母が。

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