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その最強、神の依頼で異世界へ

速峰淳

プロローグ / 第一章 神の依頼で異世界へ (1)


プロローグ



 城特有の高い天井からいくつも垂れ下がった豪華なシャンデリアが、広い空間をこうこうと照らしていた。入り口から真っ直ぐ伸びた赤い絨毯の先には短い階段があり、その上には金色の布で彩られた重厚な王座が置かれている。それに座る人物の権力を誇示するように壁際にいくつも飾られている美術品や装飾品は、持ち主の人柄を表すかのようにあまり趣味がよろしくないようだ。

 そんな目に痛いほどきらびやかなホールに集まった者達といえば皆、その空間に似合わない敵意を放ち、まさに一触即発といった空気を醸し出している。よろいまとった百名近い兵士達が剣を構えぐるりと輪になり、黒い着物を着た一人の青年を囲っているのだ。

 耳にかかる程度の艶やかな黒髪と、涼しげだが意志の強そうな瞳は髪と同じく黒く、その容姿は凛としてとても美しく整っていた。

 静かにたたずむ彼の周りでは兵士達が纏う鎧や剣がカチャカチャと音を立て、高い天井や壁にうるさく耳に残るほど反響している。

 兵士達が構えているのは決してお飾りなどではない、本物の剣だ。それを無数に向けられていれば、普通の人間であれば四肢に震えが走り膝も崩れ、涙を流して命乞いをしていてもおかしくはない。おそらく味方の居ないであろう青年の状況は、それほど危機的に見えた。

 しかし四方から剣を向けられているはずの青年に慌てた様子はない。整った容姿を歪める事無く、何かを思考しているのか、指先でつまむようにするりと顎を撫でている。

 やがて思いついたように手を構えると、何もない空間から木刀を取り出し緩く構えた。

 その口元には逆境にあって笑みを滲ませ、対して周りの兵士達にはおびえが見られた。その様子はまるで、木刀を構えたたった一人の青年が、鋭く光る剣を持った鎧の兵士達より強い事を物語っているかのようだ。

「さて」

 青年は一歩足を踏み出すと、目に見えぬほどの速さで木刀を振るい出した。



 その世界には現在、いくつかの種族が生存していた。とりわけ人間と魔族の仲は最悪で、いつ再び戦争が始まってもおかしくはないほどのいがみ合いが続いている。その原因となった事柄は定かではないが、数百年ほど遡るといわれている。

 その昔、人間と魔族は多少仲が悪くとも、今ほど争ってはいなかった。

 人に害をなす強力な魔物などが現れても、それを人間と魔族が協力して倒す事もあったほどだ。しかしある日突然、魔族が一斉に人間を襲い始めたのだ。

 魔族の個体の能力は人間を遥かに凌ぎ、魔力も身体能力も上回る。その代わりに数は圧倒的に少ない彼らと、数で勝る人間の戦いは双方に多くの死者を出した。

 幾日も時が過ぎた頃、ある人間の国に神からのお告げがあった。

 曰く、魔法陣を描き、その上に多くの供物を捧げ魔力を込める事により異世界から助けになる人物を召喚する事が出来るはずだ、と。

 その柔らかな女神のような声は続けた。『一度だけ手助けしてあげましょう』と。その声の後には、とある神殿の床に魔法陣が書き記されていた。円の中に五芒星が描かれ、更に大小さまざまな円と不思議な文字が各所にある美しい幾何学模様だ。

 当然人間達は大陸中から選りすぐりの魔力の多い者達を集めた。女神の言う『供物』に足りるように、出来る限り多く。そしてついに女神より授かった魔法陣を発動する日がやってきた。魔法陣の上には生きたまま捕らえた魔族を捧げ、その周りに魔力を持った人間を配置する。

 一斉に彼らが魔力を込めると魔法陣は美しく輝き、上にあった魔族達をその光でかき消した。網膜を焼くほどの強い光が収まった頃、魔族の代わりに現れたのは一人の黒髪の青年だった。

 その彼こそ、後に魔族を先導していた魔王と思わしき者のもとへ向かい、見事に勝利を収める事となる人物、勇者だった。

 これが五百年前、一度だけ勇者召喚に成功し人間が正義であると証明された、人間の間に伝わる尊い伝承である。

 これにより異世界人は勝利を呼ぶ神からの使いとされ神聖視されたが、以降いくら召喚を試そうとも異世界人を招くことは出来なかった。


第一章 神の依頼で異世界へ



 カシャン、と無人の部屋に鍵の開く音が響く。扉が開き、耳に掛かる程度の真っ直ぐな黒髪をした、非常に整った顔立ちの青年が大きめの荷物を持って部屋に入って来た。

 時刻は二十三時過ぎ。大抵この時間に部屋の主であるさくらはるすみは帰宅する。春澄は家に帰ると、まず最初に持ち帰った荷物を無造作に洗濯機に入れ胴着を洗う。その後風呂の蛇口をひねり湯が溜まるまでの間に簡単だが栄養の取れる夕飯の支度をし、風呂から上がってゆっくりと食べる。

 これが二年前からの彼の日課だ。二年前というのは、それ以前には彼が施設に居たからだ。十八歳になった時に施設を出て、それ以降一人で暮らしていた。

 春澄が施設で育つ事になったのは三歳の時に家族を事故で亡くし、他に親戚もおらず行く当てが無かったためだ。そんな生い立ちだが、春澄は自分の事をなかなか運の良い人間だと思っている。両親の記憶も何も残ってはいないが、それが逆に下手な思い出に浸る事にもならず『寂しい』と感じた事はないし、幸い自身に事故の後遺症が残っているわけでもない。

 世話になった施設も、子供達が運動不足にならないようにと、院長が経営している武術の道場に決まった曜日のみいつでも通う事が出来るという恵まれた待遇だった。

 最初は武術に興味を持たなかった春澄だが、小学校に通い始めた頃他の子供から一緒に来て欲しいと頼まれて付いて行った時に、筋が良いと褒められた事がきっかけだったように思う。子供とは褒められれば続けたくなるものだ。

 当初は幼いながらに、両親の居ない自分は何か特別な事を身につければ将来自立した時役に立つかもしれないという漠然とした考えがあった事も始めた理由の一つにある。

 ところが続けていくうちに、次第に春澄自身が武道の魅力に取りつかれ、空いた時間があれば道場に入り浸るようになっていった。

 その行動を助長させたのが、最初に春澄の事を筋が良いと褒めた人物である道場の師範だった。海外にも弟子入りを望む人達が居るほど武術に関して名の通った人だったという。施設の経営者である院長とは古くからの友人であったらしく、うちで師範を務めてくれと頼まれたらしい。師範は非常に気まぐれな老人で、武器術以外のいろいろな体術に手を出しておりそのほとんどを極めている。

 師範は『己の身体を使う事が楽しい』といつも言っており、武器術よりも身体一つで出来る体術をメインに春澄に教えたがったため、結局春澄が成人するまでの間に師範から教わった武器術は初歩程度のものだった。

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