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その最強、神の依頼で異世界へ

速峰淳

第一章 神の依頼で異世界へ (3)

 もちろんそんな人間ばかりでなくまともな人間ともたくさん接しているのだが、どうしても他人との交流が面倒だという想いが募ってしまうのだ。

 そうは思いつつも自分は運の良い人間だと感じられるのは、やはり師範と武術に出会えたからだろう。一生を共に出来る『武術』という相棒も見つけ、心から信頼を置ける師範にも出会う事が出来た。それは春澄にとって何よりも大きな幸運だった。

『師範と武術』と『その他』に向ける感情の温度差が激しい春澄は、師範の『春澄に跡を譲る』という願いはもちろん叶えたいと思っている。ただもう少しこの楽な状態を堪能したいのだ。

 そんな事を考えながらいつも通りシャワーで汗を流し、目を瞑って浴槽にもたれ掛かりゆったりとしていた時だった。何故かだんだんとまぶたの向こうが明るくなってきたのがわかった。もちろん風呂場の電気は点いていて元から明るいのだが、これはそういうものではない。

 げんに思った春澄が目を開けると、浴槽の底、つまり自分の下に不思議な模様が浮かび上がり、それが強く光を放っていた。まるで細かな葉の付いたつるで花弁の多い花を描いたような、複雑で美しい模様だ。蔓に付いた細かい葉の一枚一枚に、言語のようなものが描かれているが春澄には何の言語だか見当もつかなかった。

 これは夢か、あるいは寝ぼけているのだろうかと不覚にも考え込んでしまった春澄だったが、模様の光が一層強くなった事で一気に意識が現実に戻ってきた。そして頭に浮かんだのが非現実的ではあるが、これは最近物語でよく聞く異世界からの召喚とやらではないのか、という事だった。自分の仮説を信じたわけではなかったが、そうであったら非常にまずい状況にいることになる。

 とりあえず考えるのは後にして、急いでこの物騒な浴槽から出ようと飛沫を上げて立ち上がった時だった。

 まるで逃がさないとでもいうように、湯と一緒に足が底に引き込まれて行く。

「おい、冗談だろ!?

 とっに浴槽の縁をつかむが、如何いかんせん引き込む力が強すぎた。抵抗も虚しく縁から滑り落ちた手は最後に、こんな得体の知れないものに巻き込まれた悔しさを表すように浴槽を一度殴りつけてから底へと吸い込まれて行く。

 後に残ったのは何の変哲もない、いつも通りの静かな風呂場だった。


 吸い込まれてしまった春澄の方はというと、そのまますんなり召喚先へ送られたというわけではなかった。

(ちょっとキツイな……)

 タイミング悪く入浴中に召喚などされたため、なんと春澄の周りには湯がまとわり付いていた。つまり先ほどから春澄は息を継ぐことが出来ないでいるのだ。

 冷静な時であったなら、普段から鍛えている成果か十分以上は息を止めていられるのだが、あまりに非現実的な状況に二分もたたず限界が近づいていた。

(こういうのは入ったらすぐ呼び出し側に行くもんじゃないのかよ……)

 危うく意識が遠退きかけた時、何者かに右手を掴まれそのまま強く引っ張られた。決して柔らかくはない地面に体を打ちつけたが、何故か痛みは無い。それを不思議に思う前に、春澄の意識は新鮮な空気を体に取り込む事に集中した。

「げほっ……っ、はぁっ、はぁ」

 身体を横向けにくの字に折り曲げた状態で、しばらく荒い息をつく。

 少し落ち着いて来た春澄は体を仰向けにし、一度大きく呼吸をした。まだ酸欠で視界がぼやけていたが、辺りを観察しようと視線を巡らせる。周囲はどこまでも黒い。しかし暗いわけではない。自分の体は確認することが出来る。黒く光っているとしか表現できない不思議な空間だった。広いのか狭いのかもわからない。

「なんだ、ここ……」

「大丈夫ですか? 手荒く扱ってしまい申し訳ありません」

 足元から柔らかな声が聞こえ、だいぶ楽になった体を起こしてみると髪の長い白い人物が立っていた。薄ボンヤリとしているが透けているわけでもなく、一応顔の表情も確認できる。中性的だが、なんとなく男性のような気がした。

「あんたが俺を呼んだのか」

「そうですね……半分はそうです」

「半分?」

「ええ、説明させていただく前にこちらをどうぞ。お風呂の途中で召喚されてしまうなんて災難でしたね」

 困った顔をしながら黒いローブを渡され、春澄は自分が何も身につけていない事に気づく。ありがたくそれを受け取り、羽織ったのを見届けたその人物が話し始めた。

「では自己紹介から始めましょうか。私はあなた達で言うところの神、あるいは我々の認識では世界の管理者です。エーデルとお呼び下さい」

「櫻井春澄だ」

 まずは相手の話を聞くべく、春澄は名前のみを簡潔に述べた。

「先ほど不思議な光に吸い込まれたでしょう。あれは異なる世界の者が、あなたを勇者として召喚しようとしていたのです。その途中、訳あって私があなたを横取りさせていただきました」

 エーデルはにっこりと悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「やっぱり異世界からの召喚か……。それで、エーデルは俺に何の用なんだ?」

「それは簡単に我々の事を話してから説明しますね。あなたも聞いた事があるかもしれませんが、神というものはただ見守るだけなんです。と言っても、一つ一つの生き物を丁寧に見守っているわけではありません。……まあ気まぐれで何かしてしまう規律違反の管理者も居ることは居るんですが、基本的に我々の仕事は魂の管理とその魂を納めるための世界の管理です」

 ふむ、とうなずく春澄を見て、エーデルは話を続ける。

「あまり細かい事はお教え出来ませんが、我々はさまざまなバランスを考慮して各世界へ魂を配属しています。その魂達が勝手に他の魂を移動させるというのはこちらとしても大変困る事なのです」

「なるほど。ということは、俺をこのまま帰してくれるのか?」

「もちろんあなたが望めばすぐに元の世界にお返ししましょう。ですが、もしよろしければ私からの依頼を受けていただけないかと思いまして」

「こんな何の力もないただの人間に、神が依頼?」

 春澄を知る者が聞いたら『何の力もない?』と首を傾げるような身体能力と技術を持っているのだが、本人からしたら超能力でも持っていなければ唯の人間に分類されるようだ。

 いぶかしげな顔をする春澄に、エーデルは少し困ったように眉根を寄せた。

「管理者といっても、そんなに万能ではないのですよ。あなたの世界でいう会社も、色々な部署があって力を合わせて運営しているのでしょう? 我々もそんな感じなのですよ」

「へえ、有神論者には夢が壊れる話だな」

「ふふ、内緒にしてあげて下さいね」

 内緒も何も、人に話したら精神科を勧められそうだ、と春澄は肩をすくめた。

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