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その最強、神の依頼で異世界へ

速峰淳

第一章 神の依頼で異世界へ (2)

 そして春澄は、長年師範に鍛えられていくうちにいつの間にか道場で一番の強さを誇るようになっていた。他にもいくつかある系列の道場との合同試合で優勝した時は、何故か本人よりも師範の方が満足そうだった事を春澄はよく覚えている。

 そんな春澄は今では昔から通っていた道場で師範代を務めるまでになっていた。

 高校を卒業したばかりの年若い春澄が師範代を務める事に批判も多くあったが、それを発言権の強い師範が一言で治めてしまった。春澄としては師範代になどならなくて良かったのだが、師範は後々引退して春澄に跡を譲りたかったようだ。それが理由かはわからないが、何故か師範は昔から春澄を気に入って傍に置きたがった。

 それがまるで贔屓ひいきされているような気がして、いつだったか春澄は師範に聞いてみたのだ。『あんな風にほとんど独断で決めてしまって良いのか? 反感を買うぞ』と。それに対する師匠の返答は酷くあっさりしたもので『あいつらのはただ単にやっかみを言いたいだけだから気にするな。あまり表情の変わらないお前が涼しい顔でいつも勝ってしまう事が面白くないんだ。ほっとけほっとけ』というものだった。

 そう言われ、周りの一部の者達が以前から向けてきていた冷たい視線に『なるほど、そういう事か』と納得したものだ。表情が乏しいからといって、感情も乏しいわけでは無いのだが、確かに春澄は他人より感情の起伏は非常に緩やかだった。

 ついでにもう一つ、春澄には気になっていた事があった。『俺は武術が好きだから師範の傍に居られるのは嬉しいが、師範には何の得があるんだ?』と。自慢ではないが、春澄は人付き合いが苦手だった。昔から他人に関心が持てないのだ。話しかけられればそれなりに会話は成り立つが、個人的な会話で盛り上がる事は少ない。春澄が師範以外と会話する時に一番口数が多くなるのは、どうしたって武術に関する話題が主だった。自分のような他と馴染まない人間の味方をしても師範には何の得にもならないはずなのに、師範が何を考えているのか春澄にはわからなかったのだ。

 疑問を投げかけてくる大人になりかけの子供に、老人は何でもない事のように朗らかに笑った。

『理由は三つだ。お前には天性の才能がある。わしが今まで長い時間をかけて修得してきた技を、お前に教えるのは至福だ。それから、お前にはこの道場の跡を継いで欲しいと思っている。経営者である友人も是非にと望んでいるし、ここは儂にとっても大事な道場だ。お前は人と関わる事に不服だろうが、他人を偏見の目で見ないお前のような人間が上に立ってくれるのが儂の理想だ』と、そう言ってから、白髭を蓄えた老人はそれを撫でながら優しげに目を細めた。

『そしてなにより、儂がお前の事を好きだからだ。お前は確かにその態度から敵を作りやすい。だがお前を陰で慕っている者が多い事実を、お前にも知っておいて欲しい。それに儂とて、本当の孫のように思っているお前を傍に置いてしまうのは仕方がないだろう? 師範の権限で多少の我儘は許せ』と、そう言われ、驚いて目をパチパチと瞬かせる春澄の頭を師範は皺だらけの手で乱暴に撫でた。

 今やすっかり師範より強くなってしまった春澄だが、いくら強いからといって実際に『師範』になってしまうといろいろと面倒くさい集会に出なければならなくなり、それが面倒で師範に役割を押し付けている。

 偏見を持たない者が上に立つ事が師範の理想なら、その条件に当てはまっている師範がもう少し師範をやっていても良いのではないかというのが春澄の言い訳だ。しかし、『可愛い子には旅をさせろと言うだろう?』と笑う師範からは、いい加減役割を譲られそうな嫌な気配を感じていた。

 そろそろ本気で引退を考えている師範には悪いと思っている分、弟子への稽古と道場の掃除でごまかしながら、春澄はのらりくらりとその気配を回避している。

 今日も役目を終え帰宅したが汗と疲労で身体が重くなっているため、それを癒す風呂を春澄はとても楽しみにしているのだった。もっとも、身体を動かすことが好きな春澄にとって、その身体の重さは不快なものではないのだが。

 加えて、一日の大半を稽古で激しく動き通しなのにもかかわらず、風呂で癒せる程度の疲労で済んでいるというのは春澄が異常な身体能力を持っているという事を示しているだろう。

「はあ。面倒だ……」

 シャワーを浴びながら『師範の役割』を考え、思わず心情が漏れた。

 もともと春澄は幼い頃より冷めた子供で、他人にあまり興味が無かった。それにさらにマイナスな感情が加わったのは、春澄に対する周りの態度が原因だった。

 昔から春澄が試合に勝ったりして強さが際立つたびに、『武術なんてやらなそうな見た目の癖にどうしてお前なんかが』という目を向けて来るやからがいるのだ。練習量は春澄の五分の一にも満たないくせにプライドだけ高いような者が現れると、さらに同調して騒ぎたいだけの輩までいてくるのが面倒だった。視線が煩わしくて『何か言いたい事があるならはっきり言え』と言うと、そんな者達に限って視線をらし散っていくのだ。

 面倒なのは武術の関係者だけではない。春澄が成長するにつれ、その整った美しい容姿に惹かれ内面も知らないくせに言い寄る女性が増えてきた。ある練習試合の日に、自分の知らない女性三人が自分を巡って口論しているらしい場面を見かけた時には心底引いたものだ。

 更には春澄に懐く施設の子供を見た職員の一人が、自分より頼られている春澄へ嫉妬し『君は武術がなかなか長けているらしいが子供を脅して従わせているんじゃないだろうな。それとも、そのお綺麗な顔は子供にも通用するのか? 所詮子供といえど綺麗なものは好きだからな』などと嫌味を言ってきた時にはあきれ果てて言い返す言葉も出てこなかった。

 子供に対して無自覚に面倒見の良い春澄が懐かれ、無駄に怒鳴り散らしてばかりのその職員が疎まれるのは当然の事だったのだが、両者とも知る由もないだろう。

 春澄自身は自分の容姿を気に入っていたわけではないが、価値観は人それぞれだ。周りが『綺麗だ』と思うのは彼ら自身の感情であり、そう感じるのは自由だと思う。その価値観を春澄は否定しない。春澄とて何かを見て綺麗だと思う事はある。

 空にひっそりと浮かび心を落ち着かせてくれる月だったり、施設でよく世話をしてやる子供たちの無邪気な笑顔だったり。

 ただ、表面だけを気に入り、それに『期待』を上乗せして対象に押し付けてくるなら話は別だ。

『綺麗だから』。そんな理由で周りから自分の価値を決められるなど、心底御免だった。

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